14.初めての夜
ヨハンナから事情を聞いたクリスティーヌは驚愕していた。まさか、そんなことがあったなんて。
でも、それを理由に、男の子を女装させてしまおう、という考えを思いついたヨハンナも凄い……と彼女は思うのだった。
パッと見ると、ヨハンナはおっとりしている貴婦人に見えるが、たまに本質をズバッと言い当てたりする。クリスティーヌはなぜか彼女のそこが好きだった。
ちなみに、彼女はこの時代では珍しい恋愛結婚をしていた。
なかには、見た目がよく求婚者に困らない彼女が、わざわざあんな小太りの男と望んで結婚したのは財産のためだ。
と酷い噂を立てる者もいたが、クリスティーヌはそうではないことを知っていた。
なぜなら、ギプリー伯爵は、見た目は男性として魅力的ではないけれど、彼を知るものは皆、彼の人懐っこい笑顔と穏やかで優しい性格が好きだった。
そして何より、誰よりもヨハンナの事を愛している。結婚して二、三年経つが、愛人がいるとの噂も全く聞かなかった。
ヨハンナ自身も、夫の体型をちょいちょい話の小ネタにしていたが、だが、それは決してバカにするわけではなく、彼を愛しているからによるものだった。むしろ、惚気ていることの方が多い。
馴れ初めも彼女たちらしく、当時ダンスが苦手だったヨハンナは、伯爵と初めて会った舞踏会で彼の足を何度も何度も踏んでしまったらしい。
普通の男性であれば、大体そこで彼女に幻滅するのだが、彼だけは
「僕は練習台で構わないので、その代わりにもっと踊ってください」
と、にこやかな笑顔を返してくれたとの事だった。
ヨハンナと会話にすっかり夢中になっていると、招待客との会話を終えたユリエルが戻ってきた。
クリスティーヌはユリエルに彼女の事を紹介する。軽く挨拶を交わすと
「本当に今日はおめでとう。ユリエル様、どうか私の可愛い従姉妹をいつまでも大切にしてくださいね」
そう言って、ヨハンナたちは顔見知りの他の招待客の元へと去っていった。
「ちょうど一曲が終わったようだ。クリスティーヌ、どう? 次は君の得意な曲だよ」
いつの間にか、ユリエルは畏まった言い方から少し砕けた言い方へと変化をさせていた。そのことに、クリスティーヌは自分たちはもう夫婦なのだと実感し、嬉しい気持ちになった。
「ええ、ぜひ。お相手を」
そう言って、彼女は彼に手を取られ、踊りの輪の中へと入っていった。
クリスティーヌは踊りを終えたあと、会場全体を見渡した。先程まで居たはずのエルとラウルが見当たらない。
どこへ行ってしまったのだろうか……とキョロキョロしていると、大広間の隅にあるドアから、少し怖い顔をしたユリエルのおじたちが出て行った。
どうしたのだろうか? と彼女が少し気になっていると、男の使用人がやってきた。
「ユリエル様。本日はこれにて、おいとませよとだんな様からのご命令です」
「いや、待て。まだ、時間にしては早くないか? それに、父上に紹介したい人物もいるのだが……そういえば、エルをまだ見かけていないな。クリスティーヌは見かけたかい?」
え、ええと彼女は返事する。
「エル様の件……そのことに関しては、案ずるなとおっしゃっていました。だんな様のお知り合いのようです。あとの事は任せよ。と仰っていました」
「そうか。来ているなら良かった。それにしても知り合いだったとはな。一言挨拶をしておきたかったが……まあ、またいずれ会えるだろう。では、クリスティーヌ。戻ろう」
そう言うと、ユリエルはクリスティーヌの手を取って、自分の腕にその手を回させ、ゆっくりと大広間を退出した。
……みんなを驚かせてみたかったけど、よくよく考えたら、第一印象が女装の姿なんて、別の意味で驚かせてしまうわね。
でも、ラウルにはきっと会えてるはず。それに、お義父様とお知り合いなら、これからは、この屋敷に遊びに来てくれるかしら……
クリスティーヌは退出しているさなか、そう心の中で思うのだった。
大広間から退出すると、クリスティーヌだけ別室の方へ案内された。
彼女の到着を待っていたジャンヌや他の女中たちが、手早くドレスやパニエを脱がしていく。
ついに、本当の夫婦となるのだ。彼女はそう思うと、今までは平静な気分でいられたが、急に緊張感と恐怖に襲われた。
自分が何をされるのか……具体的には聞いたことがない。だが、ルールとしては単純だ。夫となる者に身を任せて仕舞えばいい。そう母親から教わった。
然るべき準備が整えられ、彼女は寝巻き姿にさせられた。
女中の一人が、奥様、こちらですと彼女を案内し、小さな扉の中へクリスティーヌを通した。
そこは重厚感漂うデザインの部屋だった。壁に採用されているのは大ぶりなダマスク柄だが、落ち着いた色を使用していることで調和がとれている。
そして、部屋の中央には天蓋付きの大きなベッドが置かれ、同じく寝巻き姿のユリエルが腰かけていた。
クリスティーヌはどうすればいいのか分からず、下に俯いたまま、その場に突っ立った。すると、ユリエルはベッドから立ち上がって彼女の元へと近づく。
ユリエルは無言のまま、クリスティーヌの頬にそっと手を添えた。彼の黒い瞳が、彼女の美しい紫色の目を捉える。そして、腰を屈めて、彼女の唇にゆっくりと口づけをした。
初めての体験に、クリスティーヌの心臓ははちきれそうだった。
しかし、唇が離されると、間を置かずにユリエルは片腕を彼女の背に、もう片方の腕は彼女の膝裏に移動させて、軽々と彼女を抱えあげた。
ユリエルはゆっくりと移動し、まるで壊れやすいものを置くように、そっとクリスティーヌをベッドへ寝かせた。そして自分もベッドへ腰掛ける。
クリスティーヌは緊張し、目だけをキョロキョロさせて彼を見つめた。その様子に、ユリエルは安心させるように微笑む。
「大丈夫。全て私に任せて」
彼は、彼女の頬に掛かった彼女の長い髪の毛を手で優しく払うと、再び自身の唇を彼女に重ねた。




