21.思わぬ対面
会場内はすでに人で一杯だった。
ユリエルとクリスティーヌを祝う舞踏会では、彼らの知り合いや、少しでも有利な結婚ができるようにとその人脈を狙うものがいたため、比較的若い者達が集まっていた。
しかし、こちらの舞踏会は夫人の私的な催しだったので、この前の舞踏会よりも年齢層は若干高く見受けられた。
アーロンはエルたちを連れて、ある女性の元へと向かっていく。彼女はアーロンよりも年老いてはいるが、顔立ちも雰囲気も上品な印象だ。若い頃であれば、さぞかし美しかったのだろう。
「まあ、アーロンではありませんか。よく来てくれましたね」
そう言うと、彼女は笑顔を作って彼に片手を差し出した。アーロンはひざを曲げ、差し出された手の甲にキスをする。
「そちらも」
彼女は次にラウルに向かって手を差し出した。ラウルも同じようにしてキスをした。
「今日もなかなか賑やかな舞踏会ですね。さすが、お顔の広いクレイユ侯爵夫人だ」
「いやねぇ、そんなお世辞」
そう言いつつも、侯爵夫人は満足げな顔をしている。実際、アーロンが言ったのはお世辞ではなく本心からだ。
彼女は年の功もあってか、気遣いが大変素晴らしく、何よりも会話が楽しい人で、上流階級の中でも人気が高く、慕っている者が多かった。
また、彼女の舞踏会には、貴族かどうかは関係なく、彼女が興味深いと感じた人を呼んでいた事も人気の理由だった。
今回の舞踏会にも、名門貴族から、アーロンのような財力のある商人、軍人、そして妙に美しい女性たちがいた。
「あなたのご子息の結婚式もなかなか立派だったじゃない。本当におめでとう」
侯爵夫人は、どうやらこの前の舞踏会に来てくれていたらしい。
「ところで、ご子息の後ろにいらっしゃる、可愛いらしいご令嬢はどなた?」
そう言われると、エルはスカートを両手でつまみ、膝をまげた。
「ご紹介が遅れましたが、彼女はラウルの知り合いでして、名前は……」
彼は割と何処にでもいる名前を、エルの代わりに名乗った。
「下のお名前は? 貴族でいらっしゃるの?」
侯爵夫人は興味しんしんで聞いてくる。
アーロンは “彼女” の事をこう紹介した。
実は、彼女はさる国の高貴な令嬢で、今は両親と共に各国へ旅行中なのだと。
家同士の繋がりで知り合ったのだが、特にラウルと親しくなり、彼がクレイユ侯爵夫人の華やかな舞踏会の話をしたら、ぜひ参加してみたいと。
そのため、今回、お忍びで連れて来たのだと彼女に伝えた。
すると、まあ、そうなのと彼女はより一層の笑顔を作り
「では、ぜひ今夜の舞踏会を楽しんで行ってくださいね」
と言って、アーロンと共に何処かへ去っていった。
エルは会場内を見渡した。
ここの家の大広間には主に黒い大理石が使われており、重厚感のある印象だ。そしてそれが、私的と言ってもこの舞踏会を格式高いものに見せている。
また、高さのある天井には、キラキラと輝く大きなシャンデリアが中央に配置され、それを引き立てるかのように、いくつもの小さなシャンデリアが配置されていた。
さらに、大広間が見渡せるよう、二階に当たる部分はぐるりとギャラリーが囲んでいた。一瞬、人影のような物を感じたが、よく見ると風に煽られてパタパタはためくカーテンだった。
エルとラウルは、しばらくお喋りを楽しんでいたが、ある曲がかかるとお互いにコクっと頷いた。
彼らは向かい会って踊り始める。
アーロンの思惑通り、何人かは彼らの踊りに注目しているようだった。
あのシャイなラウルが踊っている。相手の令嬢は何者なんだろうか。そう言えば、ユリエルの舞踏会でも見かけたような気がする……と噂しあった。
曲がラストにかかり、フィニッシュを決める。無事踊り終えた。
練習のおかげか、ラウルは一回もエルの足を踏む事がなかった。二人はやったという思いで微笑みあった。
しかし、その瞬間、フッと会場内から明かりが一斉に消え真っ暗になった。
なにかのイベントか、トラブルだろうか? なんだ、なんだと会場内がざわついていると、何かがエルのネックレスを引っ張っている。暗闇のせいで誰かにぶつかり、ネックレスが絡んでしまったのか?
