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61. 第二の犠牲者

 カンカンカンと鋭い金属音が鳴り響く。

 その音によって、クリスティーヌは目覚めた。ラウルの話を聞いた後、いつの間にか睡魔に襲われて、粗末な寝床に横になっていたようだ。


 彼女が起き上がると、鉄格子の前にはラウルが立っていた。彼は手元に鍵らしきものを持っており、それを鉄格子に打ち付けている。

 先程からの鋭い金属音は、この音によるもののようだ。


「やあ、クリスティーヌ。おはよう」

 ラウルは、にこりと笑みを浮かべると、音を鳴らすのをやめて鉄格子越しに挨拶をした。

 しかし、彼女は笑みを返す代わりに、無言で彼を睨みつけた。

「まぁ、まぁ、そんな目で見ないでよ。さては……お腹が空いているから機嫌が悪いのかな? そうそう、昨晩言った通り、君が遠慮なく食べられそうなご馳走を今日は持ってきたよ」


 彼の言うご馳走とは人間の事だ。

 今日も哀れな犠牲者をどこかで調達してきたらしい。

 クリスティーヌは確かに昨日よりも飢えを強く感じていたが、決して彼の誘惑に乗るまいと、寝床の隅で膝を腕で抱えながら唇を噛んだ。

 そんな彼女を見てラウルは、あぁ、今日の君もなんて健気に、慈愛の精神を保とうとするのだろう! と皮肉を言ってあざ笑うと、彼の言う"ご馳走"の腕を引っ張って、彼女の牢屋の中に押し入れた。


 その"ご馳走"はラウルの方に向かって振り返ると、鉄格子を両手で掴み、何するの? あんたのこと警察に突き出してやる、その後は死刑台行きだ! など様々な罵詈雑言を彼に浴びせた。

 だが、ラウルはそれを鼻で笑うと、その喋る"ご馳走"を無視してクリスティーヌに対してこう言った。

「さあ、遠慮なく今日は出来るはずだ。なぜなら、君もよく知っているだろう? この女性の顔を!」


 彼の言った通り、クリスティーヌは今日の"ご馳走"である、その女の顔を知っていた。

 かつて、夫だったユリエルを恋い慕っていた女。そして、クリスティーヌが今のラウルに次いで嫌いな人物だった。


 というのも、彼女の顔はお世辞にも美しいとは言えず、さらに、性格的はもとより、女性としての所作も上品ではなかったので、ユリエルもあまり相手にしたがらなかった。

 そのため、彼女の嫉妬は妻であるクリスティーヌへと向かった。女はクリスティーヌが大人しいのを良い事に、彼女を中傷する噂話をしたり、面と向かって侮辱するなどして、他の女たちと面白がった。

 さらには、ユリエルが亡くなった後、エルが犯人に違いないと言いふらして回ったのもこの女だった。つまり、クリスティーヌの心を傷つけた女たちの中心的人物でもあったのだ。


 我慢する事ないよ、とラウルはクリスティーヌに誘いの言葉を投げる。だが、彼女はその場をずっと動かないので、ついに諦めたのか食事に行ってくると言って彼はその場を離れた。

 一方、醜い女は出せ出せと騒いでいたが、ラウルが行ってしまうとより怒りを爆発させて、彼を罵倒する言葉をその場に吐いた。

 さらに、同じく囚われているクリスティーヌに対して、ここにいる理由を問うよりも前に、何であんたと同じ牢屋にいなきゃいけないのよ! とあたり散らした。

 そして、彼女を寝床から追い出すと、私がここで寝ると言って横になってしまった。


 クリスティーヌは、なるべく彼女から離れた位置に腰を降ろして再び膝を抱えた。確かに嫌いな人物であるが、とても殺したいほど憎いとまでは彼女も思っていなかった。

 しかし、ラウルが彼女をここに入れたという事は、無情にも殺せと言っているのと同じだ。

 いびきをかいて寝始めた彼女を見つめながら、彼女がここから逃げられますようにとクリスティーヌは必死に祈った。


◆◆◆


 数時間後、ラウルは再びクリスティーヌのいる牢屋の前まで戻ってきた。

 だが、彼の期待とは異なり、牢屋の中には小さくなるようにして座っているクリスティーヌと、まだ()()()()()醜い女がベッドに横たわっていた。

 彼はふぅとため息を吐きながら牢屋の鍵を開けて中に入り、ぐーぐーと寝ている女の腕を無理矢理掴むと、彼女を座り込んでいるクリスティーヌの前に、ドサっと音を立てて差し出した。

