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Die off  作者: 千三屋きつね
第五章「ハンターヴェイル公爵領」

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第二節


空から冬の使いが舞い降りていた。そうだ。ここ(・・)ではこの時期、他の土地よりも早く冬がやって来る。

……ここ(・・)?見上げていた視線を落とし、周囲を見回してみる。あぁ、そうだ。ここ(・・)だ。オーデル村……俺の故郷。……正体を隠していたとは言え、あの(・・)父親が訪れていたくらいだ。姿こそ見掛ける事は無いが、実は未だ魔族の脅威が存在する、人間族の領域北限(・・)の村。

デュースはぼんやりと、懐かしい家々を眺めながら子供の頃に思いを馳せた。そう、あの少しだけ大きくて立派な家が村長の――つまりはエミーリアの家だ。

周りの家の壁は薄汚れて灰色の壁に見えるが、エミーリアの家だけは綺麗な白壁をしていた。何でも、少しだけ高価な漆喰を使っていて、村へ立ち寄った行商人が保護魔法も掛けて行ったと聞いた。

皺深いファーガス村長を思えば不似合いだが、その赤い屋根と白い壁のお家は、エミーリアの住まいとして相応しいと思えた。そんなお家の玄関が開かれ、ひとりの少女が姿を見せた。くりくりとした眼の赤毛の少女で、彼女のお友達であるお人形さんと瓜ふたつの可愛らしい女の子だ。

「……エミーリア……」

懐かしい顔にそう呟くと、少女も彼に気付く。

「デュース!」

嬉しそうに駆け寄るエミーリアの姿は、歳の頃ならまだひと桁と言った幼さだが、駆け寄られたデュースの方は二十を疾うに超えた現在の姿だ。

これは現実では無い。

明らかだったが、デュースの胸には込み上げるものがあった。


「さて、いないならいないで別に良いわ。あたしはあたしのやる事をやるだけよ。」

物思いから我へと返り、エンジエルは歩き始めた。

この街――魔法都市エルドリードは、その名の通り魔法に溢れた特殊な街だった。エンジエルには感じられなかったが、街そのものが大きな結界で包まれている。そして、街中あちらこちらから魔力を感じられるのだそうだ。どうやら、魔導器を扱う商店がいくつもあるだけで無く、魔導器の製造も行われているのだと言う。

さらに、ハンターヴェイル領都として国宝級の魔導器が収蔵されており、魔術師ギルドもあってそちらにも貴重な魔導器が所蔵されている。その為、魔力の発生源が至る所に存在するのだ。

その上で、街そのものの結界、公爵の城館にも結界、魔術師ギルドにも結界と、魔法的障壁が何重にも存在する。

声がどこから聞こえるか判らない。

街の外にいた時は、街の中から声が聞こえると確信出来たが、いざ街の中へ入ってみると、街のどこから声がするのか、まるで反響するようで出所が不明瞭となり、位置の特定が出来無かった。

結果的に、ダイ・オフにはやれる事が無かった。中には、傭兵ギルド、戦士ギルドと言ったダイ・オフが関われるギルドが存在する街もあるのだが、魔法都市にはどちらも存在せず、しかし盗賊(シーフ)ギルドの無い街など存在しない。となれば、情報収集はエンジエルの仕事である。

ちなみに、冒険者ギルドなら世界中にあるが、ダイ・オフもデュースも冒険者では無い。世界中にあると言う事は故国にもあると言う事で、そのまま登録する訳にも行かない。故に、仕事を探す際その街にある傭兵ギルドか戦士ギルドで斡旋を受けるだけで、冒険者ギルドへは出入りすらしていない。

片や、魔導器や魔法に関する情報収集であれば、こちらは唯一の魔法使い(マジック・キャスター)であるシェードの役割だ。ダイ・オフには何も出来無い。

その所為で余計に居ても立っても居られない様子のダイ・オフを残し、ふたりは宿を後にした――はずであったが、すぐにもシェードの姿が消えていたのである。……魔術師ギルドへ向かったのよね――多分きっと。エンジエルはそう考えて、自分の仕事に頭を切り替えた。

