↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Die off  作者: 千三屋きつね
第六章「グラドマリステレス/グッデンハイム」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/36

第二節


照り付ける太陽と、身芯を凍えさせる寒風。昼夜でその姿を変える砂漠の旅は、しかし充分な準備をして臨めば、快適とは言わぬまでも余人が想像するほど過酷では無かった。

「ぺっ、ぺっ……はぁ、暑さはともかく、この砂何とかならないの?」

砂嵐とまでは行かないが、熱風とともに砂が舞い上げられ、汗ばむ肌にも喘ぐ口にも不快に纏わり付いて来る。

ディアマンテと言う鳥籠で過ごしたエンジエルには、この暑さも砂塗れも先日初めて経験したばかりで、そう簡単に馴染めるものでは無かった。

無論、北方よりの逃避行であるデュース、ダイ・オフにしても同様で、砂漠の旅など初めての事である――が、快適とは程遠い道行きならば、あの日(・・・)からずっと続いている。砂漠の熱と砂などより、不快な環境を旅した経験ならばある。

「……何とかなりますよ。」

「え!?だったら何とかしてよ。」

ひとり涼しい顔のシェードは、この暑さをまるで感じていないかのように、いつも通り胡散臭い笑顔を浮かべていた。その肩のウーミンの方が、鳥顔なのに辛い表情が見て取れた。

「……ぎげぎゃあ……」

いつもと違い、声にも元気が無い。

「……いよいよとなれば何とかします。でもこの程度なら、まだ必要無いでしょ。何でもかんでも魔法に頼っては、人間駄目になりますよ。」

涼しい顔でしたり顔。それを単眼で横眼に見る、恨みがましい眼付きのウーミン。これにはエンジエルも噛み付きそうなものだが、

「……そっかぁ。やれるけどやらない――それも大切な事なのかもね。」

「?」「?」

これにはシェードとウーミン、ぴんと来ず顔を見合わせる。エンジエルにはもうひとり――ふたり、三人、たくさんの親兄弟姉妹と呼べるギルドの仲間(かぞく)がいた。中には、敢えて口出しせず失敗させ、そこから学ばせ自分で出来るようになるまで見守ってくれる兄弟姉妹もいた。だからこそ今のエンジエルは、一流の盗賊(シーフ)足り得ていると言えた。

何でもかんでもやってあげるのは、その子の成長の芽を摘む事になる。見守る事も愛なのだ。エンジエルはそんな風に考えた。シェードにそのつもりがあるようには見えなかったが。