「まだ済ませてないなんて……本当に強情だなぁ。さあ、やりなよ」


 寝ていた所を突然起こされたので、醜い女もはじめは寝ぼけまなこだったが、次第に不機嫌になると、自分を起こしたラウルに対してまたしても罵倒を始めた。

 ラウルはそんな醜い女の事を無視しながら、クリスティーヌの反応を待った。だが、彼女は微妙だにしない。


 すると、相手にされない事にさらに怒りを増した醜い女が

「私の事を無視するんじゃないよ!! この腐れ……」

と言いながらラウルが掴みかかった。

 だが、彼はより一層大きなため息をつきながら、ヒョイッと軽やかに彼女の攻撃を交わした。


「残念だなぁ。復讐できて喜ぶと思ったのに」

 ラウルはそう言うと、攻撃を外して床に転んだ女の頭を掴み、その頭を彼女の背中に向かって一気に曲げた。


 ボキッ……


 ほんの一瞬だったが、骨が折れる嫌な音が響いた。

 それと同時に、牢屋の中はしんと静まり返った。


「あーあ、せっかくのご馳走が台無しだ。でも、彼女の味はあんまり美味しくなかったかもね」

 目を開けたままの物言わぬ死体を眺めて、ラウルはフッと笑った。

 何のためらいもなく、今日も殺人を犯す彼に対して、クリスティーヌは両手を口に添えて顔を青くした。

 しかし、すぐに軽蔑する目線を送ると非難の声を上げた。

「本当に、あなたと言う人がわからない! なぜ、こんな恐ろしい事が出来るの? まるで人が変わってしまったみたいに……」

 すると、ラウルはまるで喜劇を楽しんでいるかのように、ハハハと笑い声を上げた。

「あーあ……僕の方こそ、君が信じられないよ。生きていた頃と同じように、人間に哀れむ気持ちを持つなんて!」

 彼は、この新しい命を受けたものは生前と違い、人間に対して家畜と同じような気分になることが多いらしいのにと言った。

「そうだ。ついでにいい事を教えてあげよう。その証拠に……僕はあんなにも慕っていた兄様を殺した」


「……何ですって?!」

 予想もしていなかった彼の告白に、思わずクリスティーヌは叫び声を上げた。

 いつも兄様、兄様とラウルは嬉しそうに呼び、そんな彼に応えるかのように、ユリエルもラウルの事を愛し、とても可愛がっていた。誰がどう見ても仲の良い兄弟だった。

 なぜ? 信じられない。どうして、愛する人を手にかけられるのだろうか、と彼女の顔はより青ざめた。


「……君にはわからないよ。きっと。僕は兄様を愛するのと同じくらい、実は憎悪する気持ちも持ち合わせていた。まあ、それに気づいたのは生まれ変わってからだったけど。兄様は容姿も、才能も、人望も……何もかも恵まれていた」

 でも、それに関しては太刀打ちできないから、僕も仕方のないことだって諦めていた、とラウルは無表情だが悲しそうな声でそういった。

「だけど……兄様は僕が望むものを平気で蔑ろにした。僕は、どうしても手に入れられなくて、苦しみ悲しんでいたというのに。それだけは絶対に許せなかった。だから、殺した」

 これは復讐なんだ、とラウルは付け加えた。

 

「だからと言って……あんな酷い事をするなんて、あなたはとても身勝手よ!」

 クリスティーヌはユリエルの殺され方を思い出し、先ほどよりも強い口調で彼を非難した。

 喉を大きく傷つけられたことが原因による失血死。だが、今のラウルをみると、彼がその時、何をユリエルにしていたのか彼女は容易に想像する事ができた。

「へぇ……身勝手なのはどっちだか。ずっと、ずっと、君の事を思っていた僕の愛には応えてくれなかったくせに。僕がどれほど傷ついたのか、君にはわかるはずがない!」

 今まで比較的落ち着いていた口調とは対照的に、ラウルは声を大きく荒げた。そして、醜い女の死体を昨日よりも乱暴に掴むと、牢屋の出入り口から出ていった。


 しかし、彼はその出入り口の鍵を荒々しく閉めている途中、何かを思い出したのか突然ふふっと笑い声を上げた。

「そうだ、君に良いものをあげるよ」

 そう言ってコートのポケットをガサゴソと探すと、小さなロザリオを彼女に見せた。

「この女性の形見だ。これを使って、君の大好きな神に向かって祈るといい」

 ラウルは敢えて十字架の部分が見えるように、そのロザリオをゆらゆらと揺らした。

 だが、差し出されたほうのクリスティーヌは、ひっと小さく悲鳴をあげると、牢屋の奥の方へ逃げガクガクと震え始めた。


「あれぇ、何怖がってるの? あんなにも神のことは愛しているようだったのに!」

 もちろん、これはラウルによる嫌がらせだった。

 なぜか彼はこういった類のものに平気で触れられたり、教会にも堂々と入れることができたが、ベアトリスによれば、大抵の彼らの仲間は、生前自分が信じていた神には近づけないらしい。

 ちなみに、彼女も例外ではなく苦手だそうだが。

 

 ラウルは、ロザリオを入り口部分に引っ掛けるとこう言った。

「ふふっ、君のいう愛なんて、所詮こんなもの。でも、それでも、君が自分の愛に絶対的な自信があるというなら、明日証明して欲しい。もし、僕を納得させてくれるのであれば……ここから出してあげる」

 楽しみだなぁ、と彼は不気味な笑顔を彼女に見せた。

 そして、鼻歌を口ずさむと、ズルズルと死体を引きずり去っていった。

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