目指すはスラム地区。あのアガペー王国ですらスラムは存在した。スラム――貧富の差の無い国など、この世に存在しない。

そして、さすがに堂々と街中に居を構える盗賊ギルドなど、ディアマンテギルドくらいのものだろう。裏からとは言え、住民ならほぼ誰でも本当の支配者が誰なのか知っていたからこその特例だ。当然、エルドリードの盗賊ギルドは日陰の存在。スラム街こそがホームグラウンドである。

宿を取るまでの間にそのくらいの情報は得ていたエンジエルは、真っ直ぐスラム方面へと歩を進めた。


一方、ひとりダイ・オフ宿の部屋。出来る事など何も無く、ただ落ち着き無く部屋の中を右往左往するばかり。その状況に耐え兼ね、宿を飛び出し街路を右往左往するも、それで何かが改善する訳で無し。すぐまた部屋へと引き返す。そんな事を延々と繰り返していた。

「くそっ!本当に俺は何も出来無ぇ。出来る事と言やぁ、人を斬る事だけ……何の役にも立ちゃしねぇ。」

人には役割と言うものがある。何でもひとりで出来る超人などおるまい。それは、神すらも同様。神話の類いを読み解けば、神が全知全能で無い事は明らかだ。

今はただその時の為に、爪を、牙を、研ぎ澄ませていれば良い。だが人は、つい自らを卑下して何も出来ぬ罪悪感を紛らわす。弱い生き物だ。

ダイ・オフとて、デュースと共に二十数年生きただけの若輩者。様々な意味で、まだまだ人生経験が足りぬのであった。

「落ち着けよ。こう言う時の仲間だろう。俺だって、ひとり切りで吸血鬼(ヴァンパイア)を狩ってた訳じゃ無ぇぞ。頼れる仲間がいたもんさ。」

相変わらず、この街でも背に負われる事無く、ベッドに立て掛けられたままのデッド・エンドが相棒を励ます。

「シェードは……まぁ置いとくとして、頼もしくなったじゃないか、エンジエル嬢は。今じゃ一端の戦力だ。そして、情報収集なら元より一流。今は信じて待ってろよ。」

「……ち、判ってるよ、んな事ぁ。それでも……それでも落ち着かねぇんだよ、俺ぁ。」

デュースとダイ・オフ。常に共にあったこの二十数年の月日。それぞれを見失った事などありはしない。そもそも、物理的にもあり得ない。

デュースはあの日(・・・)まで、ダイ・オフの存在に気付いていなかった。片やダイ・オフは、自我の芽生えと共にデュースを認識していた。その意味では、デュース以上にダイ・オフは共に生きた時間が長い。己の半身の喪失は、誰も想像出来ぬほど心に大きな穴を穿った。

「くそっ!」

再び、居ても立っても居られず部屋を出て行くダイ・オフ。

「やれやれ……とは言え――」

部屋に置き去りにされるデッド・エンドは思う。少し判る気はする――と。元は人間であった者が、ある日剣と言う体に押し込められて、自由に動く事も叶わない。もしあのまま、崩壊する城に置き去りにされ、誰にも発見されず日々を過ごす事になっていたなら……

感謝してもし足りないほどだし、今はデュース――乃至ダイ・オフがいなければ、それこそこうして何も出来無い存在なのだ。

そんな相棒が、自分を置き去りにして部屋を出て行く。いやまぁ、その気になればいつでも飛べる(・・・)が、今付いて行っても意味は無い。ダイ・オフの心の中には、この寂しさの何倍――何十倍の感情が渦を巻いている事か。

「デュース……判ってるか。お前さんがどれほど必要とされているか。」

誰も聞く者とて無い空っぽの部屋の中、剣の独り言は伝えるべき相手に届かず消えた。


薄汚れた壁の家並みは、それでもまだここいら一帯では真面な建物だ。破損した屋根や壁はそのままで、寒風が屋内を吹き荒ぶような建物の方が多いだろう。

エンジエルは今、そんな貧しさを隠そうともしない地区を軽やかに歩いていた。童顔で贔屓目に見ずとも美少女なエンジエルが、見る角度によっては色々見えてしまいそうな扇情的な格好をして闊歩していても、軽薄に声を掛けて来る者はいない。むしろ、もっとマシな街並みの内に、数人から声を掛けられていた。

