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最終話. 壊れたおもちゃ

 牢から数歩、ラウルとベアトリスが離れた時だった。


 ……ぅっう……ひっひぃぃぃ!!……


 突如、牢屋の中でしゃがみ込んでいたクリスティーヌが、なぜか両手で顔を押さえながら奇妙な声を上げ始めた。


 その奇妙な声にラウルはなんだ? と一瞬気を止めると、踵を返して牢の中の彼女へ視線をなげた。

「何だ?……牢屋から出れないから、気でも狂ったふりを始めたのかな?」

 怪訝な表情を浮かべながら、ラウルはさらに牢屋に近づいて中の彼女にそう尋ねた。

 しかし、クリスティーヌはラウルなど見えていないかのように、壁の方へ向かって恐る恐る顔を上げると、急に"何か"を見つけたのか怯えていた様子から驚きの表情へと変えて

「……あ、あなた達は……!」

「そんな……でも、やっぱり信じられないわ……」

「でも……あの子は……」

と、奇妙な独り言をぶつぶつと続け、時折喜ぶようなそぶりも見せた。


「……馬鹿馬鹿しい。ヘタな芝居ならよしてくれ。そんな芝居をしたところでこの牢からは出さないよ」

 少し呆れたようにラウルはそう反応したが、一方のクリスティーヌはラウルの声など耳に届いていないかのように、不思議な独り言を続けている。


「やあねぇ、彼女、幻覚でも見てるのかしら? あなたの兄弟は変な薬を飲んでいたから」

 何かを思い出したらしく、ベアトリスがそう呟く。

「あぁ、確かに。あれのせいか……」

 と、ラウルはエルが食事の代わりとして飲んでいた奇妙な液体の事を思い浮かべた。

「瓶に栓はしてあったけど、なぜか微かに血の香りがしたの。でも、それよりも私たちが大嫌いなハーブ類の香の方が断然強かったけれど……お陰で運んでいる時にちょっと気分が悪くなったわ」

 そういえば、今まで気にした事は無かったが、あれは何の薬草を使っていたのだろうか……そんなラウルの疑問に答えるかのようにベアトリスはそう言った。


「空腹状態だったし、もしあれが原因だったら、今相当"効果"が出てしまっているんじゃないかしら? まあ、実際私は口にした事はないけれど、ハーブ類なら忌避効果だけだし、死に至る事は……それでも彼女がやっぱり心配?」

 まるで小さな弟が、好きな女の子に素直になれない様子を微笑ましく見るかのように、ベアトリスはラウルを見つめるとふふっと笑った。

 だが、ラウルは無表情のまま首を振る。

「はっ! まさか! 幻覚を見てるだけなら、そのうちどうせ収まるだろうし。こうしてても時間の無駄だね。さっさと食事に行こう」


「……本当に彼が見えないの? いいえ、エルはそんな事はしないわ! だってエルと私は……」

 相変わらず奇妙な独り言を続けるクリスティーヌを尻目に、ラウル達がまた牢から離れた瞬間だった。



……バァンッ!!!



 突如、何かが爆発したような大きな音と爆風が起きたと同時に、激しい勢いでクリスティーヌのいる牢屋から轟々とした炎が上がり、あたり一面に焦げ臭い匂いが充満した。

「ゴホッ……なっ……なんなんだこれは?!」

 予想もしなかった事態に、ラウルは驚いて牢に向かって振り返り、誰宛へのつもりもなく叫んだ。

 爆風の影響で火の粉がパチパチと音をたてながら牢屋の外まで飛んでいき、ついには通路に置いてあった木箱にまで延焼しようとしていた。

 