「……そう言えば、どうだったんだ、相棒。」

何と無く話題を変えようと、背中の魔剣がその相棒へと話し掛けた。

「あん?何がだ?」

「何がって、例の仮面さ。魔力を吸い取って、また何かしら力を身に付けたんだろ。」

「あぁ、その事か。魔力はありがたく頂いたけどな、中々使い物になる能力は身に付かねぇな。」

ダイ・オフは、古代魔族の遺産を見付け、魔力をその身に吸収する。何の為に。それは判らない。ただ、そうする為の力があり、そうすべきと心が訴える。

先日ダイ・オフは、とある悪魔の申し出に従い、その妹を助ける為に遺産の魔力を吸い尽くした。支配者の仮面。その遺産はそう呼ばれていた。

「あ~~~……支配者の仮面だったか。て事は、何かを支配するのか?」

「それは無いんじゃないですか。あの時、そんな魔法は感じませんでしたから。」

シェードもこちらの話に乗って来る。結局ウーミンが項垂れたまま、道行きは続くようだ。

「そう言えば、エンジエルやウーミンが気分悪そうにしていたな。魔力の波動が、あの魔術師ギルドマスター――ホーンフリートから周囲に撒き散らされていたやつ。」

「あぁ、その通り。今度の能力は、負の波動を周囲に撒き散らして不快にさせる、言ってみりゃ呪いみたいなもんだ。」

「呪い?あの嫌な感じが呪いなのね。」

あの時の不快感を思い出し、エンジエルは柳眉を歪めた。

「みたいなもん――だ。本来の用途は、長期間あの嫌な波動に晒して徐々に弱らせてくって言う、気の長ぇ代物さ。ほれ――」

ダイ・オフがそう言うなり、エンジエルとウーミンはあの時と同じような不快感に襲われる。

「ち、ちょっと、止めてよ!」

「ぎぎげぎゃあ!」

「へ、悪ぃ、悪ぃ。……でもよ、どうだ?言うほど辛ぇか?」

「辛いわよ!」

「耐えられねぇほどか?」

「耐えられ……無くは無い――かな?」

ばさばさ、っと羽ばたき、ウーミンはこの場を去って行く。

「確かに、とっっっても不快だけど、もし眼の前の男がそれをしてると知ったら、背後に回って喉斬り裂いてやる事くらいは出来そうね。」

そう言って、得物を逆手に構えるエンジエル。

「へ、物騒な女だぜ。だが、その通り。こんなもん、それなりの使い手だったら、我慢くらい出来るだろ。」

「言うほど使えない――って事か。」

「このままじゃな。」

「と言うと?」

「こう言うこった!」

すると、普段胡散臭い笑顔を崩さないシェードの表情が曇った。

「っ……なるほど、指向性――ですか。」

「しこうせい?」

「えぇ、指向性と言うのは……あぁもう、充分でしょ、ダイ・オフさん。これ相当気持ち悪いですよ。」

「へ、悪ぃ、悪ぃ。しかし、お前さんにも効果あんなら、実戦で使えそうだな。」

「ねぇねぇ、どう言う事?」

「指向性です。周囲に撒き散らしていた負の波動を、意識して特定方向に集中させたんですよ。その分、晒された私はより強く不快感を感じました。」

「集中させんのは結構疲れるし、乱戦の中じゃ他の奴も巻き込んじまうだろ。一対一で対峙した相手に嫌がらせとしてぶつけんなら、結構役に立ちそうだ。」

ダイ・オフ自身に宿った力故、その使い方も工夫出来る。とは言え、ダイ・オフは魔法使い(マジック・キャスター)では無いし、生来の魔法種族でも無い。新しく覚えたものを感覚だけで使いこなすには、相応の時間を要するだろう。そう簡単に、自由に操れはしなかった。

「負のオーラ――ってところか。あ~、これでお前が使えるようになったのは……」

「……まぁ、死霊(ゴースト)の類いが視えるようになったな。動く死体(ゾンビ)動く骸骨(スケルトン)も用は無ぇけど、死体さえあれば操れる。そんで、瞬間剛力と負のオーラか。こいつらは使い様で役に立つな。」

「それとあれだな、炎斬り(ファイアー・スレイ)。」

「何よ、それ。」

「あぁ、こいつがホーンフリート相手に放ったんだが、炎の刃が飛んでくんだ。体内を炎の魔力が駆け巡るのは、何か悪くない感覚だったな、うん。」

あくまで牽制、及びお試し程度に放ったものだが、剣身が炎を纏いそのまま飛翔するが如く、離れた相手を炎の刃で斬り裂く――事は無く、あくまで劣化火球(ファイアー・ボール)の形状変化に過ぎないので、命中すれば爆散する。もちろん、ダイ・オフ曰く大した威力では無い――とは言え、それは不死の魔導師(リッチ)やホーンフリートが放つ本物の火球には劣ると言うだけで、充分過ぎる威力を持っている。

「へぇ~……何かあんた、どんどん強くなってくわね。」

「……どうなんだかな。あくまで本命は魔力そのもの。身に付く能力はおまけみてぇなもん。実感は無ぇけど、膨れ上がった魔力そのものの方が重要なんだろ。」

「ふ~ん……良く判んないわね。」

「あぁ、良く判んねぇな。」

その遣り取りに、細い眼をさらに細めるシェード。確かにな。ダイ・オフに宿った膨大な魔力と比べれば、随分と(ささ)やかな恩恵だ。そして、器たるダイ・オフの大きさよ。もし満たされれば、魔力だけなら超える(・・・)だろう。