この地区の住人は知っている。そんな格好で出歩く女郎は、商売女か盗賊の類いである事を。気安く声を掛ければ、痛い目に遭うのが落ちだと言う事を。

エンジエルが目指す盗賊ギルドは、そんな薄汚れて貧乏な一画の奥で、安酒を呑ませる店を構えていた。単に稼いだ日銭を全て呑み干してしまう屑の溜まり場であり、そこはあくまで表の顔。そこが盗賊ギルドの入り口である事は暗黙の了解だが、そこに屯する盗賊はいない。

典型的な盗賊ギルドの有り様であり、普段エンジエルが近付く事は無い。通り縋るだけの街でわざわざ顔を出す必要は無いし、当然仕事もしない。仕事をしないから、トラブルになる事も無い。

だが今回は、どこで何をどうするかは判らずとも、仕事をする事になるだろう。何より、普通の酒場では聞けないような情報を買うには、ギルドを使うのが一番だ。だからこの街では、顔を繋ごうと足を運んだのだ。

ディアマンテ盗賊ギルドのギルドマスター、クロイツ・ディアマンテの娘――と言う肩書は、特に通用しない。裏の世界での権威が無い――と言う事では無い。多分、ここまで離れた街であっても、表立って街を支配していた盗賊として、多少なりともその名は知れ渡っていたはずだ。問題は、ギルドと言う組織の有り様なのだ。

この世界は広い。特に、情報伝達の意味で広大な世界だ。大陸各地にギルドは存在するが、大陸各地と簡単に連絡は付かない。つまり、繋がりを築けないのだ。

人の営みに必要な組織だから各地に個々でギルドは発足するが、それぞれのギルドが繋がれない。距離の問題もあって、通常は国単位で繋がれるのみ。

ディアマンテ盗賊ギルドは、ディアマンテの街が属するヴァルドルド公国の盗賊ギルドの内一番大きなギルドであり、ヴァルドルド盗賊ギルドの本部を兼ねていた。

そしてここエルドリード盗賊ギルドは、ヴィルドアード盗賊ギルドの傘下。王都のギルドが本部であり、エルドリードは支部となる。

どこも同じような組織ではあるが、それぞれ国家単位で別組織。故に、多少名が通っていたとて、あくまで遠い異国のギルドの話に過ぎないのである。

ただひとつだけ、大陸共通の組織が存在する。それが冒険者ギルドだ。他の職種と違い、冒険者は日常的に旅をする。もちろん、特定の街、国に定住して冒険する冒険者もいるが、目指すお宝が身近な街に、国にあるとは限らない。国を跨ぎ、大陸中を駆け巡って冒険を繰り広げる彼らだけは、ギルド同士も強く結び付いているのだ。

ギルド間の連絡伝達は、駆け出し冒険者の日銭稼ぎの代表格であり、僻地まで足を運ぶ専門の冒険者も存在する。冒険者と言う職業は、遠い場所とも繋がりやすい。

その為、盗賊ギルドと冒険者ギルドの両方に登録する――と言った形で利用する者も多い。鍛冶師ギルドのような自身が冒険に出向かない職能ギルドは除くが、戦士や盗賊と言った冒険者としても働く職業のギルド員は、国を跨いだ場合冒険者ギルドを利用する方が便利だからである。

であるが、エンジエルはどこのギルドにも所属はしていない。元はディアマンテ盗賊ギルドに所属していた訳だが、事実上壊滅してしまった。その後ギルドがどうなったのか、敢えて調べもしないから良く判らない。

