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31.女の相談

「どう、この紅茶。香りが素晴らしいでしょう」

 クリスティーヌがカップに注がれた紅茶に口をつけると、楽しそうにヨハンナは感想を求めた。


 確かに素晴らしい香りだ。

 茶葉はスタンダードなものだが、主にバラとオレンジがブレンドされており、バラならではの華やかな香りが漂いつつ、オレンジが後味をすっきりとさせ、とても贅沢で優雅な気分を味わえた。


 初めて飲むこの紅茶にクリスティーヌは感動した。そして、どこでこの紅茶が手に入るのかとヨハンナに尋ねた。

 だが、彼女によるとこの紅茶は一般的に出回っていないという。なぜなら、これは彼女の気まぐれによってできた産物だからそうだ。


 というのも、彼女は第二子妊娠中のつわりが酷く、時おり酸っぱいものを口にしないと気分が優れなかったのだ。

 そのため、普段飲んでいる紅茶にレモンを絞っていれてみると、これがなんと美味しいことか!

 では、レモンが美味しいと感じるなら、オレンジの果汁はどうだと試してみると、こちらもなかなかよい。

 だが、レモンと違ってオレンジはもう一つ何かを加えてもいいかもしれない……と思いついたのがバラの花びらだった。

 彼女の予感は当たり、とても優雅で上品な紅茶が誕生した。以来、彼女は大切なお客様にこの紅茶を出していると言う。



「喜んでもらえて良かったわ。ところで、今日はどうしてうちに来たのかしら? ジョゼフのお祝いだけではないのでしょう?」

 数ヶ月前、彼女には第二子で男の子のジョゼフが生まれた。一人目は女の子だったから、ギプリー伯爵は大喜びだったそうだ。

 そして、ヨハンナの言うことは図星だった。もちろん、ジョゼフのお祝いをしに来たのもあったが、クリスティーヌはユリエルの事を相談したいというのもあったのだ。


「……という訳なの」

 全てを話し終えると、彼女はとても悲しそうな顔をした。それと同時に不安だった。ヨハンナも彼女の方が悪いと批判するのではないかと。

 しかし、ヨハンナは彼女は彼女を責めるようなそぶりは見せずこう言った。

「そう……なの。うーん、正直言って、私は夫と不仲になった事がないから、何とも言えないわ。もちろん、あなたの気持ちは分からなくないのよ?」

 ヨハンナは本当にクリスティーヌ事を心配そうに見ている。

「でもね、彼にまだ愛人がいるとは決まってはいないのだし……それに、お互いに楽しめる何かがあまりないと言うのは、彼もちょっと寂しいんじゃないのかしから?」

 ユリエルが寂しく思う? 思いもよらぬヨハンナの言葉にクリスティーヌはきょとんとした。

「それに、相手に合わせ過ぎないで自分の好きな事をやってる方が、案外うまくいったりするかもしれないわね。あと、あなたは彼の事を自分から誘ったりしているの? 待ってるだけなのも良くないわよ」


 言われてみれば、確かに自分の好みは置いておいて、ユリエルの好みに合わせようするのに必死な自分がいた。

 以前は楽しかったドレスの新調も、いつの間にか彼好みにしようとすることが一番になっていて、楽しいと感じることがなくなってしまっていた。

「そうね。自分が好きなものを大切にすることを、すっかり忘れていたわ。でも、お芝居は私が好きなものをユリエルは楽しんでくれなかったし、反対に私も彼の好むものは、それほど楽しめなかったのよ。だから、なかなか彼を誘いにくくて……」

「あら、それなら二人とも、あまり見た事がないジャンルに挑戦してみるのはいかがかしら」


 そう言うと彼女は席を離れ、ある一枚のチラシを持ってきた。

「少し前に、人気劇団の劇場としてこの劇場が開かれたらしいの。ちょうど今、新作のお芝居をやっているそうなんだけど、一緒に行ってみたらどうかしら?」


 彼女によると、そこでは大作家・モリエールの喜劇が上演されるという。確かに、彼女もユリエルもその芝居は二人で見たことがなかった。

「まあ、新しくできた劇場ね! 私も噂で聞いていたから、少し気になっていたの。ありがとう、ヨハンナ。彼をぜひ、誘ってみるわ」

 そう言って、クリスティーヌは嬉しそうにそのチラシを握った。


◆◆◆


 クリスティーヌはヨハンナから提案された作戦を胸に、ユリエルの帰宅を待った。少し気が早いかもしれないが、公演の予約の手配は済ませておいた。

 その日はやはりユリエルは帰って来なかったが、三日後の晩になって、ようやく帰ってきた。

 いつものように、クリスティーヌは彼に対してお帰りなさいとだけ言った。しかし、彼は彼女の顔をちらりとみると、あぁとだけ言って去ろとする。

 だが、クリスティーヌは彼の元に駆け寄ると珍しく大きな声で

「待って!」

と彼を引き止め、そしてこう言った。

「少し先だけど、一緒に出かけて欲しいところがあるの……」


 彼女は手配済みの公演の日時を伝える。しかし、ユリエルは

「悪いが、その日は先約が入っている」

と彼女の提案を冷静に拒否した。

 クリスティーヌはそう……と言って、表情を暗くする。考えてみれば、ユリエルはずっと帰ってこないのだし、そう都合よく合うとは限らなかった。


 しかし、彼は彼女の暗い顔を見てさすがに申し訳なく思ったのか、せっかくクリスティーヌが誘ってくれたのだから、都合の良い日ができたら伝えると言ってきた。

 その返事に、クリスティーヌは暗い表情から一気に明るい表情へと変えた。



 だが、せっかく手配をしてしまった分はどうしようかと、その処理にクリスティーヌは困り顔をした。

 キャンセルもできなくはなかったのだが、舞台の評判はなかなか良いし、何より新しく建てられた劇場を見てみたいという、興味にもそそられていたのだ。

 では、代わりの人を誘ってみようとするものの、ヨハンナはとても小さな子供たちがいるし、仲の良い女友達もその日は都合が悪いとのことで予定が合わなかった。

 そんな中、……そうだわ! と彼女はある人物の事を思い出した。

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