52.二度目の婚礼
庭の花々を明るく照らす柔らかな日差しが、サンルームにも差し込みキラキラと窓を輝かせている。
セッティングされたテーブルには、美味しそうな菓子と軽食が並べられており、椅子に座る華やかなドレスを纏った貴婦人たちも、おしゃべりが楽しそうだ。
「では、乾杯!」
彼女たちは、給仕から注がれた繊細な泡が弾ける薄黄金色の酒が入ったグラスを手に取ると、お互いに掲げた。
貴婦人のうちの一人が、それにしても羨ましい! と、この会の主役である貴婦人に声をかける。
「以前の旦那様も素敵だったけど、今度の旦那様も素敵な方だから、きっとまた他の貴婦人から嫉妬の声が上がること請け合いよ」
さらに、別の貴婦人からも主役の彼女に対して
「本当。しかも、熱烈にプロポーズをされたっていうお話でしょう……あぁ、素敵だわぁ」
と声が上がった。
彼女たちから様々な祝福の言葉を受けて、主役であるクリスティーヌはありがとう、今度こそ幸せになるわと返した。
今、彼女は何をしているのかというと、仲の良い女友達が開いてくれたティーパーティに参加していたのだ。
ティーパーティと言っても、今日は彼女のお祝いであるため、紅茶ではなくシャンパンでもてなされている。というのも、いよいよ明日はエルとの結婚式なのだ。
クリスティーヌにプロポーズした後、エルは田舎からまたパリの屋敷へと戻った。
アーロンが言った通り、ユリエルの事件から既に半年近くが過ぎていたため、以前に比べて噂される事は少なくなった。
だが、時間は経っていても、中にはやはりまだ彼を恐れている者もいて、始めのうちはまるで腫れ物を触るように彼に接していた。
しかし、彼の性格や人懐っこさから、次第に誤解は薄れ、更に半年たった今ではすっかり溝は埋まっていた。
一方、婚約者同士となったエルとクリスティーヌの関係はどうなったのかと言うと、彼らの仲は本当の恋人同士であるにも関わらず、特に進展する事はなかった。
もちろん、同じ屋根の下に住んでいるとはいえ、結婚前なので寝室は別々という状態だ。さらに、いくら二人きりになったとしても、エルは彼女に甘い言葉を囁いたり、キスをする事もなかった。
そのため、クリスティーヌは今回の結婚はとても嬉しいものでありつつも、エルが恋人らしいことを全くしてこない事に少々不安を感じていた。
「いやねぇ、何暗い顔をしているの?」
女友達のうちの一人が、クリスティーヌが浮かない顔をしているのを心配している。
すると、別の女友達が、さてはクリスティーヌは結婚前だから神経質になっているのではないかと囃し立てた。その言葉に、そんなの気のせいよ、そうよ、そうよと声が上がる。
◆◆◆
……前の結婚のときはこんな事、全く思わなかったのに……
翌日、二度目の婚礼衣装を着させられてもなお、クリスティーヌはそのように思っていた。
「どうした? 体調が良くないの?」
彼女の隣に立つエルが彼女を心配そうに気遣う。
「いいえ、何でもないわ」
彼女は口角をキュッとあげると、首を横に振った。
挙式は前回のような大きな聖堂ではなく、クリスティーヌにとっては再婚という事もあって、とても小さな教会で行われた。
教会には家族を始め、キースやローズとフランク、村で仲の良かった者、そしてクリスティーヌの友達や従姉妹のヨハンナ夫妻など、参列者はごく親しい者のみが集められた。
また、クリスティーヌの衣装も宝石を沢山つけた煌びやかなものではなく、代わりにレースをふんだんに使った、小さな教会によく合う清楚な白いドレスが採用された。
一方のエルは、ペールブルーに金の刺繍を入れたアビ・ア・ラ・フランセーズという出で立ちだ。
着慣れない色なので、本人は少々恥ずかしそうにしていたが、クリスティーヌは髪色に合っていると彼のことを褒めた。
皆が口々に二人を祝福する言葉を送り、幸せそうな雰囲気が漂う中、つつがなく式は進行した。
◆◆◆
挙式後も前回は舞踏会が開かれたのとは異なり、エルとクリスティーヌは馬車に乗り込むと、彼らの自宅ではなくある場所へと向かった。
向かった先は湖畔のほとりで、湖を囲むように小さな家々が建っている。
「なかなか素敵な所ね」
その小さな家の中の窓辺で、沈みゆく夕日を見ながらクリスティーヌがそう感想を述べた。
「あぁ、夕日が綺麗だ。絵に描くのにも良さそうだな」
彼女の後ろに立ったエルもそう呟く。
二人が居たのは、都会の喧騒を忘れたい人々にうってつけの小さな家を貸し出すタイプの宿だった。
小さな家と言っても、しっかりとした石造りになっており、家具も精巧な装飾が施された最新のデザインだ。内装も豪奢で、パリの屋敷とも劣っていない。
部屋の個数も屋敷に比べたら少ないというだけで、食堂、居間、寝室、控えの間などを備えていた。
つまり、誰にも気兼ねなく過ごせるようにとの事で、二人は新婚旅行を兼ねてこの場所に来たのだ。
しかし、二人はそれぞれの夕食を済ますと、それまで仲睦まじかった様子が一変して、少し気まずい雰囲気がその場に漂った。
