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28.理由

 エルたちの母、ミシュリーヌは不思議な力を持っていた。それは何かと言うと、ある特徴的な夢を稀に見ることだった。

 そして、それは現実になる。いわゆる予知夢というものだ。だが、その夢の多くは悪い方向へとしか行かない。

 もちろん、その夢を警告と捉えて、事前に対処すれば防ぐ事はできた。しかし、それを軽んじて何もしなかったり、誤った方向に解釈すると夢通りの事が起こった。


「お前たちが生まれるまで、しばらく彼女はそれを見ていなかったのだが……生まれてきた日、見えてしまったんだ」

 アーロンはそう言うと、両手を組み自分の額に押し当てた。

「見えたって何を?」

 真剣な眼差しで、エルはアーロンを見つめる。

「……お前がラウルを襲う夢だ。だから、お前たちを引き離したし、その舞台になると思われる庭中の池を潰した。しかし、まさかお前がその池を作るとはな」

 そう言うと、アーロンは軽くため息をついた。エルはその言葉を聞き、思わず下を向く。そして

「…ごめんなさい」

と素直な気持ちで謝罪した。

 アーロンは手を降ろし、エルの方へと顔を向ける。

「いや、謝る必要はない。悪いのは私だ。彼女の夢を甘く見ていた」

 彼は目を閉じて首を横に振った。


 エルは無言になったが、ふと疑問が湧いたのでアーロンにそれをぶつけた。

「だけど、どうして俺や母様みたいな体質の人間が生まれてくるの? 何か意味はあるの?」

 彼は一瞬、何か考えているような表情をしたが、その理を求める息子に対してこう答えた。

「急に哲学者にでもなったような質問だな。それについては……残念ながらわからない。何十年も、いや何百年先になってわかるという保証もない」

 椅子から立ち上がり、側の窓をアーロンは見つめた。

「いや、そもそも意味すら無いのではないかと私は思っている。神の残酷なイタズラとでも言うべきか。だから、お前にはとって酷だが……真実を知った以上受け入れるしかない」


 受け入れるしかない……エルはその言葉を心の中でなぞった。しかし、あることが急に彼の脳裏をよぎる。

「キースやローズたちは、俺の本当のこと知ってるの?」


 いつも一緒に居る優しい彼ら。

 もし、彼らがエルの真実を知らなかったとして、いつか正体を知ってしまったら……どんな顔をするだろう。

 いや、それだけに留まらず、忌まわしい化け物だと叫んで、エルの元から去って行ってしまうかもしれない。

 家族のように、一緒に暮らしている彼らが居なくなることを想像するのは、エルにとってとても辛かった。


「その点に関しては心配するな。彼らは承知している。それにモリスたちも」

 不安そうな様子のエルを落ち着かせるため、アーロンは優しくゆっくりとそう言った。

 彼によるとパリの屋敷でも、ばあやと執事の他、数名が知っていると。そして、彼らに共通しているのは、古くから勤めるほど忠誠心があり、信頼に厚かった。

 いつものエルであれば、自分に黙っていたなんてと腹を立てていただろうが、今はそんなことは全くなく、恐れず自分を受け入れてくれていた事が嬉しく思えた。


「ところで、確認したいことがある。今まで、誰かの血を見て急に空腹を感じた事はないか?」

 エルはアーロンの質問に対して、それはないと勢いよく首をブンブンと横に振った。

 村での喧嘩や事故で怪我をしている人を見る事はあったが、彼らの流す血をみて、エルはそんな風に感じた事は一度もなかった。

 もちろん、先程の施設で血を抜かれているときも例外ではなく。


 彼の反応に、アーロンは安心したという表情を浮かべる。

「ならば良かった。では、これだけは約束してくれ。また誰かが怪我をしても、その人の血を舐めないこと。それと、これは昔から言っているが、空腹を感じたらすぐにアレを飲みなさい」

