20.麗しき舞踏会への紹介状
とうとう、明日はエルが帰るとなった日。
「本来であれば、ささやかな晩餐会を……と言いたいのだが、お前にはそう言う訳にはいかないので、代わりにこれに付いてきてもらおう」
アーロンはそう言って、一枚の紙をエルに手渡した。
「これは、何だ……舞踏会の招待状? でもどうして?」
こんなワクワクするものを、父が何の条件も無しに渡してくれるはずがない! エルは怪訝な顔をしながら疑問をぶつけた。
「知り合いの侯爵夫人が、私的な舞踏会を今晩開催する予定でな。お前はこの二週間、何も問題を起こさず過ごすことが出来た。ユリエルとクリスティーヌのパーティでは、あまり雰囲気を楽しめなかっただろう? 私からの褒美だ」
思わぬ提案にエルは口をあんぐりと開けた。
「あと、これは私からのお願いだ……ラウルと一緒に踊ってやってくれないか?」
アーロンの意図する事はこうだ。あの子はシャイ過ぎて、未だに誰とも踊った事がない。もし、このままでは、勇敢さがない情けない男として世間から見られてしまうだろう。
だから、もしエルがパートナーとなり、あのラウルが女性相手に踊ったと知られれば、そう思われずに済むと。
「クリスティーヌではだめだ。お前たちの義姉なのだから。だが、名前も顔も知られていないお前なら、ついにラウルが女性を誘ったと世間は思うだろう。これは、お前にしかできないことなのだ」
アーロンは両手をエルの肩において、じっと目を見つめながら力強く言った。
「俺にしかできない……」
その言葉に、エルは不思議と心地よさを感じた。
「そうとも。ただ、あの子にはこの意図は知らせないでくれ。男ならわかるだろう?」
エルはアーロンを見上げ、ゆっくりと頷く。
「わかった、任せてくれ!」
そう言って、エルは使命感に燃えながら部屋を出ていった。
◆◆◆
「えっ、じゃあ、その舞踏会に今夜僕も一緒に出るの?」
「ああ」
エルはラウルの部屋で、先程の件を伝えた。
「でも、僕、踊るの苦手だよ。練習相手の母様の足だって、何度も踏んでしまったし」
ラウルは何かを思い出したのか、シュンとした表情をした。
「大丈夫、練習すれば何とかなるって! 全部踊らなくてもいいんだし。一曲でも出来れば上出来だって」
「そんな簡単にいうけどさぁ……第一、エルは踊ったことはあるの?」
あるよ。と言っても俺も本番はないけれどとエルは言った。実は、彼も母親からダンスの手ほどきを受けていたのだ。
◆◆◆
「よしっ! じゃあ、ダンスは相手の気持ちに立つことが上達への一歩よ」
そう言うと、ミシュリーヌは長い髪の毛をリボンでキュッと結んだ。彼女は白いシャツとキュロットを着ている。
「母様は女なのに、何で男の格好するんだよ?」
「言ったでしょう。相手の気持ちに立つことだって。あなたが相手にするのは女性。自分勝手に動いたら、女性をうまくエスコートする事は出来ないわ」
「そんな事いってもさあ、踊りなんて踊れなくても生きていけるじゃないか」
「ううん、そんな事はないわ。今、あなたはここにいるけど、将来、もしかしたら都会で踊る事もあるかもしれない。だけど、その時踊れなかったら恥ずかしい思いをするのはあなたよ」
「都会に……でる」
「そうよ。だから、まず、あなたが女性役になる。さあ!」
そう言って彼女はエルの手を取った。
◆◆◆
当時、彼女から教わった事を思い出しながら、エルはラウルにダンスを教える。
はじめ、ラウルはお世辞にも上手とは言えない動きをしていたが、徐々に滑らかな動きになってきた。
リズムを取るのに手拍子をしているキースも、その調子、その調子とラウルを励ます。
「そうそう! だんだん上手になってきたな」
踊りながらエルもラウルの事を褒める。
「本当に? 嬉しいよ」
褒められた事にラウルも上機嫌だ。確かに最初は何度もエルの足を踏みつけてしまったが、コツを教えるとそれは次第に直ってきた。
「それにしても、エルはダンスが上手だなあ。僕なんて、てんでだめなのに」
「そんなことないよ」
「そんなことあるよ」
二人はくすくす笑いあう。
……本当だよ。ラウルは頭がいいのだから、コツさえ掴めばできるのに。もったいないなあとエルはステップを踏みながらそう思うのだった。
◆◆◆
時刻は夕刻。舞踏会へ出発する時間だ。
ラウルはネイビーのベルベットを使用したコート、そして同色のキュロットを着用している。落ち着いた色合いが、彼を少し大人っぽく見せている。
一方、エルは淡い紫色のドレス、そして髪には沢山のリボンが飾られた。二人はどう見ても、お似合いのカップルだ。
馬車には彼らと、アーロン、そしてお供としてキースが乗った。
彼は褐色の肌とコントラストになるような、ゴールドベースの服を着せられている。普段、着慣れないもの着ているせいか、若干緊張しているようだ。
移動中の馬車の中で
「ところで、どうして今日は兄様を誘わなかったの?」
ラウルがアーロンに聞く。アーロンは片方の手を軽く額に当てながらこう言った。
「あぁ……今日は生憎予定が入ってしまったらしい。だからお前を誘ったのだ。誘わないにしても、私とエルだけでは不自然だろ。今までない組み合わせなのだから」
そう……とだけラウルは答えた。
「それにさ、なーんかユリエルのやつ、俺のこと避けてるみたいなんだよね。この二週間、全然遊んでくれなかったし。何なんだ、あいつ。こんな可愛らしい妹がいるというのにね。信じられませんわ。プンプン」
エルはツンとした表情をしながら、そうおどけて言ってみせた。馬車の中で軽い笑いが起きる。
そして、エルはアーロンに向かってウィンクすると、彼は軽くフッと笑い返すのだった。




