16.朝の騒動
バンッ!!
まるで、爆発でもあったのかのように、サロンの扉が開けられた。そして、廊下から一人の少年が飛び込んできた。
勢い余ったせいで、彼は足元のバランスを崩し、その場に転けた。
それをチャンスとでも言うように、男たちがガッと上から抑え込む。彼は必死に抵抗し
「こんなのやっぱり納得できない!」
と大声をあげた。
だが、男たちは急げ、急げというように、彼をこの部屋から追い出そうとすると
「何事だ?!」
目の前の突然の事態に、ユリエルは声を大きく上げた。
え、えーと……と押さえつける男たちが一瞬困った隙をつき、少年はチャンスとばかりに
「助けて!」
と言って、這いずりながら部屋の中央へむかって逃げた。男たちは彼を再度押さえつけようとしたが
「待て!」
そう言って、ユリエルは男たちの動きを制止し、少年に近づいて彼の顔を見た。
「君は……!」
目の前の少年にユリエルは驚く。体格はこちらの少年の方が小さく、格好も庶民風の服を着ていたが、顔は弟のラウルに瓜二つだった。
思わずユリエルは、後ろにいるラウルを確認する。すると、エル! とラウルとクリスティーヌが彼の名を同時に叫んだ。
なんだって!? とユリエルは再度驚く。
確かに、世話になった時は帽子をかぶっていたので、顔をきちんと確認していなかったが……一体どういう事だ?
そう疑問に思いながら、ユリエルは父親たちの方を見た。
すると、彼らはしまったとでも言うように、その場から目を背けた。
自分に目を合わせてくれない彼らを睨みつけながら、エルは
「なんで! どうして! ずっと一人だけあんな田舎に閉じ込めて……兄弟がいることも教えてくれなかった。あまりに酷すぎるよ! どうして! そんなに俺は邪魔なのか! 教えてよ、父上! みんな!」
そう叫ぶと感情が昂りすぎて、またしてもうわーと泣き始めた。しかし、アーロンは彼の言葉には答えようとせず、後ろで手を組み窓を見つめている。
……兄弟、父上だと?! どういう事だ!?まさか!……
ユリエルはふと思い出した。ラウルには生まれてすぐに死んだ双子の兄弟がいた事を。しかし、自分は弟の遺体を見ていない。
「どういう事ですか。父上。そしておじ上方。もし、彼がラウルと双子の兄弟であるならば、私にも、ラウルにも説明していただく必要があります!」
ユリエルは驚いた気持ちと同時に、今までこの事を隠されていた事に、苛立つ気持ちを感じながら彼らの父親に尋ねた。
アーロンは、無表情のまま振り返ると、キースを除き、エルを捕まえにかかった男たちに下がりなさいと命令し、エルには椅子に座るよう命じた。
「わかった。説明しよう。だが……まあ、ユリエルたちには見てもらった方が早い」
そう言うと、彼は長テーブル中央の皿にあった焼き菓子を取り、エルの前に置いた。
「エル。これを食べなさい」
こんな時にお菓子なんて、何するつもりだ? とユリエルが怪訝な顔をすると
「だんな様、それだけはどうかおやめください!」
なぜか必死の形相でキースがアーロンに許しを請うた。
しかし、アーロンはダメだと首を横に振り、エルに差し出したものを食べるよう促す。
エルはグッと唇を噛んだ。迷いが出ている。だが、覚悟をして勢いよくその焼き菓子を掴み、口に放り込んだ。
彼は口に入れたものを素早く咀嚼して飲み込んだ。
フーッと彼は飲み込んだあと、一瞬安堵の表情を浮かべたが、それも束の間、すぐに口を押さえると、テーブルの下に潜って思い切り赤い色の吐瀉物を吐き出した。
……ゴホッゴホッウゥッ……
なんとも言えない声を上げる。
その様子に、だから止めたのにと言いたげな表情のキースが駆けつけて、エルに布を渡す。
ユリエルも心配そうな表情をして、彼の背中をさすってやった。
クリスティーヌにとっては刺激が強すぎたようで、叫ぶ事を通り越して立ちくらみを一瞬起こしたが、側にいたラウルがとっさに支えた。
「何をしたんですか父上! まさか、口封じのために毒を……?!」
キッとした目で、ユリエルはアーロンの事を睨みつける。そんな事をしたのは初めてだ。
「落ち着きなさい、ユリエル。大丈夫、私は毒なんていれてない。問題なのは、この子の体質の方だ」
エルの事を心配そうな顔をしながら、ばあや達が彼の吐瀉物を片付ける。
「体質とはどう言うことですか?」
ユリエルは納得いかなそうにアーロンを見つめる。
……ゼェゼェ、フゥー、フゥー……
エルはキースから介抱を受け続ける。ゆっくり呼吸を整えさせられたおかげで、だいぶ落ち着いてきたようだ。
アーロンはエルの様子を見つつ話す。
「落ち着いたようだな。まず、始めに言っておくが、お前を一人だけ田舎に住まわせていたことは、私もミシュリーヌも申し訳ないと思っている」
エルはその言葉を聞くとハッとした。昔、同じことを言われたのだ。
◆◆◆
「いい、エル。これから、あなたには様々な事が起こるかもしれない。でも、お父様もお母様もいつまでも一緒にいられる訳ではないの。貴方をこんな田舎に一人で住まわせてるのは、申し訳ないけど……でも、強く育つのよ」
エルが12歳の時だ。次の日は屋敷に帰るという日の晩、ベッドに横になる彼に向かってミシュリーヌがそう言った。
「なんだよ急に。まるで、もうこの家に来てくれないみたいじゃないか」
ぷくーっとエルは頬を膨らませる。
「ふふっ、なんてね。でも、あまり悪さをしすぎるのは本当にダメよ? みんな困ってしまうから。いいわね? 約束よ」
「わかったよ」
「そう。じゃあ、昔みたいに、ママン、愛してる! 約束する! って言ってハグして?」
「や、やだよ! そんなの。恥ずかしい。もう俺は子供じゃないんだから。おやすみ!」
そう言って、エルはブランケットに包まった。
◆◆◆
今思うと、あれは母からの最期のお願いだった。なんで叶えてあげなかったのだろうとエルはずっと心の中で引きづっていたのだ。
そんな思い出から現実へ戻すように
「じゃ、じゃあ、どうして僕と兄様に双子の兄弟は死んだって嘘をついたの?」
とラウルが聞く。エルを傷つけるだけだから、あえてそれは聞かなかったのに……空気の読めぬ弟に、ユリエルは残念な気持ちになった。
死んだだって、やっぱり邪魔だったんじゃないか……!エルの顔にはまた怒りの感情が現れていた。
それを読み取って、アーロンは違う、違うと首を横に振り否定をした。
「じゃあ、どうして俺は死んだ扱いにされたんだよ! 答えてくれ!」
エルは叫んだ。
あの事を話すのですか? とでも言いたげに、ミカエルがアーロンに目線を送るのを感じつつ、アーロンは一呼吸いれると
「わかった。では話そう。驚かずに聞いてくれ」
と皆に語り始めた。