シェードは、自分にしか判らぬ何事かを思案し、考えるのを止めた。今はまだその時じゃ無い。一緒にいさえすればそれで良い。

そんなシェードの口元に、自然な微笑が零れた。シェードにとってこの旅は――楽しかった。


魔法都市エルドリードの西方は、遠く大陸西部の海岸地帯まで続く、東西に長いネラトメリコ砂漠が広がっている。砂漠地帯とは言え、まるで植物が生えず水場も無いような場所ばかりでは無い為、砂漠地帯が国土の大半を占める砂漠国家も少数存在する。

しかし、多くは周辺国家が近場に砂漠の水場――オアシスを運営するに留まり、砂漠奥地はどこの国にも属さぬ土地である事も多い。

何しろ、出るのである。人間族の領域内からその姿を消して久しい――と言われているモンスターたちだが、一部の土地には今も存在している。少し沖合へ出た外洋であったり、人跡未踏の高山であったり、深過ぎて人間が踏み込めぬ大森林地帯の奥地であったり――砂に行く手を遮られる砂漠であったり。

あんまり人間族が生活しない環境には、まだまだ古来よりの脅威が息衝いていた。各周辺国が砂漠に深入りしないのもその為である。

とは言え、砂漠にモンスターが溢れ返っている訳では無い。適切なルートを辿れば遭遇する危険は最低限に抑えられ、砂漠の中を通る交易路も整備されている。周辺国家に属するオアシスだけで無く、自治独立を貫くオアシスが点在し、それらを結ぶ交易路が網の目のように広がっていた。少なくとも、交易路を行く商人、冒険者、旅人たちは、然程危険な旅をする必要など無かった。

――が、軍隊となれば話は別だ。少し外れればいつ砂漠のモンスターに遭遇するか判らず、天候が荒れた際それをやり過ごすのも数が多ければ大変な事だ。

運営面でも問題となる。各オアシスが自給自足と交易で物資を賄う分には問題無いが、これをどこかが支配したならば、当然税を収めさせる事となる。自給自足で足りぬ分は国が責任も持たねばならぬし、行軍すらままならぬのに防衛責任まで生じる。旨味が無いのだ。

よって、砂漠の奥に位置する多くのオアシスが自治独立を保てている。周辺国が承認すると言う体面を保つ事で。

エンジエルたちは、エルドリードに戻り後の事とホーンフリートの身柄をフレデリクに託した後、一路西を目指して旅立った。すでにダイ・オフが、別の気配(・・)を感じ取っていたからだ。

そうして、シェードが何もしない程度に快適な砂漠の旅行きを経て、辿り着いたここグッデンハイム。ここも自治独立を確立したオアシスのひとつだった――が、他とは大きく違う特徴があった。

ドワーフ族の主権が容認される自治区――通称ドワーフ自治区。それが、グッデンハイムのもうひとつの呼び名であった。

位置的に他国の介入が難しい上に、いざ事を構えるとなると待ち構えているのが、その頑健さでも有名な天性の戦士たる、ドワーフ戦士たちである。周辺諸国が自治を容認しているなど、当事者ですら思っていない。そもそも手など出せないのだ。

その上で、ドワーフ職人たちが作る様々な武具日常品貴金属。それらドワーフたちとの交易は、周辺諸国にとっても有益だ。敵対する意味も無かった。

グッデンハイムのオアシスは、交易商人たちが多数行き来する、かなり規模の大きいオアシスだった。地勢的にモンスターが出ないだけで無く自然脅威にも見舞われる事が少ないようで、奥砂漠における交易路の収束点ともなっている。