エンジエルたちの旅の目的は、あくまで古代魔族の遺産だ。これを名指しで探し求めている者は、そうはいないだろう。わざわざ冒険者となって、情報を共有させる謂れは無い。

どこぞの街で盗賊稼業に精を出す事も無い。だから、盗賊ギルドに改めて籍を置く必要も無い。

今回も、余計なトラブルを避ける為顔を繋いでおくだけで、滞在中だけ仮登録するようなものだ。腰を据えて仕事をし、上納金を納めるのと比べれば大した出費にもならない。今必要なのは情報と、事前に仕事をする可能性がある事を報せておく。それだけだ。

エンジエルが襤褸い安酒場のスイングドアを抜けると、一斉に視線が集まり数瞬喧騒が止み、何人かが口笛を吹いた。しかしすぐに再び騒めき始め、美少女が店に入って来た事など無かったかのようだ。

何故なら、この店に不似合い――格好は似合いの女がやって来ると言う事は、この女は盗賊なのだ。酔客たちはただの貧民であり、玄人と関わり合いたくなど無い。粉を掛けようものなら、どうなるものか知れたものでは無い――と、知っているからだ。

エンジエルは気に留める事も無く、そのままカウンターへと進んだ。そして何も言わず、酒場の親父に数枚の銀貨を握らせる。浅黒い肌をした厳つい親父は、こちらも黙したまま奥へと続く扉を目で指した。

天使の笑顔を送ってからその扉を潜るエンジエル。カウンターでは、銀貨を仕舞う事も忘れて厳つい顔がにやけていた。

潜った扉は、店の奥へと続く扉では無く、どうやら他の建物へと繋がっていたようだ。そこも何人かのやさくれ共が屯する酒場のようで、しかし明らかに雰囲気が違った。こちらの方が無気力な雰囲気を醸し出しているが、と同時に危険な香りも漂わせている。入って来たエンジエルを見る眼も違う。

「おう、いらっしゃい。こっちだ。」

そんな空気に不似合いな明るい声で、カウンターから呼び掛ける男がいた。明るい茶髪の糸眼の男で、にやけているが嫌らしい感じでは無く、へらへらとした軽薄な感じがする。

素直にそれに従い、エンジエルはカウンターまで進んだ。

「ようこそ嬢ちゃん、エルドリード盗賊ギルドへ。見ない顔だ。この街は初めてかい?俺はトーマス。今日はトーマスだ。よろしくな。」

どうやら、見た眼通りの男のようだった。へらへらしたまま、カウンター越しに右手を差し出して来る。

「えぇ、この街は初めてよ。あたしはエンジエル。よろしくね、トーマス。」

その手を握り、天使の笑顔で応えるエンジエル。その瞬間、ふたりの眼の奥が光る――糸眼の奥は見えないが。

「只者じゃ無いね、嬢ちゃん。それで、何の用だい?俺は受け付け兼情報屋だ。初めてなら、俺で用が足りるかな。」

「情報屋?」

そこでエンジエル、値踏みをするようにトーマスを睨め回した。

「あんた、それでも情報屋?信用も売り物でしょ。」

「おいおい、嬢ちゃん。凄腕は凄腕でも、随分お上品な盗賊ギルドにいたんだな。俺たちが相手すんのは、信用ならねぇ半端者ばかりさ。こっちがお堅く相手なんてしたら、むしろ疑われんのよ。端から信用なんて無ぇ。ただ金だけは信用してる。そんな連中さぁ。だから、相応の金額を出す事がそのまま信用になる。そこだけは裏切らねぇ。それだけで成り立ってんのさ、こんな掃き溜めの盗賊稼業って奴ぁ。」

「そんな事判ってるわよ。それでも程度ってものがあるでしょ。あんた、威厳ってもんが足りないわ。女よりお喋りな男なんて、下に見られるだけじゃない。」

ど、っと背中が沸く。ふたりの遣り取りは、良い肴になったようだ。

「おい、トーマス。言われてんぞ。本当の事を。」

合いの手にさらに沸く。

「それに、ここは盗賊ギルドでしょ。その受付で暗殺者(アサシン)が情報屋してるなんて、信用問題じゃ無い?」

しん――と、打って変わって静まり返る。が、一部で騒めきが起こる。どうやら屯する人間の中には、寝耳に水の者もいたのだろう。しかし、当のトーマスは変わらぬ調子で、

「お見事。あの一瞬でそこまで見抜いたのかい?でも安心してくれ。エルドリード盗賊ギルドでは暗殺はご法度。俺もこの街に来てからは、そっちの仕事はしてない。公爵もだが、魔術師ギルドに睨まれちゃあ敵わないからな。お上品じゃ無ぇけど、この街のギルドは大人しい方なんだぜ。俺は、そっちの仕事が出来無くなったから、こんな仕事してるのさ。貢献する手段無ぇから、出世出来無ぇし。」