 素直にエルはわかりましたと返事をした。

 どうしてと聞かなくても理由はわかる。言いつけを守らなければ、また誰か襲ってしまうかもしれない。

 エルにとって、それは絶対に避けたかった。


 アーロンはよしとでも言うように頷くと、次に思いがけない提案をした。

「ラウルは一命を取り留めたし、ミシュリーヌも彼が命を落とすまでは見ていない。それに、夢は一度現実になってしまえば、二度は起こらない。だから……戻るか? パリの屋敷に。もちろん、万が一の事を考えて、ラウルと二人きりになるのは禁止だが」 


 エルは驚いた。本音はラウルの側に居たい。だが、彼にしてしまった事を思い出すと……

「ううん。いくら見張りをつけてくれると言っても、またあんな風にならないか……正直怖い。だから、ラウルには会えない」

 エルは再び下を向く。だが、今度は目から自然と涙が溢れてきた。

 そんな彼を片手で優しく抱きながら、わかった。ラウルの事は任せておきなさい、とアーロンは言うのだった。


◆◆◆


 ミカエルから処置を受け、眠りに落ちていたラウルはハッと目を覚ました。

 カーテンからは光が漏れている。今は何時だろうと時計の方に目をやると、もう昼過ぎを指していた。


 彼は起きたら鳴らすように、と言われた呼び鈴をリンリンと鳴らす。すると、すぐにミカエルが中に入ってきた。

「気分はどうだ? 頭痛は?」

「気分は悪くないし、頭痛もしないよ」


 では、と言ってミカエルは手を彼の額にやる。

「よし、熱はないようだ。けれど、用心のため、今日も安静にしていなさい」

 そう言って、彼を再びベッドに寝かせようとしたが

「ねぇ、エルは? エルはどこ?」

ラウルは思い出したようにエルの居場所を尋ねた。ミカエルは返事に困っていたがこう言った。

「エルは田舎の方に帰った。お前が倒れたとき、あの子も具合が悪くなってしまってな。だから、今はここにはいない」

「そうなんだ……」

 ラウルはがっかりした。きっと、助けてくれたのはエルだから、お礼を言いたかったのにと。

 そんな落胆する彼の様子を見て、退屈しないように本を持ってくると言って、ミカエルは部屋を出て行った。



 しかし、一週間待っても、一ヶ月待ってみてもエルは一向にラウルの元へ戻って来なかった。

 アーロンによれば、パリはエルの体に合わなかったから、しばらく田舎の方で静養させるとのことだった。

 じゃあ、自分が向こうに行くのはどうかとラウルが提案すると、あの子はお前がいると、はしゃいでまた体調を崩すかもしれないからダメだと無情にも却下された。


「そんな小さい子じゃないんだから、さすがに自分で限度が分かると思うけど……そんなに具合が悪いのかな」

 ラウルは心の中で呟いたつもりだったが、知らないうちに口に出していた。

「小さい子? なんの事です?」

 本を持っているラファエルが尋ねる。ラウルは今、彼からラテン語を教わっている最中だった。


「まあ、察するに……エルのことですかね?」

 軽く微笑みながらラファエルは問う。

「う、うん。だって、父上たちに聞いても言葉を濁されるだけだし。一緒に過ごしてて、それほど体が弱そうに見えなかったんだけどなぁ。運動神経も良かったし」

「そうですねぇ。でも、彼は彼なりに気を使っていたのかもしれませんよ。病は気からとも言いますし」

 気を使っているようには……と思ったが、鈍感な自分は気がつかないだけで、エルはエルなりに頑張っていたのかもしれないとラウルは思った。


 そんな寂しそうな彼に対して、ラファエルはこう助言をした。

「では、手紙を書くというのはいかがでしょう。そうであれば、顔を合わせていなくてもお互いの近況を知れますから」

 ラウルは、それまで暗かった顔をパァっと明るくさせ

「それ、いいかも! 授業が終わったら、早速書いてみるよ」

と言って、本当に嬉しそうにニコニコと微笑んだ。

 エルに伝えたい事は色々ある。まず、何から書こうかなと、彼は頭の中で最近の出来事を整理をし始めた。

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