木組みに布を巻き付けたような特徴的な建物――大きな天幕(テント)がたくさん並んでいて、街中は人間族の商人たちでごった返していた。中には戦士風の者たちもいるが、彼らは隊商の護衛であろう。

出歩くドワーフ族はほぼ見掛けず、逆にテントの主人は皆ドワーフ族だった。

「聞いてた通り、ここはドワーフたちの街なのね。」

「……あぁ、そうみてぇだな。……しかし――」

ダイ・オフは、手近な店々を覗き見て、

「やっぱり男ばかりだな。ドワーフってなぁ、男だけで繁殖すんのか?」

その言葉に、傍らを通り過ぎようとしていた数人の商人たちが噴き出した。

「ちょっと止めてよぉ。想像しちゃうじゃない。それにほら、ミスティリア夫人。ちゃんとドワーフの女の人いたじゃない。」

「……エンジエル。彼女がドワーフと言うのは噂だ。はっきりそう確認した訳じゃ無いだろう。」

「あれ、そうだっけ?……そっか。」

特に話題も無く、しばらく無言のデュースだったが、つい突っ込んでしまった。

「ふふ、愉快ですねぇ。あの筋骨隆々の小人たちが男同士で繁殖するなんて、今までに聞いたドワーフ小話の中でも一番笑えます。」

本当に面白かったのか、いつもと違い自然な笑顔でシェードも笑った。

「おい、エンジエル。あそこに女がいるぞ。」

そうデッド・エンドが示した先では、かなり露出の高い衣装を薄絹を身に纏うだけで隠そうともしない妖艶な女たちが、周囲の男どもに品を作って客引きしていた。

「え!?どこどこ?……って、何だ、ドワーフじゃ無いじゃない。」

そう、その女たちの肢体はずんぐりとはしておらず、女性らしい体型――人間族の女性らしい体型をした、色街に良くいるような女たちであった。

「どうやらあそこは、人間の酒場のようだ。」

デュースの言う通り、そこだけは他のテントと違う作りをしており、中にはドワーフの姿は無く人間ばかりのようだった。

「おう、丁度良い。あそこで一杯引っ掛けながら、情報収集でもしようや。どうやら、このまますんなり声の許へ向かえそうも無ぇしな。」

「?どう言う事?」

「……まだ距離があるからはっきりしねぇが、この街まで来て少し判って来た。多分、目的地は地下だ。」


件の酒場には少数ドワーフもいるにはいたが、やはりオアシスを訪れる商人や護衛を見込んだ人間族向けの酒場だった。何がそんなに違うのか。酒だ。提供される酒類が、明らかに人間向き――弱めなのだ。

ただ、商人相手からか一部高級酒も扱っており、物好きなドワーフが酒に味わいを求めてやって来る。人間族用の酒で酔う事などあるまい。世間の噂通り、ドワーフは皆蟒蛇なのだ。

そしてもうひとつ、この酒場が人間族用である証左。それが、盗賊ギルドの存在。蛇の道は蛇。表立ってはいなかったが、エンジエルはすぐに気付いた。

こんなドワーフが仕切るオアシスに人間族のギルドがあるとは思っていなかったが、むしろ渡りに船。であれば、勝手は知れる。

そうしてご同業から買った情報を知れば、なるほど盗賊ギルドが存在出来る理由にも合点が行った。ここは――地上はあくまで、交易用の渉外部分に過ぎず、ドワーフ王国の流れを汲むここドワーフ自治区の心臓部は、地下の大洞窟にあったのだ。

ネラトメリコ砂漠の遥か南方、そこにドワーフ王が治めるガイドリッド王国がある。ここグッデンハイムはガイドリッドの飛び地であり、通俗的に本国を大ガイドリッド王国、グッデンハイムを小ガイドリッド王国と呼ぶ事もある。