そう思って、彼はなんとか外そうとするが、絡まっているというよりも、引っ張られているように感じた。
エルは力が加わっている部分に手をもっていくと……ゴツゴツとした感触。男の手だ。明らかに自分から奪い取ろうとしているのだ! そう予感がしたエルは、取られまいと素早くネックレスをガシッと掴んだ。
そして、エルは思い切り靴のヒールで相手の足らしきものを踏んだ。痛いっ!という声が彼の後ろで響く。
その声が叫ばれたと同時に、ばっと明かりが灯された。すると、エルの後ろには踏まれた足を押さえている、明らかに招待客ではない、黒いマントに黒い仮面の男がいた。
「怪盗だ!」
誰かが叫んだ。すると、男は逃げようとして、退路の邪魔になっているエルの事を突き飛ばした。
しかし、男は勢い余ったのか、他に盗んだと思われるアクセサリー類の入った袋を落としてしまった。
目の前にその袋が飛んできたエルは、男に取られないようにガシッとそれを守った。
男はエルから奪い返そうとする。しかし
、まて! と、ある軍人が叫び、男を捕まえようとしてきたので、彼は奪い返すのを諦め外へと逃げていった。
軍人は数人の部下を男の追跡に回し、自らは膝をついたままのエルの元へと駆け寄る。
「お怪我はありませんか、マドモワゼル」
そう言って片手を出し、エルの事を立ち上がらせた。
「いえ、大丈夫です」
そう言いつつも転んだせいで少々痛かったが、あざになるだけだろうとエルは思った。ドレスについてしまった埃をパッパと払う。
「ならば良かった。それと、あなたの勇気のお陰で、今夜は賊からの被害を防げました。お礼を申し上げます」
その軍人はエルに向かって、深くお辞儀をした。そして、お辞儀からあげた顔をみてエルはびっくりした。
まるで、彫刻のように整った顔立ち。そして、豊かでウェーブがかった金髪に青い目。もし、自分が本当の女だったら、卒倒していたかもしれない。
雰囲気も仕草も含め、まるで周りに華やかな色とりどりの他の花が咲いても、それらを物ともせず凛として咲き誇る白バラのように麗しい人だ……とエルは息を飲んだ。
軍人はエルの手からアクセサリーの入った袋を預かると、会場に残っていた他の部下に元の主へ返却するよう命じ、自分も賊の追跡へと回っていった。
「……ル、エ、エル?」
誰かが話しかけてきたことに気がついてハッとした。声の主はラウルだ。心配そうに見つめている。
エルは自分を立ち上がらせてくれた軍人の美しさに、呆然としてしまっていたのだ。
「ちょ、ちょっと見た?!」
「えぇ、もちろん。果敢にも怪盗に向かっていく姿が本当に素敵だったわ」
エルとラウルの後ろでキャーキャー貴婦人たちが騒いでいる。
「それにしても、今夜は何も取られなくてよかったわ」
「そうね。かの伯爵夫人なんて、もう10個もアクセサリーを取られたって噂よ」
「あら、彼女だったら、そんなの取られたって大親友の王妃様に泣きつけばどうにかなるわよ」
「でも、早く捕まえて頂かないと、怖くて眠れないわ〜」
「えぇ、そうね。早く近衛連隊隊長様にどうにかして頂かないと。でも、捕まえたら、もう舞踏会には来て頂けないのかしら? 本当にいつもお側にいらっしゃる王妃様が羨ましいわ!」
近衛連隊、王妃、とびっきり美しい人……あの人だったんだ!
とエルは思いもよらぬところで有名人に会えたことに、今度は興奮して足がガクガクと震えた。