「ふ~ん、ま、どうでも良いけど。あたしはお上品じゃ無いから、そっちの仕事が日常茶飯事な街にいたのよ。あんたがどんな仕事してても気にしないわ。」

ひとつの街を裏から馬耳(ばじ)る(※)。クロイツは汚い事もたくさんやって、その地位を築いていた。あたしの本当の親だって……。そんな事が、一瞬脳裏を過ったエンジエル。

「それで、何の用だい?嬢ちゃん。」

「……エンジエルよ、トーマス。まずは仮登録ね。ここに腰を落ち着けるつもりは無いけど、多分仕事はする事になるわ。」

「なるほど、賢明だ。え~と……エンジェル?」

「エ・ン・ジ・エ・ル。エンジエルよ。」

そう言って、真ん中に大きく“I”と書いて、手元の羊皮紙に名前を記した。

「それに、あたしはもう大人よ(※2)。お嬢ちゃんは止めて頂戴。」

「おっと、これは失礼。……本当(ほんと)に?」

それほど、童顔なエンジエルは少女に見えた。そんな天使のような少女が、軽薄な自称トーマスの手に金貨を滑り込ませた。

「それから情報。あんたの仕事でしょ。この街について詳しく知りたいの。魔法都市――ちょっと余所とは違うみたいじゃない。」

目線を動かす事無く報酬の額を確認すると、トーマスは軽薄な笑みから嫌らしい笑みへと表情を変えた。

「なるほど、その腕に見合った稼ぎもあるようだな。良いぜ、何でも聞いてくれ。公爵の性癖から魔術師ギルドマスターの尻の痣まで、知ってる事なら何でもお聞かせしましょう。お嬢様(・・・)。」


「――と言う事で、情報仕入れて来たわよ。」

宿へ戻ったエンジエルは、早速盗賊ギルドでの成果を報告する事にした。

「さすがですね。随分可愛らしいお姿でしたから少し疑っていましたが、本当に凄腕女盗賊なんですねぇ。」

先に宿へ戻って来ていたシェードのこの発言には、エンジエルも胡散臭さを感じてしまった。こうなると、いつもにこやかなその笑顔が、途端に怪しく見えてしまう。

「……まぁ良いけど。掻い摘んで言うと、怪しいのは公爵様と魔術師ギルドのギルドマスターのふたりね。」

「……まぁ、普通に考えりゃそうなるだろうが、何か根拠はあるのか?」

情報さえ確認出来れば、動く事が出来る。ようやく話を進められそうだと、ダイ・オフは落ち着きを取り戻していた。

「あるわよ、もちろん。まず公爵様。ここエルドリードはハンターヴェイル公爵領の領都だから、基本的に公爵様もご在宅。魔法都市と異名を取るだけあって、その館には国宝級の魔導器もたくさんあるって話よ。館と言っても警備が厳重な城館だから、何かしら秘密を抱えてても隠し果す事も難しくない。それに、公爵様自ら何かしなくても、配下に夢を使う魔導士がいてもおかしく無いわよね。」

シェードの説明を完全には理解していないエンジエルは、デュースは悪夢を見せられている――くらいに考えている。感覚的に、魔法を使えぬ者は魔法を理解出来ぬものだ。

「そして魔術師ギルドだけど、こっちは言わずもがなね。ここエルドリードの魔法の中心で、古代魔族の遺産があっても夢の魔法使いがいても全然不自然じゃ無いわ。どうやら魔術師ギルドは力が強過ぎて物を言い過ぎるから、公爵様は煙たがってて仲良く無いって話だし。こっちが本命かしら。」

