12.疑惑の舞踏会
エルはさりげなく、舞踏会の会場全体を見渡した。
会場である大広間は、天井が高く白を基調とした空間になっており、床には石松模様風のタイルがあしらわれている。
テラスに近い部分では室内楽団が優雅に演奏をし、中央では色とりどりのドレスを着た貴婦人たちが、まるで花びらが舞うように優雅に踊っていた。
奥の方には、様々な招待客から声をかけられている、婚礼衣装から別の衣装に着替えたユリエルとクリスティーヌが見える。
そして、壁側には一人佇むラウルがいた。
エルが認識できたのは彼らだけだ。
どうやら、父とおじたちはこの会場にいないらしい。少しホッとして、彼は胸をなでおろした。
なぜ、エルはこの舞踏会に参加したのかというと、第一に自分とそっくりな顔を持つ少年と会話してみたかったからだ。
そして、なぜ新郎の親族として、自分の父とおじが結婚式に参加していたのか。また、あんな大嘘までついてパリに来させないようにしていたのか。
さらには、今自分が住んでいる家よりもこちらの方が遥かに大きく、まるで、自分の家は別邸のように思えた。
本当にどうして。これらの真実が知りたい! という気持ちがあったのだ。
それに、自分も黙って家を出てきたのだし、舞踏会に出ようと出まいと、怒られるのは確実だ。
だが、父親達だって自分の事を騙していたじゃないか。自分たちの事を棚にあげるのは許せない……!
と彼の中で怒りの感情が湧いたのも、否定できなかった。
そんなエルの思いはつゆ知らず、ヨハンナたちは彼を連れてクリスティーヌの方へ向かった。
ヨハンナたちがクリスティーヌのところへ近づくと同時に、ユリエルがクリスティーヌの耳元で何かを囁くと、さっとその場を離れた。
どうやら、従僕に呼ばれたようだ。体格の良い中年男性が彼を待っていた。雰囲気からして、相手は招待客の中でも要人と呼ばれる部類なのだろう。
「おめでとう。クリスティーヌ。あなたの花嫁姿、とても綺麗だったわ。それに、素敵な旦那様ね。幸せそうでなにより」
「きゃー、ヨハンナ! 来てくれたのね。ありがとう! 嬉しいわ」
本当に嬉しそうに、クリスティーヌは従姉妹が来てくれた事を、はしゃぐようにして喜んだ。
「あら、でも、ヨハンナが来てくれたということは、その奥にいる女の子、もしかして……!」
クリスティーヌが驚いていると、エルは扇子を広げ、まるで正解というようにパチリとウィンクした。
「詳しい事情はヨハンナさんに聞いて。とりあえず、俺はラウルのところに行くから。じゃ!」
扇子を広げたまま、エルはクリスティーヌに囁くとラウルの元へと近づいていった。
……なんて事。想定外だわ。
でも、まだ舞踏会は始まったばかりだし、時間はたっぷりある。みんなへの紹介は後で構わないわね。
それにしても、エルったら信じられないくらい綺麗……
クリスティーヌは、なぜエルが女装しているのか疑問に思いつつも、その美しさに驚くのだった。
◆◆◆
ラウルは壁の所にもたれかかっていた。退屈すぎて、今にも居眠りをしそうだ。
視線を下に向けていると、目の前に一人の女性が立った。そして、彼女は扇子を広げると左手に持った。
感の良い男性なら、彼女が話しかけてほしい、つまり踊りに誘ってほしいと意味してるのだと解釈するだろう。
しかし、女性に不慣れなラウルは、何を意味しているのか、まったく分かっていない様子だった。
そこで、大胆にも彼女は片手を差し出してきた。ところが、ここでもラウルは首を横に振り、無理だというジェスチャーをする。
ふぅっと彼女は大きなため息をつくと、下を見たままのラウルに小声でこういった。
「マドモワゼルの誘いを断るなんて、お前なかなか良い度胸してんな」
