エピローグ
「次の当主ならびに全財産は直系の孫である、シェリル・A・F・メリディエスに相続させること」
従僕のシャルルは、シェリルの祖父からの遺言状をそう読みあげた。
遺言の内容を聞きつつ、シャルルに向かって背を向けていた当の相続人であるシェリルは、彼に見えないように腹の前で拳を強く握りしめた。
だが、すぐに姿勢を正すと、くるりとシャルルの方に向き直りジャケットの襟を両手で正して
「やはり、相続人は僕のようだ。そして、今日から僕がこの家の完全な主人だ。そう言う訳だから、これからも僕の従僕として誠心誠意尽くしてくれたまえ、シャルル君」
と、彼の思う主人らしい振る舞いをした。
だが、しかし。
「あ、ちょっと待って下さいよ!」
何かに気づいたシャルルは片手を上げると、浮足立っているシェリルを制した。
「すみません! 紙がくっついていたようです。2枚目があったみたいです」
彼は指先を少し動かして紙を剥がした。
一方、気分が高揚していたのを邪魔されたシェリルは、怪訝な表情を浮かべた。
「2枚目? 2枚目って何なんだ……続きがあるなら早く読み上げろ」
若干苛立つ様子で、シェリルはシャルルに催促をした。
シャルルはシェリルが苛立っているのを何時もの事だと慌てる様子をみせず、ガサガサと2枚目の手紙を1枚目の手紙の上に重ねた。
「では、続きを読み上げます……え、えーと、ただし全財産を相続するには一点、条件を科す。その条件とは……心から愛し愛される女性を妻として迎え入れること。互いの利益目的、誘拐や脅迫、期間限定などの婚姻は無効とする」
かつての拠点であるフランスから新大陸へ渡った後も、相変わらず祖父の事業は順調だった。
むしろ、新天地での需要が大当たりしたため、フランスにいた時よりもメリディエス家は更に財を築いていた。
そのため、今まで築き上げた財を守るために、同レベルで財を持つもの同士や、新たな人脈を開拓し結束するため、力のある政治家などの娘と政略結婚をするのが、本来なら遺産を相続する条件としては理にかなっている。
だが、祖父の科した条件は全くの正反対だった。人によっては大喜びで受け入れる条件だっただろう。
しかしながら、その条件を聞いたシェリルの表情は全く間に凍りついた。
「その条件は本当なのか?!」
先程の嬉しそうな表情とは異なり、疑わしい目つきでシェリルはシャルルの元に詰め寄った。
「ええ、本当ですとも。僕は嘘をついていませんよ。なんなら、ぜひ、ご自身の目で確かめて下さい」
シャルルはやれやれといった様子で、手紙をシェリルに手渡した。
彼の手からふんだくるようにして、シェリルは手紙を受け取ると、素早くそれに目を通した。
確かに、シャルルが言っていた事は一言一句間違っていない。条件についてはその通りのようだ。何度目を近づけたり離したりしても、内容に変化は見られなかった。
「ふふふ……そうか。ここまでしても、お爺様はこの僕を結婚させたいのか……!」
そして、あはははと、シェリルは大きく笑うと目元に手を寄せた。
その様子に、シャルルはふぅ……とため息をついた。
無論、シェリルの外見は悪い訳ではない。背の高さも十分あるし、顔立ちも両親が美形だったため外見上の良さも引き継いでいる。
体格もどちらかというと筋肉質寄りで、太っていたり細すぎるわけでもない。
では、一体、どうして彼がそこまで結婚を嫌がるのだろうか。
もちろん、シェリルも若いなりに恋に落ちた事は何度かあるようだ。しかし、相手がシェリルだという事を知ると、途端にその恋は終わりを迎えた。
それと言うのも……
「"呪われし一族、メリディエス家"が、やはり気になりますか」
シェリルが口にする前に、シャルルがそう口を開いた。
"呪われし一族、メリディエス家"
世間では、そう人々が囁いていた。
それと言うのも、祖父の前妻、後妻であるシェリルの祖母、そしてシェリルの母。彼女達は皆、早死にか行方不明になっている。
さらに、それだけではない。
父の兄弟のうち、一人は不審死を遂げ、もう一人は突然家出をして、それっきり戻ってきてはいない。そして父も母と同時に失踪している。
