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25.エルの告白

 エルは半ば放心状態だった。

 だが、エル、エル。誰かが必死に自分に声を掛けている。


 ……何だろう……

 そう思いながら、その声に彼が応えようとすると、先程あった事が頭の中に鮮明な映像として蘇ってきた。


「ラウル! ラウル! あ!あ!あ!あーーー!」

 またエルはパニックを起こし始めた。

 すると、今度はエルネスト、しっかりしなさい! と声の主である誰かに、彼は頬をバシッと殴られた。

 ぼんやりと殴った相手が目に入ってくる……その人物は父であるアーロンだった。いつの間にか屋敷に帰ってきていたのだ。


 父だと分かると、エルはうわーと泣き出してしまった。アーロンはそんなエルに対して

「わかった。わかったから。落ち着きなさい」

と彼の目をしっかりと見つめ、両肩を掴んだ。

「いいから、ゆっくりとでいいから。何があったのか正直に話しなさい」



 エルは涙と鼻水でぐちょぐちょになりながら、自分で覚えている限りを話した。


 彼の話によると、釣り針にラウルが指を引っ掛けて怪我をしてしまった。手当のつもりで彼の傷口に口をやると、突然、自分の意識を失った。

 そして、気がつくと、自分はラウルの首元に口をつけて、温かい何かを飲んでいた。

 恐る恐る口もとに片手をやり拭ってみる。そして確認すると、手についていたのは赤い液体だった。……明らかに血だ。自分は彼の血を啜っていたのだ。

 びっくりしてラウルからもう片方の手を離すと、ラウルはそのまま後ろへ倒れこんだ。エルが声をかけても返事をしない。意識がない状態だった。

 その状況に訳が分からなくなり、助けを求めて走り出した……との事だった。


 エルは自分のした事が張本人であるに関わらず、信じられなかった。夢でもみているんじゃないか、とすら思っていた。

 だが、あのラウルのグッタリとした様子と、彼の感触は夢というには現実的過ぎた。

 それに、こんな話をしたところで、父は信じてくれるのだろうかと言うのも不安だった。


 アーロンは感情を読み取れない表情でエルにこう返した。

「お前の話はわかった。信じる。だが、ここではきちんとした話ができない。今は頼むから、黙ったまま私と一緒に田舎の家に帰ってくれ」

 エルは、父はやはり信じてくれないのだろうかと不安になった。しかし、彼はエルの気持ちを汲み取って

「もう一度言うが、お前の事は信じている。だからこそ、一緒に帰って欲しいんだ。さあ」

 そう言って、エルの肩を抱いて部屋から連れ出した。


◆◆◆


 ……声が聞こえる。あれ、僕の事を呼んでるの……? 誰……?

 声の呼びかけに反応するように、ラウルは瞼をピクピクと動かした。

 ゆっくりと目を開けると、目の前にはおじのミカエルがいた。ラウルは腰を上げようとするが、なぜか力が入らない。

「良かった。気がついたみたいだな。あぁ、身体は動かすな。そのままでいなさい」

 ミカエルはラウルに優しく声をかける。


 自分はなぜ、ここにいるんだろう。確か、エルと一緒に庭にいたはずでは……と記憶をグルグル辿らしていると、彼の代わりにミカエルが答えた。

「ラウル。頭が混乱しているのだろう。お前は釣りをしている時に足を滑らせて、頭を打ったんだよ」

 言われてみれば、確かに後頭部がズキズキする。彼は手で頭を触ってみると、ザラザラとした感触を感じ取った。そこには布が巻かれているようだった。


 でも、どうしてここに? そして、一緒にいたはずのエルがいないことにラウルは気づいた。

「ねえ、エルはどこに行ってしまったの? 僕の事を助けてくれたのはエルじゃないの?」

 あぁ、エルは……とミカエルは途中まで言いかけたが

「今はとにかく安静が必要だ。今日はもう遅い。このまま休みなさい」

 ラウルの目を見つめながらそう言って、彼は静かに部屋を出て行った。

 彼は首だけを動かして窓の方に目をやるとカーテンが閉められていることに気づいた。いつの間にか夜を迎えていたようだ。

 そして、目が覚めたのも束の間、急に睡魔がラウルを襲い、再び彼を眠りの森へと誘った。


◆◆◆


 一方、エルはアーロンと共に馬車に揺られていた。

 自分がどのあたりに今いるのか全くわからない。いや、そんな事はどうでもよかった。それよりも、自分はなぜあんな事をしてしまったのだろうか。ただ、その事だけが、彼の頭の中を巡っていた。

 ぼーっと足元だけを見ていたが、馬車が激しく揺れた瞬間、エルは視線を上にあげると目の前に座る父親と一瞬目があった。


 すると、今までずっと黙っていたアーロンが口を開いた。

「ラウルは」

 彼の名前を聞くと、エルはハッと現実に引き戻された。

 今まで、自分のしでかした事だけに意識がいってしまっていたが、果たして彼は無事だったのだろうかと。

 しかし、あのグッタリとした様子を思い出すと……

「やめて。聞きたくない!」

 エルはとっさに自分の耳を両手で塞ぐ。だが、アーロンは彼の両手を掴んで強引に耳から離した。

「エル。私の話をきちんと聞きなさい……ラウルは無事だ。彼は生きている」


 ラウルは生きている。その言葉を聞いた途端、エルは全身の力が抜けフニャフニャとなった。アーロンは続ける。

「確かに、お前が自分のしていることに気がつかず、そのままだったら危なかった」

 彼の話によると、ラウルは意識は失っていたが、致命傷になるほどの出血ではなかったそうだ。

「今回の件は、自習を言いつけられていたにも関わらず、ラウルを丸め込んで外に連れ出したお前は、十分に反省しなければならない。だが、これを招いてしまった原因は、私のせいでもある……おっと、着いたようだ」


 アーロンの話は途中だったが、どうやら田舎の家に到着したらしい。彼はエルを一人馬車に残したまま、家の中へと入っていった。

 しばらくすると、ローズとフランクがエルを迎えに家から出てきた。彼女たちの顔はいつもの笑顔とは異なって、緊張しているようだ。

 きっと、アーロンから何かしらの事情を説明されたのだろう。


 ローズは無言だったが、馬車から降りたエルの肩に優しく手をかけて、屋敷の中へと連れて行く。そして、彼女の手の温もりが、不思議とエルの心を安心させた。

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