魔法都市の魔術師ギルド。確かに本命であるが、あんまりにもあからさま過ぎる――とも言える。

「とは言え……どっちの近くにも寄ってみたが、やっぱり上手く聞こえなかったからな。確証までは得られねぇ――って話だな。」

「まぁね……ところで、気になったから聞いて良い?」

その言葉はシェードに向けられていた。

「?何がです?」

「名前よ、名前。何で魔術師ギルドなの?あたし今まで、魔法使いとか魔導士って呼び方は聞いた事あったけど、魔術師って呼び方は初めてよ。」

こう言う気になった細かい知識については、普段デュースが答えていた。エンジエルにとっては、デュースと会話する良い口実でもあったから。しかし今、デュースは答える事が出来無い。

「あぁ、なるほど。そう言う事ですか。え~と……魔法使いは判りますよね。」

「そりゃあ判るわよ。魔法を使うから魔法使い……何か、頭悪そうに聞こえるけど……」

「はは、大丈夫、正解です。魔法には様々な種類、体系がありますが、どんな魔法であれ、魔法を使う者の総称として魔法使いと呼びます。次に魔導士ですが、国に仕えている魔法使いを指すと考えて下さい。国では無く特定の権力者に仕えている場合もありますけど、まぁ宮仕えの魔法使いが魔導士と言う事です。」

「うん、そう聞いた。そこまでは判るわ。」

「では本題の魔術師。と言うか、これは魔術師ギルドに所属する魔法使いを指す言葉ですが、魔術師ギルド自体は魔法使いの職業組合な訳です。魔法使いなら誰でも所属出来るので、魔法使いも魔導士も魔術師ギルドのメンバーになれます。」

「……えぇと……」

「つまり魔術師ギルドのメンバーには、魔法使いもいれば魔導士もいる。彼は魔法使い、彼女は魔導士と一々呼び方が変わっては面倒でしょう?ですから、ギルド内では全員魔術師と呼ばれるんですよ。魔法使いと魔導士とは別の呼称として、魔術師と言う言葉が選ばれたと言う事ですね。」

あくまで立場の違いに過ぎず、使う魔法の違いはまた別の呼び方となる。傀儡師と名乗るシェードは一応錬金術師(アルケミスト)。死者を操る力を得たダイ・オフは、言ってみれば死霊術師(ネクロマンサー)。神聖魔法の使い手となったイリアスは聖堂騎士であり、精霊の力を操ったホロゥ兄妹は精霊使い(シャーマン)である。

どんな魔法を使おうとも、ギルドに所属すれば魔術師となる。

「ふ~ん……何かいまいちぴんと来ないけど、まぁ良いわ。その魔術師ギルドが本命だと思うけど、さすがに場所が場所だけに、シェード。そっちは貴方に任せるわ。」

「……そうですね。取り敢えず、さっき登録だけは済ませて来ましたから、少し探りを入れて来ますよ。」

「お願いね。」

いきなり姿を消したと思ったら、やる事はやってたのね。一応納得のエンジエル。

「良し!それじゃあ俺たちは、公爵の方って訳だな。」

「……あんたはお留守番よ、ダイ・オフ。」

「何だとっ?!」

「あのねぇ、あんた公爵様のお館まで行って、それでどうするつもり?」

「そりゃお前ぇ……とにかく会ってだなぁ……」

「一介の旅の傭兵に、一国の公爵様が会ってくれると思う?」

「う……そりゃあお前ぇ……」

「それに、もしかしたら公爵様が敵かも知れないのよ。もしそうなら、向こうにもあんたの事は判る訳でしょ。」

「あ~~~……だったら力尽くで乗り込んでだなぁ……」

「公爵様の兵隊さん、皆斬るつもり?まぁ、あんたの力なら可能かも知れないけど、それで公爵様関係無かったら、あんたどうするつもりよ。」

「あ……いや、そりゃお前ぇ……」

本音を言えば、どうでも良い赤の他人なんぞ、いくら斬っても少しも心は痛まねぇ――が。そんな事は当然エンジエルが許さない。

別に、こいつに許されなくても構わねぇ――が。それを一番望まぬのは、他ならぬデュースだろう事は誰よりも承知している。

結局今のダイ・オフは、八方塞がりなのであった。

「まずは、公爵様かギルドマスターか。どちらが敵か調べなきゃでしょ。もしかしたら、どっちも外れかも知れないし。戦うのはその後よ。先に確証が必要よ。となれば、潜入捜査はあたしの仕事。こっそり忍び込む以上、単独行動の方が動きやすい。そうでなくても、あんた目立つじゃない。こっそり潜入なんて無理でしょ。」