というのも、ここは都会と違って、夜の娯楽はせいぜい夜空に輝く星を楽しむくらいだ。実際、彼らもそうやって時間を潰した。
だが、そんな事も一時間もすれば飽きてしまう。すると、またしても気まずい空気が彼らを襲った。
わざとらしく大きく伸びをしながら
「……寝ようか」
空気を変えたかったのか、エルはそう呟くとクリスティーヌを見つめた。
……遂にこの時が来た……
彼女そう思いながら、無言で頷くと寝支度をするために別室へ移動した。
クリスティーヌは寝支度を終えた後、前回の結婚の時と同じように緊張していた。もちろん、この後何をするのかというのは、彼女も大人の女性なのでわかっている。
しかし、相手はまだキスすらしてもいない間柄だ。
彼女はまるで、満員の観客が見守る大きな舞台に、突如主役として一人ポツンと立たされたような極度の緊張感に襲われていた。
……大丈夫よ。クリスティーヌ。相手は愛する夫なのよ……
そう自分に言い聞かせると、彼女は寝室の扉を開けた。
扉を開けると、エルもすでに寝巻きに着替えた状態で、ベッドに腰掛けていた。彼はクリスティーヌが扉を開け、中に入って来たのを確認すると、自らも腰を上げる。
……いよいよだわ……
クリスティーヌは覚悟をして、エルからのキスを待った。
しかし。
彼は何を思ったのか、枕とブランケットの一枚をベッドからとると、寝室内の長椅子にそれらを置き始めた。
「何をしているの?」
思わず、クリスティーヌは意味不明の行動をとる夫に対してその言葉を投げた。
「何って……俺はここで寝る。だから、クリスティーヌはベッドへどうぞ」
そう言って、彼はベッドを指差した。
冗談でしょうと彼女が言うと、彼の顔には困惑する表情が浮かんだ。
「だって、ベッドに一緒に寝ると言ったらその……」
もちろん、エルも大人の男なのでその意味はわかっている。だが、彼がその返答に困っていると、妻の目には突然涙が溢れ始めた。
「どうして、私たちは結婚までしたと言うのに、あなたは私にキスすらしてくれないの? 私との結婚はやっぱり情けによるものなの?」
彼女はそう言って両手で顔を押さえながら、さらにうぅぅとひどく泣いた。
エルは自分のした行動が彼女をかなり傷つけたとわかり、必死に謝った。
そして、違う、違うと言って、彼女の顔を両手から取ると、その手をギュッと握った。
「クリスティーヌ。そう思わせたならすまない。君は俺にとって大切な人に変わりはない。ただ……」
エルはクリスティーヌから顔を背けた。いつの間にか泣き止んだ彼女は、彼のことを不安そうに見つめる。
「正直、キスだってしたいし、それ以上のことも……でも、もし拒絶されたりしたらって思うと……怖くてできなかった」
エルの意外な告白に、クリスティーヌはポカンと口を開けた。
もちろん、彼はクリスティーヌが初めての相手という訳ではない。だが、今までの相手はお互いに単純に性的に興味があるか、それで商売している女かのどちらかだった。
そのため、初めて好きになった女性に対して、不安を感じたのだ。
「ごめん……情けなくて」
ポツリと彼は呟いた。
気恥ずかしいのか、まるで小さい子供が反省しているかの様に、眉を下げている。
しかし、クリスティーヌは彼を不甲斐ないと思うどころか、より愛おしく感じていた。
そして、彼女は彼の顔に両手を添えるとじっと目を見つめ、自らの唇をそっと彼に重ねた。
「……可愛いい人」
唇を離したクリスティーヌは笑顔でそう呟いた。一方、エルは彼女の意外な行動に驚いたらしく、まるで石のように固まっている。
だが、理性の糸が切れたのか、今度は自ら激しく彼女に唇を重ねると、そのまま彼女を長椅子に押し倒し、覆いかぶさった。
◆◆◆
翌朝。
眩しい朝日に刺激されてエルが目を覚ますと、目の前にはブランケット一枚だけを体に巻きつけて、窓辺に佇むクリスティーヌがいた。
彼女の黄金の髪は、日差しによってよりキラキラと輝いており、まるで女神が舞い降りてきたようだと彼の目には映った。
彼女は彼も目を覚ました事に気付く。
「おはよう。ねぇ、見て。朝日が綺麗よ」
指差す方向には、今昇ってきたばかりの太陽が顔を出している。そして、湖畔には朝靄がかかっており、その姿を一層神秘的な情景に見せていた。
「本当だ。綺麗だ」
彼は彼女の後ろに立って抱きしめると、君も美しいと言う代わりに、彼女のか細い首に口づけをした。
「昨日のあなたは……やっぱりあなたらしかったわ」
クリスティーヌは思い出したように微笑む。あの後、エルは彼女に激しく何度も自らの情熱をぶつけたのだ。
「それってイヤミ?」
エルは彼女から唇を離すと苦笑いをした。
まさか! と彼女は笑顔で首を振る。
「ただ……次はもっと時間をかけて欲しいというだけよ」
そう……とエルは一言言ったあと
「では、仰せのままに」
と言葉を続けて、妻を担ぎあげると乱れたままのベッドに運び、潤んだ彼女の紫色の瞳を見つめた。
そして、彼女に向かって笑みをこぼすと
「朝も昼も夜も関係なく……貴女を愛します」
そう言って、彼女の白く滑らかな脚を愛撫しながら、優しく膝にキスをするのだった。




