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11.結婚式にて

「どうしたの? 前に行きましょう。遠慮することないわ。さあ早く」

 エルの肩を押すヨハンナに、自分は親戚でもないのだから、ここにいます。いえ、いさせてください!とエルは必死にお願いをした。

 そこまで言うなら……と少し悲しそうな顔をして、ヨハンナたちは花嫁側の前方部席へと移動していった。


 ……まずい。非常にまずい。なんで、なんで、なんで、ここにいるんだよ。でも、あれがラウルだな。なんか、楽しそうにおしゃべりしてるんですけど。あっ、ヤバイ、こっち見た! ……


 エルは素早く扇子を広げて、自分の顔を隠した。

 なぜ、こんなに彼が必死なのかというと、ラウルを除き、今、この世の中で一番会いたくない人物たちを、この聖堂内で彼は見つけたからだ。


 少し赤味を帯びた金髪の男、その左隣には、どことなくオリエンタルな顔立ちをした黒髪の男がいる。

 さらにその隣には、長い銀髪が目立つ一番長身の男と、ラウルだと思われる少年。

 そしてその少年の横、一番左端には赤毛の男がいる。


 自分の家族であるはずの人たち。

 つまり、エルの父親とおじたちがいたからだ。

 しかも彼らは、なぜか新郎側の前方部席、明らかに親族がいるべきに席にいる。



 ……クリスティーヌは僕によく似た人に会わせてくれると言ってたけど、いつ登場するんだろう。しかも、みんなを驚かせたいから絶対に秘密だって。

 親戚の人と一緒にくるそうだけど、それっぽい人物はいないし。遅れて来るのかなぁ。もうそろそろ式が始まりそうだけど大丈夫かなぁ……

 そう思いながら、ラウルがキョロキョロしながら後ろを見渡していると

「どうした? 誰か探しているのか?」

 ザラキエルがラウルの目線を追いながら聞いてきた。

「うっ、ううん、なんでもない。ここの教会がとても綺麗だから、魅入っていただけ」

 と咄嗟にラウルは嘘をついた。

 ザラキエルは、そうかと呟き

「では今度、お前にこの素晴らしい教会をメインとした絵を描いてやろう」

 と言って、優しく指でラウルの頬を撫でるのだった。



 非常にまずい。どうしようかとエルが気を揉んでいると、扉が開いて司祭が登場し、場内の空気が和やかだったものから、どことなくピリッとしたものへと変化した。


 そして、その後ろには豊かな漆黒の髪を一つ結びにし、丁寧な刺繍と様々な色の宝石をカフスにあしらった銀色のコート、そして同色のキュロットを着た、いつも以上に凛々しく見えるユリエルが歩く。

 さらに、その横には、高らかに髪を結い上げて生花の白バラを髪飾りにし、白をベースとしているが、金の刺繍と遠目からでもわかる高価な透明な宝石をあしらった、煌びやかな婚礼衣装姿のクリスティーヌが現れた。

 彼女からの手紙によると、パリで今一番人気のデザイナー、ローズ・ベルタンに特注で作ってもらったそうだ。


 参列者から、わぁ素敵! おめでとうなど感嘆や祝いの声が漏れる。

 だが、なぜか一部の女性は涙をし、さらにはハンカチを噛んでいるものまでいた。

 エルは二人の姿を見て、ここに至るまでの何もかもがすっ飛んだ。

 まるで何処かの王族の結婚式を見ているようだ。夢にまで見た光景が広がる。この日のために自分は生きていたんだ! とすら思った。


 二人は祭壇の前に立つと、指輪の交換をし、契約書へ署名をした。

 そして司祭から祝福の言葉を贈られ、正式に夫婦になった事を認められた。

 ユリエルとクリスティーヌはお互いを見つめて微笑みあう。その様子は、本当に幸せそうだった。


 教会の鐘が鳴り響く中、式が終了し、皆がユリエルとクリスティーヌを見送る。幸せな気分を分けてもらったエルも、現実の世界へと引き戻された。

 そして、ぞろぞろと聖堂を退出する人の波に乗りつつ、次の舞踏会にでるかどうかを思案する。


 ……逃げるなら今だ。

 でも、なぜ、新郎の親戚として自分の家族たちはこの式に参加していたのだろう。

 しかも、本当に自分にそっくりのあのラウルという少年は一体? 気になる、気になる……


 そう考え込みながら立ち止まっていると、ヨハンナが声をかけてきた。

「顔色が良くないようだけど大丈夫? 次の舞踏会にはでれそう?」

 エルは一瞬迷ったような表情をしたが、首を縦に振って

「ええ、大丈夫です。もちろん、舞踏会には出席します」

と参加する覚悟を決めるのだった。


◆◆◆


 日がすっかりと落ち、街の街灯には明かりが灯る。


 ……これが噂にきく、美しい夜のパリか。昨日は雨だったし、ヨハンナの屋敷を探すことに必死で、全然楽しめなかったな……


 エルは昨晩の事を思い出しつつ、舞踏会の会場であるクリスティーヌの新居へ向かう道中、馬車の窓から外をぼうっと眺めた。


 しばらくすると、馬車がある屋敷の前に停車した。

 比較的、パリの中心地からは離れた場所にあるが、立派な門構えをしている。そして、屋敷の周りは森で囲まれており、庭の広さもかなりの物を誇っていた。

 遠くにはきっとバラを育てている庭園、その庭園を見渡せる位置に配置されたガゼボ、噴水などが見える。


 屋敷のデザインも非常に凝っていて、庭に面している一部は、まるでギリシャのパルテノン神殿のような円柱があしらわれていた。

 そこに接する部分を、ほぼガラス窓にしているのも斬新に思えたとのと同時に、そこから漏れる明かりと軽快な室内楽、人々の楽しそうな声で、今夜の晩餐会が行われているのがすぐにわかった。


 

 ……結局のところ、クリスティーヌのいう僕のそっくりさんはまだ現れない。ふぅ、それにしても舞踏会って退屈だな。何が面白いんだろ。しかも今日は兄様もクリスティーヌも主役だから、お客様の対応に忙しくて声をかけにくいし。いっそ、部屋で本でも読んでいたい……


 そう思いながら、ラウルは壁側に立って暇を持て余していた。


 そんな彼を小馬鹿にするように

「ねえ見てよ。ラウル様ったら、今日もまるで木のように突っ立ているわ」

「シー……クスクス。本当にお兄様と異なってるわね。というか、私、未だにラウル様が誰かと踊っている姿を見たことがありませんわ」

 踊る相手を待っている女性陣が、おしゃべりの小ネタとしてラウルを好き勝手に言っていた。


 確かに、ラウルは華があるユリエルとは異なっていた。一言で言えば、とても内向的。父親やおじに対しても非常に従順だった。怒られた事もほぼない。

 そして、大人しいがために、舞踏会に連れて行かれたり、開催されても自分から女性を誘いに行くことはなく、常に壁ばかりを相手にしていた。


 そんな噂好きな彼女たちを尻目に、ラウルがふわぁっと大きなあくびをしていると

「ギプリー伯爵夫妻と親族のご令嬢!」

と大きな声のアナウンスが入った。

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