「……」

着込んだカスタムプレートを脱げば、音を立てずに行動する事くらいは出来るだろう。体捌きに関しては、一流の戦士なのだから問題無い――どころか、下手な盗賊以上と言えるだろう。

だが、一流は一流を知る。箱入り娘だったエンジエルも、腕は一流であった。そして今は実践も伴って、名実ともに一流の盗賊である。その伎倆はダイ・オフとて及ぶものでは無い――事盗賊の業においては。

もし我儘から付いて行ったりすれば、確実に足手纏いになるのだ。それはダイ・オフ自身の問題で済まず、エンジエルをも危険に晒す。そんな選択肢など無い。

「とは言え、エンジエルひとりじゃ心配だよな。」

「何よ、あたしの腕が信用出来無いって言うの?」

割って入った魔剣は、他者には見えぬ大仰な表情を心に描いて、

「いやいやいやいや、そうじゃねぇって。お前さんが大層な盗賊だって事ぁ、俺様にも良く判ってる。だがもし今ここにデュースがいれば、それはそれはエンジエルの事を心配する事だろう。違うかい?」

「……もちろん、そうだけど……」

「だから用心として、俺様が付いて行ってやろう――って話さ。」

「……それは……付いて来て貰えるなら心強いけど……その(なり)じゃあ目立ち過ぎて持ち歩けないわよ。それに、あんた重いじゃない。」

いつも小枝を振るうかの如く、ダイ・オフもデュースも軽々とデッド・エンドを振り回すが、それは使用者に重さを感じさせないと言うデッド・エンドの能力である。実際には、見た眼通りの質量を誇る。それこそ、エンジエル自身よりもよっぽど重い。とても持ち歩くどころか、持ち上げる事すら叶わなかった。

「それはそうだ。俺もこのまま連れて行けなんて言わんさ。ほれ、柄の先。そこんところ握ってみな。」

訳は判らなかったが、エンジエルはベッド脇まで歩いて行き、言われた通り柄頭の辺りを握ってみた。

「そうだ。抜いてみろ。」

「抜く?」

訳が判らないので、エンジエルにとっては重くて持ち上がらないはずのデッド・エンドを、思い切り持ち上げるつもりで力を込めると、思いの外あっさり腕は振り抜け、結果的に体ごと回転してバランスを崩し掛けた。

「……っとぉ……ん?」

気付けば、その手には一本の短刀(ナイフ)が握られていた。見れば、デッド・エンドの柄の先、三分の一ほどが消えている。つまり、その三分の一が今、エンジエルの手の中に。

「これって……」

「あぁ、俺様だ。魔法の短刀(マジック・ナイフ)デッド・エンド――ってところだな。」

その声は、幅広な剣身からでは無く、その小さなナイフから聞こえて来た。

「えぇ!?本当(ほんと)に?……どうなってんのよ。」

「……本当(ほんと)、どうなってんだ、それ。お前に隠しナイフが仕込まれてるなんて、聞いてねぇぞ。」

どうやら剣の主すら知らぬ、デッド・エンドの隠された秘密らしい。

「いや、すまんな。俺も最近気付いたばかりだ。何せ、新米魔剣なもんでな。」

「そうなんだ……それで、これならあたしでも持ち運べるって訳ね。」

「まぁそう言う事だが、そこは魔剣デッド・エンド様よ。ただナイフサイズになって持ち運べるだけじゃ無いぜ。」

「と言うと?」

「このナイフの方も、正真正銘魔剣デッド・エンドだって事だ。確かに剣としては大剣(グレート・ソード)からナイフに変わっちまうが、力はそのまんま使える。ナイフとしても一級品だし、間違い無く魔法剣だ。この上無い戦力だろ。」