そんなシェリルの事を人は"呪われた王子"と揶揄したりもした。
どこの家族にも大概問題はあるが、メリディエス家に至っては偶然とはいえ、異常としか言いようがない。
巷では、祖父は財を成すために悪魔に魂を売って、その代償が家族に向かってるのでは、などと面白おかしく言われていたのだ。
そして、それはフランスから新大陸に渡ってもなお、しつこくくっ付いてきてしまっていた。
家業である商売人同士のコミュニティは意外と狭く、秘密にしていてもどこかで漏れるらしい。
そのため、シェリルがメリディエス家の人間だと分かると、相手の女性はすぐに嫌な顔をして逃げるか、いい雰囲気になっても、その家族が無理やり引き裂くのかのどちらかだった。
そして、その度にシェリルは傷つき、両親から自分は捨てられたのではないかという不信感も相まって、恋などするものではないと心を硬くしていったのだ。
「よりによって、こんな条件をつけるなんて、実に慈悲深いお爺様らしい……!」
シェリルはそう嫌味を言うと、手紙をシャルルへ返した。
シャルルは再度、手紙に目を向けると、条件の後に書かれた文言に注目した。
なお……X年間は、花嫁を探すための期間とする。また、花嫁を探すための期間中は、財産の管理を一時的にミカエル、ラファエル、ザラキエルの三者に託す。
ただし、期間を過ぎても花嫁を見つけられない、もしくは花嫁を見つける努力をしなかった場合は、財産は永久預かりとなり、メリディエス家の継承権も剥奪されるものとする……
「これはつまり、結婚しない限りシェリル様はこの家に居られないという事ですね」
ふぅ……と神妙な面持ちでシャルルは再度ため息をついた。
「あぁ、そうだ。昔からお爺様は『お前には本来いるべき両親が揃っていない。受けるべき愛情を受けることができなかった。二人は深く愛し合っていたというのに。不憫な孫息子よ。だから、早くお前には家庭を築いてほしい』とかなんとか言っていたよなぁ」
シェリルは祖父との思い出を回想した。
ここ数年は祖父の仕事の都合上離れていたが、それまでは一緒に暮らし、精一杯の愛情を受けて育てられてきたのだ。
「では、さっそく候補を探す事にいたしましょう。確か、直近で呼ばれていた舞踏会は……」
そう言って、シャルルは舞踏会の予定を思い出そうとしていた。しかし……
「いや、その必要はない」
シェリルは首を横に振って、舞踏会には参加しない意思をシャルルに見せた。
すると、シャルルは片眉をピクリと上げて
「じゃあ、どうやって探すって言うんです? それとも、実はもう候補がいるんですか?」
と彼の主人に質問をぶつけた。
だが、シェリルは再び首を横に振った。
「いや、候補がいる訳じゃない。それに、近場の舞踏会に参加しても避けられるのがオチだ」
「では、どうするつもりですか」
シャルルは今度は眉間にシワを寄せ、他にどんな考えがあるのかというような表情をした。
すると、シェリルは何を思ったのかクローゼットの中から大きな鞄を取り出すと、洋服類を詰め込み始めた。
何を始める気だと、シャルルには不安そうな表情が浮かんでいる。
「どちらに出かける気ですか? そ、そうか! 近場がダメなら遠くで探せばいいだけですよね! じゃあ、僕も準備を……」
てっきりシェリルが旅行に出るのかと思ったシャルルは、自分も準備をするために部屋を出ようとした。
しかしながら
「お前は付いてくる必要は無い!」
キツめの言葉で、シェリルはシャルルを止めた。
「そんな言い方をしなくても。でも、僕がついて行くと探しにくいというなら……わかりました。やめます!」
シャルルは、内心が不服そうに唇を噛み、苦笑いを浮かべた。
だが、次に彼の主人の口から出たのは、すまないという謝罪の言葉ではなく、彼の父親譲りのとんでもない言葉だった。
「シャルル。僕はどうしても、このお爺様の遺言を受け入れることは出来ない。だから、僕の意思として……僕はこの家を出て行く。この家は僕の代で終わりにしてやる!」