「私だってわからないわ! それよりも、かなり火の回りが早いみたい。早くここから出ないと、私たちも巻き添えを食らうわよ!」

 事態をうまく飲み込めず、ただ牢屋の方を見ているラウルに、その場から早く逃げるようベアトリスが促す。

 彼女が予測した通り、まるで蔦でも這うかのように火は牢屋の外へどんどんと燃え広がっていく。彼らは階段を駆け上がると古城の出口へと向かった。


◆◆◆


 辺りでは、異常を察知した木にとまるカラスたちがワーワーと騒いでいる。

 いつの間にか炎は、地下牢だけではなく城全体へと伸びていった。まるで夕焼けのように空も赤い。

 さらに、熱さで脆くなった部分が崩れたのか、時折ドサっという音も聞こえた。

 さすがに近くの村も異常を察知したようで、火事を知らせるための鐘をカンカンと鳴らし始めた。


 ……あーあ、もっと遊べるかと思ったのに。まあ、目的は果たせたからよしとするか……


 燃え盛る城を観ながら、ラウルはそう思うとふぅと小さくため息をついた。

「思ったよりも早くおもちゃが壊れて残念、とでも言いたげね。ところで、約束は忘れてはいないわよね? 約束の……賭けは私の勝ちだったようだけど」

 予想が当たったベアトリスは心なしか嬉しそうだ。

「そうだね、賭けに外れたのは残念だよ。でも、君の予想した通り『愛する女のために犠牲になる男』のシナリオもまあ楽しめたよ。絶望した彼女の顔は最高だった!」

 ラウルは目を瞑ったまま天を仰いで、大袈裟に手を広げて見せた。だが、すぐに目をひらくと、ベアトリスの方に向かって

「でも、僕が予想した『化け物化した女を恐れ、逃げようとする情けない男』のシナリオも見てみたかったでしょ?」

と、ラウルは慌てふためいた人間ように、両手を頬に添えながら口をぽかんとあけ、目をキョロキョロさせた。

「あらあら。でも、結果的にそちらの方を彼が選択しなくて良かったわぁ。だって、もし、そっちを選んでいたら、彼女の目の前で二人で美味しそうに彼を食べてしまうはずだったじゃない? だから、ねぇ、もし食べてしまっていたら……」

 怖い結果ね。とでも言うかのように、ベアトリスは自身の両腕をさすった。


「まぁ、ここに長居してもしたかないわね。警鐘が鳴ったから、村人たちが様子を見にくるでしょうし。今日の狩りは中止。馬を出して、避難所の方へ急ぎましょう」

 ベアトリスは廃城から少し離れていたおかげで運良く助かった、小屋にいる馬達を指差した。

「残念なことは重なるもんだなぁ。今日はご飯抜きか。でもお腹空いてるから、いっそ見にきた人間を……」

 よからぬ事を考えているラウルに、だめだめというようにベアトリスは素早く首を横に振る。

「何人来るかも分からないし、万が一、顔を見られてしまったら厄介よ。良い子だから、今日は……ね? それに、避難所までは少し距離があるの。陽が昇る時間を考えたら、あまりモタモタしていられないわ」

 いつもは余裕そうな彼女が少し真剣な顔をしている。これは本当に時間がないのだろう。

 実は先程の賭けは、次の行き先をどちらが決めるかの優先権を賭けていた。そのため、次はどこにいくのか聞いてみたい気もするが

「冗談だよ」

と、だけラウルは言って、足早に馬が止められている小屋へ彼女と共に向かうのだった。



◆◆◆


 廃城の火災が収まったのは、それから丸一日が過ぎてからだった。辺りはまだ焦げ臭く、煙も少し立ち上がっている。

 そんな中、火が消えたか様子を見るために、近くの村に住む中年の兄弟が代表してここへやってきた。


「全く酷い有様だ。本当に村まで炎が行かなくてよかった……堀があったおかげだな」

 兄弟のうちの兄がそう呟いていると、弟が兄さん! と叫び声を上げた。

「見てみろよ。地下室に続くドアが開けっぱなしだ……こりゃあ誰かが侵入したんだな。」

 弟は開けっぱなしのドアと下に降りる階段を指差した。

「確かに、ここは立ち入り禁止にしてたはずなのになぁ。何かあったのかもしれない。よし! 確認しよう」

 兄は弟に向かってそう言うと、自分から率先してそこに足を踏み入れた。


 二人が松明を持って下に降りて行くと、幸い炎は完全に収まっているようだった。だが、半地下部分の一部の壁が崩れたせいで、外からの光が少し漏れており、燃えた後の牢屋をより一層不気味見せていた。いい年した大人の男二人であっても、背中にゾクリとした悪寒が走る。

