27.正体
「モリスたちは何者なの?」
帰り道、隣で姿勢良く馬に乗っているアーロンに向かってエルは尋ねた。アーロンはエルの方は見ずに、道に視線を向けたままこう言った。
「言ったろう。ミカエルの弟子だと」
「でも、それにしたって……」
一見すると、好青年な彼があんな事を平気でしていることに、エルは恐怖を感じていた。
「確かに。初めて見たものは恐れるだろう。だが、彼らは悪いことはしていない。むしろ、人助けをしている」
その言葉にエルは眉をひそめた。アーロンの意図することが理解できなかったのだ。
「人助けって、あれが?」
「あぁ。そう言えば、まだお前には教えていなかったが、彼らの本業は医者だ」
「はあ?」
エルはますます訳が分からなくなって、少し苛立ち気味にそう声を漏らした。だが、アーロンは彼の事を御構いなしにこう続けた。
「正確に言うと、きちんと学校を出ているわけではないから医者とは言えない。しかし、ミカエルが彼らに医術を教えた。だから、普通の医者たちよりも、彼らの方がずっと優秀だ」
確かに、ミカエルは薬学や医術に長けていた。
ある時、ローズが腰を痛めて辛そうにしていた時も、あるハーブを湿布代わりにしなさいと処方してくれたお陰で、すぐ良くなったと彼女が言ってた事をエルは思い出した。
器具を清めるために使っているという、ツンとした匂いを放つ透明な液体も、瀉血よりも衛生的かつ効率的に血液を集められる奇妙な紐を使っていたのも、ミカエル方で代々伝わる研究成果らしい。
それに、アーロンの話によると、彼らを案内したモリスも実はこの村の生まれで、幼い頃、火事で自分も妹も大火傷を負った。
だが、たまたまそのとき村にいたミカエルのお陰で妹ともども命は助かり、その恩を感じて医学の道を志したと。
「普段、彼らは村の診療所にいて、村の人たちの治療にあたっている。だが、当番を決めてあそこであのような事を行なっているのだ」
「ふぅん。でも、なんで血を抜き取ることが人助けなの?」
「彼らも我々にタダで協力しているわけではない。お前も見ただろう。エプロンをした女が男に小袋を渡しているのを」
あっ! とエルは声を上げた。確かに、あれには何が入っていたのだろう。
「中身は金貨だ。つまり、彼らは我々に血を売ってくれているのだ。それに、中には何もせず帰った人たちもいただろう? 彼らは栄養状態が悪いか、不健康なため血を取ることができないのだ。だから、改善させるための食料や薬を渡している」
そして、素人では好き勝手にその判断ができないから、モリスたちの協力を得ているのだと。
しかし、その話をされてもエルはまだ納得していないようだ。
「ラウルやユリエルと離していたことはさておき、生まれたときからお前には経済的な不自由させていないつもりだ。だから、分からないかもしれないが……大抵の農民は貧しい。我々にとっては大したことのない額も、彼らにとっては大金だ」
確かに、エルは小さい頃から欲しいと言ったものは余程のわがままでない限り、買い与えられていた。
「そして、その金を得るには、毎日、毎月、毎年、汗水流して働いてようやっと手に入る。だが、もし、そんな苦労しなくても、ほんの少しの痛みで大金が手に入るとしたら?」
迷わずそっちを選択するかも……とエルは言った。
「そう。ほんの少しの我慢で、自分が働くのと同等の、それ以上の金が手に入るなら大抵の人はそちらを選ぶ。だから、自分の血を分けるだけで金が得られるなら……と我々は彼らから感謝されているのだよ」
少し誇らしげにアーロンはそう言った。
思い出してみると、パリでたまたま庶民の住む街を通った時、こんなにも多く、やせ細って顔色も悪い人がいるなんてとエルは衝撃をうけた。
もちろん、村にも痩せていたものはいたが、顔色が悪いものはあまり見かけなかったし、第一、元気が良すぎて喧嘩もしょっちゅう起きているくらいだ。
それに、身につけている服や靴も村の者のほうが上等だった。
「……でもそうしたら、何のために血を回収してるの?」
エルはいよいよ一番聞きたかった事を口にした。その答えは何となく察してはいるが。
「とうとう、その質問がきたか。それについては、まあ……家でじっくり話そう」
ふっと軽く笑うと、アーロンはゆっくり歩いていた馬に対して、走り出す合図を出した。
◆◆◆
暗い色調の壁に、凝ったデザインの最高級家具。天井にはシャンデリアが輝く。ここは当主たるものに相応しい、威厳に満ちた部屋だ。
エルは久しぶりにこの部屋に通され、少し緊張していた。今から話される内容のせいでもあったが。
アーロンは肘当てがついた椅子にエルを腰掛けさせ、自分は長椅子の方へと腰掛けた。
彼は長い脚を組み、片方の腕を長椅子の背に置いた。彼はそうやって、50半ば近い年の割には若者がするような仕草を時折みせる。妙な癖になっているようだ。
「さて。結論から先に言おう。お前が普段飲んでいる液体の正体は……彼らの血だ。お前やミシュリーヌのような者たちのために、あの施設は作られた」
エルは覚悟はしていたが、父からその言葉を聞くとやはり大きなショックを受けた。
何も考えずに今まであれを飲んでいたなんて。自然と手に力が入り、膝の上でぐっと握る。
「……でも、それじゃあ、みんなの前で話したことは何だったの……?」
震えた声でエルは尋ねる。
「あの話は、半分嘘で半分本当と言ったところだ。そして、悪意があってそうした訳ではない。どちらかと言うと、お前ではなくユリエルたちを誤魔化すためだ」
だけど……というエルの言葉を遮ってアーロンは続ける。
「あの時、もし、この事を話していたら、彼らは今のように受け入れてくれたと思うか?」
彼は片眉をピクリと動かす。
「……」
その質問に、エルは無言になった。受け入れてくれたと思う、という答えをエルは自信を持って言えなかった。
特異体質で変わった液体しか飲めないというならわかるが、その液体の正体が血液と聞いたら……普通の人間には、自分が化け物としか思えないだろうと。
「だから、俺の事を隔離してたの?」
「あぁ、それもある。それに、お前が人を傷つけたのは実はラウルで二人目だ」
「ラウルで二人目って、どういうこと? もう一人傷つけた人がいるなんて、お、俺は知らない!」
エルは目をキョロキョロして動揺している。
そうエルが反応するのか予想していたのか、ふぅと軽くため息を漏らすと、アーロンは彼が生まれたときに乳母に噛み付いた話をした。
「じゃあ、それが原因でってこと?」
「いや。違う。それよりも、これから話す事は嘘じゃない。本当なんだ。そして、それがお前とラウルを引き離した真実だ」




