【第19話】密度と大きさ
錬金科学研究所に戻った私とマリエラ、そしてセオドア様を出迎えたのは、作業台に向かっていたルーツと、ソファで本を読んでいたロザリンドだった。
「おかえりなさい、ヴァレリアンさん! 偽金貨の証拠は掴めましたか?」
ルーツが工具を置いて駆け寄ってくるが、マリエラが残念そうに首を横に振った。
「それが、ボドワン商会の天秤で量ったら、本物と重さが全く同じだったんです。割って確かめることもできないし、セオドア様も手出しができなくて」
「重さが同じ? じゃあ本物なんじゃないのかい?」
ロザリンドが気怠げに、眼鏡の位置を直しながら尋ねてくる。
「いいえ、ロザリンド様。重さが同じだからこそ、偽物だと証明する方法があります」
「どういうことですか、ヴァレリアンさん?」
ルーツが小首を傾げる。
「純金は非常に密度の高い、つまり重い金属です。もし芯に鉛という軽い金属を使っているのに、本物の金貨と同じ重さに調整されているとしたら、物理法則上、必ずある矛盾が生じます」
「そうか! 微妙に大きさが違うってことか! 直径が違えばすぐに気づかれる。おそらくコンマ数ミリだけ、分厚いんだ!」
ロザリンドが弾かれたように声を上げた。
(さすがは天才錬金科学者だ。事実から結論を導き出す、洞察力がずば抜けている)
「その通りです、ロザリンド様。軽い金属を使って同じ重さにしようとすれば、必ず金貨の厚みや直径を大きく作らざるを得ません。重さを合わせれば大きさが変わり、大きさを合わせれば重さが変わる。それが物理の絶対法則です」
セオドア様がはっとした顔になる。
「つまり、そのボドワンの金貨の厚みを、計測すればいいと言うわけだな」
「ええ。ですが、相手は精巧な偽造犯。その差は肉眼や普通の定規では到底測れない微小な誤差です。そこで、ルーツ様の腕が必要になります」
私はルーツの前に歩み寄り、一枚の紙を取り出した。
「ルーツ様、あなたに二つの道具を作っていただきたい。一つは、左右の誤差が一切ない超高精度の天秤。ただし、お皿の部分は不要です」
「お皿がいらない? なるほど、吊るすタイプの天秤ですね。ボクの技術なら、一ミリグラムの狂いもない完璧な天秤を作ってみせます。で、もう一つは?」
「ノギスと呼ばれる、厚みを測る精密な定規です。私の前世でいう十七世紀に、フランスという国の数学者が発明した、副尺という仕組みを使います」
私が簡単な図解を紙に書き出すと、ルーツとマリエラが覗き込んできた。
「普通の定規の横に、わずかに間隔を縮小した目盛りを刻んだ、スライドする小型定規を添えるのです。メインの定規を本尺、スライドするサブの定規を副尺と言います。本尺と副尺の目盛りがピタリと一致した場所を読むことで、複雑な機械を使わずに、0・05ミリの単位で正確に測ることができます」
「0・05ミリ……。すみません、私は数学とかよくわからないので、こんな単純な構造で、どうしてそんな精度が出せるのか教えていただけますか?」
マリエラは一生懸命に図面を見ながら構造を理解しようと必死だ。
(やはりこの娘の新しい技術への探究心は本物だ……)
「アタシが教えてやるよ」
すると、ソファで本を読んでいたロザリンドがパタンと本を閉じて立ち上がり、図面を覗き込んできた。
「ふぅん、すごいね。こいつを考えた数学者ってのは天才だね! いいかい、この副尺に刻まれる目盛りは、十九ミリを二十等分し、一つの目盛りを0・95ミリとしている。つまり、本尺に刻まれた1ミリの目盛りに対して0・05ミリの誤差を作り出して、そのズレで測定するんだ」
「なるほど! 別に0・05ミリの目盛りを刻む必要はないんですね!」
「目盛りのズレを利用して微小な長さを測る……なんて美しい構造ですか! どうして今までこんな便利な道具がなかったんだろう!」
マリエラは頭の霧が晴れたように手をたたき、ルーツはその構造に瞳をキラキラと輝かせ、ドワーフとしての視点からの意見を述べた。
