26.回収施設
雲は所々あるものの、青々とした空が広がっている。
「準備は出来たようだな。では、行くぞ」
アーロンが手綱を引っ張ると、彼を乗せた馬が勢いよく嘶いた。
エルたちが田舎の家に戻った日の翌日。
彼はエルをある場所に連れていくという。そこは、彼らが普段使用している豪華な馬車だと悪目立ちするため、少々行きにくいらしい。そのため、今日の移動手段はそれぞれの馬でとなった。
◆◆◆
連れて行かれたのは、隣村の方角に近い村の外れだった。エルがここに来るのは初めてだった。村の家に比べると少し大きい家が、ポツンと一軒だけ立っているのが見える。
その家はグレーの石で作られており、煙突からは少し湯気がでている。それだけであれば、なんてなんて事のない平凡な田舎の家にみえた。
しかし、異様だったのは、その家のエントランスには男女関係なく、何人もの大人が行列をなしていた。
そして、何かの包みを持っているか、片方の腕を押さえて出てくる人と入れ替わるようにして、行列していた人々はその家へと入っていった。
アーロンは馬から降りると、その家から少し距離がある場所の木に自分の馬を繋ぎ、エルには合図があるまでここで待機するよう命じた。
彼はその家のエントランスではなく、裏口側へと周り、誰かを呼び出した。すると、中から一人の男が出てきた。
彼らは少し談笑すると、アーロンがエルに向かってこっちに来るように手招きをした。
アーロンと話をしていた相手はニコニコしてエルを迎えた。年頃はユリエルよりも少し上くらいだろうか。
彼は長い茶髪をキュッと一つに結び、エプロンをしている。そして、シャツで隠そうとしているようだが、彼の首元と左手の甲には、ただれたような赤い跡があった。
「初めまして。君がエルだね。僕はモリス。先生の弟子なんだ」
モリスと名乗ったその男は、エルに右手を差し出して握手を求めた。エルはそれに応えつつも、先生とは誰のことだと首をかしげた。雰囲気からして父親のことではなさそうだが。
「あぁ、そうか。君たちは先生なんて言わないよね。僕らの先生は、君にしてみればおじ上の……ミカエル氏だよ」
エルは驚いて目を丸くした。まさか、ミカエルが弟子を持っていただなんて! 初耳だった。しかも、モリスの話によると、彼だけではなく他にも数名いるとのことだった。
「自己紹介は済んだようだな。ではモリス。君らの仕事を見せてくれ」
アーロンがそう言うと、モリスは頷き、彼らをその建物内へと案内した。
◆◆◆
家の中に入ると、嗅いだ事のないツンとした香りがエルの鼻腔を刺激した。
しかし、それは不潔さからくるものとは異なり、むしろ気分をすっきりとさせるような感じがした。
モリスはエルたちに建物内の端に立つよう指示をする。
そこからは外から人が入ってくる様子と、この建物内で働いていると思われる女性たちが見えた。
彼女たちは何かの器具を、透明な液体が入った白い洗面器につけている。それを持ちながらエルたちの近くを通りかかったとき、特に臭いが強まったので、臭いの正体は透明な液体だという事がわかった。
外から入ってきた人たちは、受付を済ませると待機し、順に呼ばれていった。
それから彼らは丸い椅子に座っている男の前へと案内されていく。モリスによると彼も弟子の一人だそうだ。
彼は呼ばれた人の瞼や舌の裏側などを確認し、何かを聞いている。
そして、一部の者は彼から包みを受け取るとそのままエントランスへと帰され、帰されなかった者は別室へと案内された。
「では、今度はこちらへ」
モリスはその別室ではなく、別室につながる隣の部屋へと案内した。部屋には茶色い小瓶などを収めたキャビネットと机だけが置かれている。
そして、壁の中央には小さな小窓があった。家の作りからして、そこから別室が見えるようになっているのは明らかだ。
アーロンは小窓のそばに立つと、エルを呼びこう言った。
「さあ、エル。中の様子をしっかりとみるんだ」
彼に促され、エルは小窓から中の様子を覗く。目に入ってきた光景に、エルは思わず息を飲んだ。
なんとそこには、10台近い簡素なベッドが置かれ、人々が横になっていた。
彼らの片腕には、長細くて赤い奇妙な紐のようなものが付けられており、その紐の先を辿っていくと、それぞれ個別のビンの口に差し込まれている。
よく見ると、そのビンはエルにとって見覚えがあるものだった。
そして、紐からは赤い液体がチョロチョロと出ており、そのビンの底にどんどん溜まっていった。
「ちょうど、新しい人が入ってきましたよ」
モリスがそう言うと、体格のいい男が入ってきた。彼は空いているベッドに横たわり、慣れた様子で片方のシャツの袖を捲った。
すると、エプロンと手袋をした女がやってきた。彼女は彼の腕を何かで縛ると、手早く点検するような仕草し、腕に白いワタを擦り付けた。
そして、先ほどの奇妙な紐と長さ形は似ているが、色だけ異なる紐を用意する。よく見ると、紐の先端には針がつけられていた。
彼女はそれを手に取ると、なんの躊躇いもなく彼の腕に向かってプスリと突き立てた。思わずエルは目を背ける。
だが、男は騒ぎ立てる事なくそのままじっとしている。他の者たちも騒ぎ立てることはなく、横になったままだ。
また、エルはあることに気がついた。先ほどまで色の異なっていた紐がどんどん赤くなり、ついにそれも赤い奇妙な紐たちの仲間となった。
そして、例に漏れず紐の先にはビンが繋がれており、その底に向かって紐から赤い液体が流れ始めた。
先ほどの女はその様子を確認すると、彼のベッド脇に砂時計とベルを置き、どこかへ去っていった。
一連の流れを見て、エルはここで何をしているのかを理解した。
つまり、この家では彼らの血を抜き取っているのだ。なんて事を! とでも言いたげに、アーロンへ視線を送る。
しかし、彼は小窓を見つめたままで、エルと目を合わせないし何も言わなかった。
その時、チリンチリンとベルの音が鳴った。先ほどの男とは違う男が鳴らしている。彼の所にも砂時計は置かれていたが、それはすでに空だった。
先ほどの女が戻ってくる。彼女は彼に繋がる先のビンを確認した後、彼から奇妙な紐を抜き、針によってできた傷の手当てを施した。
そして、何かを告げて小さな袋を渡し、今度は先ほどの砂時計よりもずっと小さい砂時計を置いて、また部屋から出ていった。
男は手当てされた腕を押さえてじっとしていたが、その砂時計が終わるとゆっくり起き上がり、エントランスの方へと向かっていった。
アーロンは小窓から目を離し、エルの方へと体を向き直すとこう言った。
「そう。ここの家は彼らから血液を回収するための施設だ」
先ほどのエルの視線に答えるように、アーロンはそう答えた。
エルは困惑した表情を浮かべている。モリスは何かを言おうとしたが、アーロンは手を小さく広げ彼を止めた。
「ありがとう。モリス。詳しい説明は私が家で説明する。君の持ち場に戻ってくれ」
そう言うとエルの背中を押し、この血を回収する家から出て行った。