今では交流も断たれ、王権は及んでいないと言う話だが、グッデンハイムは単なる砂漠のオアシスでは無いのだ。

この地には、多種多様な鉱石がふんだんに眠っている。地上の豊かな水源を利用し自給自足を成し遂げ、地下を掘り進めて大鉱窟として発展した土地だった。

そう、地下だ。グッデンハイムの本体は、地下にあるのだ。最初の大鉱道をそのまま街とし、水源を脅かさぬよう綿密な計画に基づき、四方八方上下左右、様々な方向に鉱道を掘り進め、今では網の目のように張り巡らされた鉱道の全体像は、ドワーフたちですら把握し切れていない。

「そう言やぁ、テントん中にいるドワーフたち、皆商売人だったな。どこにも鍛冶師はいねぇし、物も作ってねぇ。」

地下で作ったドワーフ謹製商品を地上で捌く。地上では人間族の商人連中を相手にするだけで、ドワーフ族の営みは全て地下で行われているのだった。

「ドワーフ相手にいざこざ起こす馬鹿もいねぇ。戦士の類いも見掛けねぇな。ま、商人風の奴らも、そんじょ其処らの傭兵よりか強ぇだろうが。」

ドワーフは生まれ付いての戦士。当のドワーフからしてみれば、本物の戦士かどうかはまた別問題だと言うのかも知れないが、その頑強な身体付きは一般的な人間族の戦士を軽く凌ぐ。他種族からそう思われるのは仕方無い――とは思っている。

「声も地下なんでしょ。本物のドワーフの街に入らなきゃ、始まらないわね。」

そう結論付けて今、エンジエルたちはとある場所へ向かっていた。地上における、ドワーフ側の渉外部門――オアシス部門。オアシス内で一番大きなテントを構えている。

「……ところで、何かしら?身に覚えは無いわよね。」

「そうだな。……シェード、お前さんか?」

「いえいえ、まさか。ドワーフに恨まれる覚えは……ありませんよ。」

「何よ、今の間は。」

エンジエルは盗賊である。尾行はお手のものであり、反対に自分が付けられた時にはすぐ気付く。もちろん、相手の追跡能力次第ではあるが。

共連れも皆、それぞれに違った能力でそれに気付く。つまり、一行は誰かに付けられており、しかもそれはドワーフらしい。

「でもさ、これ完全な素人よね。ドワーフの見分けが付くほどまだ知り合いいないけど、多分――」

「えぇ、間違い無く、先程酒場にいた者たちですね。」

「どう言うつもりかしら。」

「ま、どうでも良いけどよ。襲って来るなら返り討ちにすりゃ良い。あれならエンジエルひとりでも制圧出来るだろ。」

「う~ん、ま、そうなんだけどね。理由は気になるなぁ。」

そんな話をしながら、急ぐでも無く歩き続けた一行だが、件の尾行者に動きは無いまま目的地へと辿り着いた。

「仕方無い。まずは、中に入れて貰えるよう、話を通しましょ。」


「帰んな。」

「……え?」

天使の笑顔を引きつらせて、エンジエルは思わず聞き返した。応対したオアシス部門の受付は、エンジエルに一瞥くれただけで、すぐに視線を外して帰れと来た。

然もありなん。何せ相手はドワーフなのだ。人間族の基準で天使のように可愛らしいエンジエルでも、それがドワーフ眼鏡に適うとは限らない。異種族相手の交渉は、同族相手の交渉とは訳が違った。

「……ふぅ、ま、そうよね。それじゃあ、袖の下で話くらい聞いてくれるの?ここ景気良さそうだから、効果薄そうだけど。」

エンジエルも然る者、盗賊の交渉術はひとつでは無い。すぐに頭を切り替えて、相手の反応を探ってみる。

「……そうだな。悪かった。どうやらお前さん、ただの旅行者じゃあ無いようだ。だが、隊商の護衛って訳でも無いんだろう。人間の身でこんなところに来るくらいだからな。」

どうやらこの受付、エンジエルとご同業のようである。生粋の戦士たるドワーフとは言え、犯罪者もいれば盗人もいる。裏稼業も存在する。こうして渉外部に配属されれば、その才能も生かされる。