「そうね……確かにそれなら、いざと言う時魔法が掛かった扉も何とか出来ちゃうかも。」

「一時的にエンジエルを所有者にする事で、いつでもエンジエルの許まで飛べるしな。だから得物を失う事も無い。」

「……なるほど……」

今の話を聞いて、顎に手をやり独り言ちたエンジエル。何か思い付いた様子である。

「さすが最強魔法剣。便利なもんだな。」

「お褒めに与り恐縮だが、欠点もあってな。……ま、お前なら問題無いと思うが。」

「あん?どう言う事だ?」

「あぁ、実はな、まだ能力に不慣れで、このナイフを使う時には、俺様の意識は完全にナイフに移っちまう。つまり、本体の方はただの大剣になっちまうんだよ。あぁ、魔法剣である事には変わりねぇよ。ただ能力は発揮出来無くなる。」

「あぁ~……具体的には、何がどうなるんだ?」

「重くなる。手元に戻る事も出来無いしな。だが、お前の炎はちゃんと伝導する。剣としての威力はそのままだ。」

言われて、立て掛けられたままのデッド・エンドをダイ・オフが手に取ると、

「なるほど、確かにちゃんと重ぇな。柄も短くなるから少し使いづれぇか。でもま、問題無ぇ。」

自身より重いであろう鉄塊を片手で軽々持ち上げると、見た目には普段と変わらぬ様子で大剣を振り回してみせた。元々ダイ・オフは剛剣使いだ。重い剣には慣れ親しんでいた。

「ふむ、デュースが使うにゃ少しデカくて重ぇが、俺様には丁度良い。付いてって構わねぇぜ。それに、ここで待つだけじゃ、こんなもん振り回す事も無ぇだろ。」

「あぁ、そう言うと思ったぜ。と言う事だ、エンジエル。俺を一緒に連れて行け。」

「うん、判った。ありがとう。心強いわ。」

手にした小デッド・エンドを逆手に構え、何度か振り回して感覚を確認すると、

「え~と、この状態でもいつも通りの能力が使えるって事は、鞘に収めなくても良いのよね。」

「あぁ、そのままお前の得物の少し上にでも収めてみろ。」

くるくると軽快に回した後、普段得物を仕舞うように腰の後ろへと小デッド・エンドを持って行く。すると、手を放しても小デッド・エンドはその場に留まり、エンジエルの腰の上に固定された。普段、ダイ・オフたちの背中にあるように、少し宙空に浮いた形で収まった。

「良し、準備完了。」

「これで話はまとまりましたね。魔術師ギルドの方はお任せ下さい。公爵様の方はお願いしますね。」

ベッドに腰掛け静かにしていたシェードがそう言って立ち上がり、ぎげぎゃあとウーミンが一度羽を広げた。

「えぇ、行きましょう。待っててダイ・オフ。すぐに有力な情報掴んで戻って来るから。」

「あぁ、デュースが待ってる。頼んだぜ。」

エンジエル、シェードと部屋を後にし、本格的な潜入捜査が始まった。何も出来無いダイ・オフは、見送った背中にか細い声で、

「……気を付けろよ。」

そうエンジエルを気遣う言葉を呟いたが、ひとり切りの部屋で再び暗闇へと落ち込んで行った。デュースのいないこの喪失感に、ダイ・オフは抗う術を持たなかった。


※馬耳るは、牛耳るを異世界観の為に置き換えたもの。牛耳るは盟約を結ぶ際牛を生贄とし、その耳を切ったと言う故事が語源だそうなので(その時代表して牛の耳を切った者が会盟の長となったところから)、この世界では戦力の要でもある軍馬を生贄とした――と置き換えました。


※2エンジエルは十代後半ですが、日本では無いから成人年齢も違います。国ごとに違いますが、戦乱が当たり前の世界なので、比較的成人年齢は低め。大体十五歳前後。

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