その言葉にハッとして、ラウルは顔を上げる。すると、目の前には見覚えのある顔をした少女がいた。
「き、君がもしかしてクリスティーヌの言っていた、僕のそっくりさん? でも、僕というより、どちらかというと……」
「あぁ、もう、立ち話はここだとあれだから。庭のガゼボの所に行こう」
こちら側をチラチラと先程から見つめる、噂好きそうな女性たちを気にして、エルはラウルを庭へと連れ出した。
◆◆◆
一方、キースは乗合馬車に揺られ、ついにパリへと到着した。
実はキースもパリに来たのは初めてだった。だが、フランクから渡された住所と、街行く人を頼りに、なんとかエルの父たちが住まう屋敷にたどり着いた。
屋敷を目の前にして、キースはグッと息を飲んだ。
今、自分が働いている家もなかなかのものだと思ってはいたが、それよりもこちらの方が遥かに大きかった。
庭の中にはかなりの数の馬車が止まっていて、屋敷からは光が漏れている。何かを中で催している事は明らかだった。
キースは華やかな雰囲気の玄関ではなく、ぐるりと屋敷を回って、厨房に通じる勝手口の方を探した。
それらしき扉を見つけ、コンコンとノックする。だが、誰も出てくれない。
仕方がないので、扉をガチャっとあけると、中では使用人達が忙しそうに動き回っていた。
「あ、あのー……」
遠慮がちに、中の使用人達へ声をかける。
「なんだい、坊主! 今、こっちは忙しいんだよ! 見てわかんないのか!! あ!」
ガタイのいい、強面の料理人に凄まれ、キースは恐怖のあまり扉をしめた。しかし、ここで怯んではいけないと、もう一度扉をあけて、今度は大声で叫んだ。
「あのー!! 女中頭のマルグリットさんはいらっしゃいますか!!」
誰かが、ばあやさんお呼びだよ! と奥の方に向かって叫ぶと、なんだい、こんな時間にどうしたんだねえと言いながら、メガネをかけた優しそうな老女中が奥から出てきた。
「どうしたんだい急に。何か御用かね?」
先ほどの強面の料理人がキースを指差すと、彼女はそう尋ねた。
「は、はじめまして。マルグリットさん。息子のフランクさんから、あなたを頼るように言われました。僕はキースと言います。実は……」
そう自己紹介してから、キースは事の成り行きを説明した。なんて事! とマルグリットも青ざめている。
「あいにくねぇ、うちも今日は舞踏会でだんな様たちも大忙しなの。でも、タイミングを見計らえば、どなたかに声をかけられると思うけど……とりあえず、中にお入り」
そう言って、マルグリットはキースを屋敷へ招き入れた。
キースは屋敷の廊下に連れ出された。屋敷の中は広く、マルグリットがいなければ迷子になりそうだ。少し歩いたところで、彼女は突然立ち止まるとこう言った。
「ここの大広間で、舞踏会をやってるんだけど、今盛り上がっているから、入りづらそうだねぇ」
彼女は使用人用の大広間へ通じる隠し扉からこっそり覗いて、中の様子を確認した。
「あら、でもだんな様はいないねぇ。ということは……ちょっと、ここでお待ちよ」
さらにそう言うと、彼女は大広間の中へ入っていった。それから待つこと数分、彼女は再び扉をあけ、手招きをしてキースを呼んだ。
だが、彼女は大広間の中央には進まず、すぐに右へ向かい、目立たない所に配置された別のドアを開けた。
扉の先は、大広間とは対照的に2、30人程度しか入れない個室となっていた。さらに、時折歓声が上がり、みんな何かに注目し、興奮している。
彼らの視線の先には、ルーレットが置かれていた。どうやら、この個室ではギャンブルを行なっているようだ。
そして、別のテーブルではカードゲームが行われている。マルグリットが遠い所から指を指すと、キースの目的である人物がそこに座っていた。