「どう言う意味?」

「このオアシスが、外との唯一の接点なのさ。下には誰も通さねぇ。どんなに羽振りの良い大隊商様だろうと、周辺国の国使様だろうと、オアシスで対応する。ドワーフにとってのグッデンハイムと、人間にとってのグッデンハイムは、別の街なのさ。」

「……なるほど。それで人間のあたしが――街に入りたいんだけど――なんて言ったから、即帰れな訳ね。」

「そう言うこった。判ったら、諦めて帰んな。」

エンジエルはその場で回れ右をして、

「――って事みたいよ、どうする?あたしひとりならこっそり侵入する事も出来るし――」

「?!おぉい、ちょっと……」

受け付けは無視して、

「あんたたちなら強行突破も簡単だと思うけど――」

「!おい、ちょっと待て……」

くるり振り返ってエンジエル、

「出来れば穏便に話を付けたいわよね。どうしようかしら。」

言って、再び満面の笑みを浮かべてみせる。

「……、……、……はぁ、勘弁してくれよ。こんな仕事させられてんだ。俺は人を見る眼は確かなつもりだぜ。……お前さん本気だろ。しかも、本当にそれが出来ると思ってやがる。」

「ふふ、確かにドワーフ相手に喧嘩売るなんて、普通考えられないわよね。でも、今まで対峙した相手と比べちゃうと、多分何とかなっちゃう気がするわ。」

周囲で事の成り行きを見守っている他のドワーフ職員たちは、固唾を呑んでひと言も無い。事務仕事の手を止め、身動きひとつ取れずにいる。

それに対し、難癖付けている人間族の女は余裕綽々で、後ろの男ふたりの内、馬鹿デカい大剣(グレート・ソード)を背負った方などは欠伸までしている。

戦士部門のドワーフたちでは無いとは言え、この場の空気をたった三人の人間族に完全に支配されてしまっていた。そこへ――

「あ、あのぅ~~~、少し宜しいですか?」

その緊迫した場面にそぐわぬ声を掛けて来たのは、三人ばかりのドワーフたちだった。薄汚れた格好をしているが、その汚れは鉄と炎によるものと見えた。つまり、鍛冶師である。