 中でもある一角は酷く煤けていた。もしかしたら火元はここかもしれない。直感的に彼らはその牢屋を覗いた。

 すると、二体の黒ずんだ焼死体がそこには転がっていた。予想していたとはいえ、彼らはうっ……と少し吐き気を催しながらも、我慢して牢屋の入り口を触ってみた。

 鍵はどうやら掛けていたようだが、熱のせいか変形がおきている様だ。試しに兄が二、三度鍵を揺すってみるとガシャンと音をたてて解錠することができ、二人は中へと入った。


 兄の方は、奥まったところに転がる焼死体の方に近づく。女性の顔だろうか? と彼は思った。なぜなら、その焼死体は妙に立体的で、顔も目鼻口がはっきりとわかったのだ。

 彼は興味本位で焼死体に触れてみた。だが、よほど損傷が激しかったのか、ほんのひと指を触れただけなのにも関わらず、砂のようにザァッと崩れてしまった。


 一方、弟の方はもう一つの横たわる焼死体を見つめた。よくよくみると、手には金になりそうな指輪がいくつかはめられている。

 ……おっ、ついてる! 死体がこんなのしていても、なんの価値もない。それにこんな変な所にいたんだから、どうせ不倫だか密売だかなんかやましい事でもしてたんだろ。どこの貴族か金持ちか知らないが、口止め料の代わりに俺がありがたくいただくよ……

 そう思いながら、彼は焼死体からこっそり指輪を抜き取ろうとした。


 だが、焼死体の腕を掴んだ途端、その焼死体はまるで指輪を隠すかのようにぎゅっと拳を作った。

「?!」

 弟は焼死体の変化にたじろいだ。しかし、もはやこれは死んでいるのだ。だから動くはずなんてない、きっと何かの生理現象だ……そう思って、指を開かせようとしたが一向に動かない。

「くそう、この野郎、よこせ!」

 悪態を突きながら、弟は焼死体の指を壊すつもりで今度は思いっきり開かせようと力を込めた。


 ガクン!!

 弟は一瞬何が起きたのか理解できなかった。だが、目の前の光景には先程の焼死体ではなく、天井が見えている。

 力余って、自分で勝手にひっくり返ってしまったのだろうか? しかし、そんな生易しい希望は次の瞬間に簡単に壊された。

「……グフゥ!!」

 天井が一瞬見えたあと、弟は急に息苦しさを感じた。何かすごい力が横から自分の首を絞めている。まさか兄……?いや、違う。兄は自分と違って真面目な人間だ。では一体……弟は恐る恐る、視線を横に移した。


 すると、そこには血走った青い目をカッと見開き、無表情のまま彼の首を締め上げようとする焼死体がいた。


「うぎゃあああ!」

 弟は大きな声を上げて叫んだ。

「どうしたんだ。そんな声を上げて」

「し、死体が動いたんだ! お、お、俺の首を絞めやがった!」

 そんなまさか、と兄の方がもう一つの焼死体の方に目をやると、それはさっきと変わらないままだった。弟は嘘じゃない、本当に動いたんだと半泣き状態で兄に訴えた。

「どうせ昨日の酒でも残ってたんだろう。バカバカしい」

 これだからお前は……と弟が日頃から飲み過ぎていることを彼は叱った。



 村長に報告するため、怯える弟をどやしながら、彼らは他にも異常がないか見て回った。

「よし、火の心配はもうないようだな。でも、ここに遺体を放置しておくのもなんだかなぁ。まあ、事情はわからないが可哀想だから村の共同墓地で弔ってやるか」

 兄は弟に、死体を運搬するための道具を外からのもってこいと指示したが、一人で行動するのは無理だ! とまた半泣き状態で訴えたので、仕方なく兄は弟と一緒に外に出て、どこからか木の板を持ってくると、哀れな焼死体をその上に乗せた。


 ……二日酔いの夢にしたって、気味が悪いったらありゃしない。指輪は惜しいが、とっとと持って行っちまおう……

 宝物を目にしつつ手に入れられなかった弟は、そう思いながら焼死体を恨めしそうに見つめた。

 そして、兄が掛け声を上げて木の板を持ち上げると、黙ってそれを運ぶのを手伝うのだった。

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