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17.父の告白

 アーロンの話は、にわかに信じられないものだった。


 彼らの一族は昔、血族婚を代々繰り返していたたため、一種の奇形とも言うべきか、子孫であるものたちの中に、通常の食べ物を受け付けられない人間が生まれることが度々あった。

 そして、その人間にはある特徴があった。それは赤ん坊の時点で二本の歯を持っているとのことだった。


 運悪く、それに該当したのがエルと彼女の母親、つまりミシュリーヌだ。

 実は、ミシュリーヌも先祖を辿れば、アーロンと繋がる家系に生まれていた。遠縁の関係だったのだ。


 通常の食べ物を受け付けられない彼らは、では、一体どうやって栄養をとるのか。

 すると、アーロンは一本の瓶を持って来させた。ワインのような液体が入っている。匂いを嗅ぐとスパイシーな香りが漂う。


 これは一体……? ユリエルが問う。

 アーロンによると、謎の液体の正体は聞いた事のない果実の名前で、口当たりの良さを出すために数種類のハーブをブレンドしているとのことだった。

 彼らが普通の食事の代わりとしてとれるのは、この液体とショコラのみ。

 そして、材料である特殊な果実とハーブがこの国で唯一取れるのは、エルが現在住む地方だけなのだ。

 だが、これは通常の人間にとっては猛毒で、絶対に飲んではいけないと彼はユリエルに言った。


「でも、それならば、これは言わば病気のようなものではありませんか。なんら隠す必要はない。それに、ミシュリーヌ、いや母上は我々と普通に暮らしていたでしょう」


 本当にそうだったか? そう聞きながら、アーロンはユリエルの目をじっと見つめる。


……そういえば、今まで全く不自然には思わなかったが、彼女は私の前で飲み物を飲むことはあっても、食事はもとより菓子を摘む仕草ですら見せた事がない。

 それに、彼女は舞踏会には参加したが、晩餐会にはなにかと理由をつけて参加しなかった。

 うっ……少し頭が痛い。これ以上考えると、嫌な気分になりそうだ……

 ユリエルは封印していた記憶の扉を開けてみたが、不快感を感じてすぐに閉じた。



 彼女の不自然な点を思い出したとでも言いたげな表情の彼に、アーロンは言った。

「そうとも。彼女が食事をとっているところを見た事がないだろう。でも、彼女は大人だ。世間に溶け込むには、どうやって振る舞えばいいかわかっている。しかし、エルはまだ子供。自分自身で自らの特異体質を世間に知らしめてしまう可能性だってある」

 アーロンはチラリとエルの方を見た。

「それに、もし一緒に暮らしていたとしよう。何も知らないエルの遊び友達がやってきて、ふざけて彼の飲み物を飲んだりしたら……?」

 その言葉にユリエルはハッとした。

 確かに事情を知るものであれば、決して口をつけないだろう。しかし、知らないものだったら? ゾッとする。


 アーロンは続ける。


「有難いことに、今日まで、我が家は大変な財を築くことができた。しかし、そのぶん商売敵も多いのだ。もし、その敵にエルの事が知られてみよう。奴らは瞬く間に噂をばら撒く。そうなれば、一番傷つくのはエルだ」

 エルはどうして? とでも言うかのように父親の事を見つめる。

「実際、何代も前には、普通の食事ができないのは悪魔の手先だからだと言われて、なんの罪もなく魔女裁判にかけられた者たちがいた……さすがに今はそんなことなかろうが」

 だが、と彼は言って

「奇異な目で見られる事には変わりない。それに、当時よりももっと酷い事を考える奴もいるかもしれない。そのため、この宿命をもったものは一度死んだことにし、別の場所でひっそりと生かす事が我が一族の掟として定られたのだ」


 アーロンはエルの肩に片手をおいた。

「とは言うものの、中には隠れ家から逃げ出したがるものもいる。お前とお前の母はまさにそうだ」

 やはり親子だなという目でエルの事を見つめ、アーロンは微笑んだ。

「家族なのに離れ離れにさせてしまって申し訳なかった。しかし、これもお前を大切に思っての事だ。許してくれ」


 彼はエルをぎゅっと抱きしめた。普段であれば、なんだよ! と言って突っぱねるエルも、今日ばかりはまたうわーと泣き出した。

 ばあやを始め、周りのものたちも目に涙を浮かべている。和やかな時間が辺りに流れた。


◆◆◆


「では、父上、失礼します」

 ユリエルはそう言って、クリスティーヌと二人のおじたち、そしてエルとラウルと共に部屋を出ていく。

 ラウルとエルは肩を抱き合っている。本当に嬉しそうだ。

 

 もう、これで隠す必要はなくなった。だから、エルはこの屋敷にいて良いとアーロンは許可を出したのだ。

 ただし、彼の食料はこの家だと限りがあるので、二週間限定でということだったが、それでも彼らは大喜びした。

 

 後片づけを終えた使用人たちをほかの仕事に回すと、部屋にはアーロンとミカエルだけが残った。

「本当によかったのですか? ごまかす方法は他にもありましたのに」

 不安そうな顔でミカエルが尋ねる。

「確かに。だが、あの子のことだ。そうやってごまかしても、また同じことが起こるかもしれない」

「そうですね。しかし、よくあの場であんな話を思いつくなんて……流石ですよ」

 アーロンは後ろでまた手を組むと、首を横に振った。

「いや、私は嘘は言っていない。話を少々盛っただけだ」

 食えない人だ。ミカエルはくすっと笑って彼を見つめる。


 アーロンは手を離し、テーブルの上に置いてある瓶を持つとこう言った。

「ところで、最近、これの原料を買い取ってほしいという人が増えているそうじゃないか」

「ええ。わざわざ隣村からやってくるのです。彼らも金に困っているのでしょう。増えることはありがたいですが、質はあまりいいとは言えないのです。買い取らずに帰ってもらう場合も少なくありません」

「……そうか。ともかく、これを作る事が出来るのは彼らのお陰だ。体は資本ともいうだろう? 協力してくれる人に対しては、少しでも良質なものが取れるよう、体に精がつく食料や薬をもっと渡してあげなさい」

 かしこまりましたと言って、ミカエルも部屋を出て行った。


◆◆◆


 部屋に一人きりになると、アーロンは大きなため息をついた。

 彼らが自分の話を信じてくれてよかった。いや、信じてくれないと困るのだ。

 なぜなら、真実はもっと残酷だ。受け止めるにはエルは若過ぎるとアーロンは一人ごちた。

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