「……何か用か?」

ダイ・オフは素っ気無く応えたが、一応警戒はしている。何故なら、彼らは最前まで後を付けて来ていた、例の素人尾行者だったからだ。

「あん?」

振り返ったダイ・オフだったが、そのダイ・オフの動きに合わせるように、三人のドワーフ鍛冶師はダイ・オフの背後へと回っていた。

「……間違いないな。」「う~ん、素晴らしい。」「儂、初めて見たわ。」

口々に何事か呟いているが、どうやらその視線はダイ・オフに注がれている訳では無かった。ダイ・オフの背中にある物――そう、デッド・エンド。

「ねぇねぇ、もしかして、この魔剣に興味あるの?」

何事か閃いたものか、気付けばエンジエルは三人の傍まで来て話し掛けていた。

「ほう、やはりか。この拵え、さぞ名のある銘剣と見受けたが、魔剣かどうかは確信が持てなんだ。」

「ふっふっふっ、それじゃあもっと驚くわね。デッド・エンド、ご挨拶してあげなさいよ。」

「?」

不思議そうな顔をするドワーフ鍛冶師たち。そこへ――

「……何か思い付いたのか、エンジエル。まぁ良い。おい、ドワーフ。俺様が魔剣デッド・エンド様だ。」

「おぉ……おぉぉぉ……イ、知性ある剣インテリジェンス・ソード……ほ、本物か?」

一連の流れに、先程まで固まっていた受付や職員たちまで、身を乗り出し事の成り行きに感嘆の声を上げた。

「……おい、お前ぇら、ちょっと手ぇ出してみろ。」

すると、ダイ・オフも何か思い付いたようで、デッド・エンドを引き抜きドワーフ鍛冶師たちに差し出した。

「え!?……え?」

良く判らないながらも思わず魔剣を捧げ持つように手を出した三人の鍛冶師たちだったが、ずん、と鈍い音を立て三人とも手から地面に倒れ伏した。

「お、重っ!な、何だこれ?!」

どうやら、デッド・エンドの重さを三人――ドワーフ三人でも支え切れず、その重みで腕を持って行かれたようだ。さすがドワーフ、地面にぶつけた腕を痛がりはしないが。

その重過ぎる鉄塊を片手で持ち上げダイ・オフ、

「ま、実際この重さなら片手で持てるが、それとは別に重さを感じさせねぇ魔法も掛かってる。こいつぁ間違いなく、この世にふた振りと無ぇ名魔法剣様だろ。」

相棒にそう言われて満更では無い魔剣は、三人の眼の前でくるりと軽く回され、軽々背中の定位置へと戻った。

「あ?!」

その時、カウンター越しにドワーフ職員のひとりが気付いて声を上げた。

「つ、吊ってない。あんな大きい大剣を吊るす装備なんて何も無いのに、そのまま背中に浮いてる……」

「あ!」「え?」「嘘!?」「信じられん……」

ドワーフたちは、すっかり魔剣デッド・エンドの虜となった。そこへエンジエル、このタイミングで三人のドワーフ鍛冶師たちに、

「それで貴方たち、どんなご用だったの?」

「ん?おぉ、そうだ。これほどの逸品、是非良く見せて貰いたい。」「あ、いや、インテリジェンス・ソードは体を弄り回されるのは嫌か?だったら話をさせてくれるだけも良い。」「そもそも、これほどの魔剣をどうやって手に入れたんだ。そこんところも詳しく知りたい。話を聞かせてくれ。」

少し嫌らしい天使の笑みを浮かべ、

「で、このタイミングで話し掛けて来たのも、ちゃんと訳があるんでしょう?」

「お、おう、そうともさ。」

ずい、っと受付へ詰め寄った三人は、

「そう言う事だ。この人たちがただの人間じゃ無ぇ事は判ったろ。条件――満たしてるはずだ。」

詰め寄られた受付は、特に表情は変えなかったが、

「……あれを見せられたら、俺だって文句は無ぇよ。宜しいですね。」

受け付けは振り返り、部屋の奥へと声を掛ける。そこには、頭を抱えたひとりのドワーフ。溜息を吐きつつ、右手をひらひらと振ってみせた。

「どなた?」

「……オアシス部門長のアルテムスだ。こいつ(・・・)の責任者なんでな。本当は出したく無いのさ。」

そう言って、受付は一枚の――半分の木札を差し出した。木札ではあるが、その断面は鈍く光り輝いている。

「これは?」

「ドワーフ謹製の割符だよ。ただの割符じゃあ無くて、立派な魔導器だ。不正は出来無ぇが、紛失する訳にも行かねぇ。帰りはちゃんと、ここに返却してくれ。」

「ふ~ん……ま、別に悪さしに行くんじゃ無いんだから、ちゃんと返すわよ。」

エンジエルが手に取り、くるりと指先で一回転させると、次の瞬間割符は消えていた。

「これで街に入れるのね。」

「あぁ、入り口で割符を見せれば良い。対の魔導器で確認してくれる。入り口はそいつらが案内してくれるだろ。」

「あぁ、もちろんだ。是非ウチの親方にも紹介してぇ。任せてくれ。」

三人は先導を始め、エンジエルは軽く手を上げ受付に挨拶すると後に続き、ダイ・オフ、シェードもそれに続く。

こうして、人間族立ち入り禁止の地、本当のドワーフ族の主権が容認される自治区グッデンハイムへ、エンジエルたちは足を踏み入れるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。