「ドワーフの職人たちは、厚みなどは指先の感覚で分かるんです。でもそれだと「こっちが0・5ミリ薄いです」と言っても証明になりません。でもこれなら誰が見ても一目瞭然ですね!」
その時しばらく図面を眺めていたロザリンドが、今度はモノ作りを追求する、錬金術師の視点から口を開いた。
「んー……ただこれだと目盛りが小さくて読み取りづらそうだね。インテリ執事さん、これって副尺の目盛りを倍のサイズにしても問題ないよな?」
「はい、大丈夫です。実は読み取りやすく副尺の目盛りを倍にしたものが、前世では主流でした」
「なるほど! 目盛りの間隔を広くするために、長さを倍にするんですね! なら三十八ミリを二十等分すればいいんですね」
ルーツが即座に計算して答えたが、ロザリンドは意地悪く笑ってルーツの鼻先を指でチョン、と突ついた。
「ぶっぶー、不正解」
「えっ?」
「三十八ミリを二十等分したら、一目盛りが1・90ミリになっちまう。それだと本尺の2ミリに対して、0・1ミリのズレが出ちゃうだろう?」
「ああっ! 本当だ!」
「いいか。本尺の2ミリに対して、0・05ミリのズレを作りたいんだ。だから本尺の四十ミリ分から、1ミリを引いた三十九ミリ。これを二十等分して、一目盛りを1・95ミリにするんだよ。そうすれば、本尺の2ミリとの差がピッタリ0・05ミリになるってわけさ」
ロザリンドの完璧な数学的裏付けを聞き、ルーツはパッと顔を輝かせた。
「すごい! それなら読みやすさも精度も完璧です! ロザリンドさん、天才ですね!」
「ふふん、伊達に錬金科学者をやってないからね」
「よーし。超高精度のノギス、絶対に作ってみせますよ!」
彼女は愛用の工具箱を引っ張り出すと、すぐさま真鍮の板に極細のケガキ針で目盛りを刻み始めた。
――
「次に、ロザリンド様。あなたには魔法と錬金術を駆使して、『純水』を用意していただきたいのです」
「純水……つまり全く不純物のない水ってことだね。たしかに水魔法で作り出す水は綺麗だけど、空気中に発現した瞬間に、目に見えない微細なホコリを巻き込んじゃうからね」
「ええ。ですから、密閉した巨大なフラスコの中に直接水魔法を発現させ、さらにそれを蒸留器にかけて『不純物ゼロの水』を作り出してほしいのです。これから行う水中の浮力実験を正確に行うために、どうしても必要になります」
ロザリンドは楽しそうに口角を上げた。
「なるほどね。魔法で出した水をさらに蒸留して完璧な純度を目指すってわけだ。アタシは好きだよ、そのこだわり。マリエラちゃん、手伝ってくれるかい」
「はい、ロザリンドさん!」
ロザリンドは巨大なガラスの蒸留器を作り上げ、フラスコの内部で直接水魔法を発動させた。さらにそこから火魔法で加熱し、気化した水蒸気を氷魔法で冷却して別の容器に集めていく。
まさに不純物を完全に置き去りにする、科学的な精製プロセスだ。
その一方、水・火・氷の三つの魔法を巧みに操る様は、科学者ではなく凄腕の錬金術師の姿、そのものであった。
マリエラが不思議そうに首を傾げる。
「でもヴァレリアン様。定規で厚みが違うと分かっても、相手はただの誤差だとか言い張るのではないですか?」
「その通りです、マリエラ。ですから、トドメに天秤と水を使うのです。つまり、浮力によって中身を証明します」
「浮力……ですか?」
ロザリンドがハッとしたように息を呑んだ。
「なるほど……そいつは言い逃れできないね!」
そこからの二人の天才の作業は、驚異的な速度で進んでいった。
数時間後、ルーツが誇らしげに真鍮製の美しい道具を掲げた。
「完成しました! 最小読取値0・05ミリのノギスと、浮力の天秤です!」
「アタシの方も終わったよ。不純物ゼロ、究極の純水だ」
ロザリンドが透明な液体の入った大きなボトルを、いくつもテーブルに置く。
私は完成した見事な道具の数々を見つめた。
(毎回この二人にかかれば何十年、いや、何百年の歴史を一瞬で飛び越えて、前世の叡智をこの世界に顕現させてしまう)
「さぁ、これで道具は揃いました。ボドワン商会へ戻り、科学の目であの男の退路を、完全に断ちましょう」




