終わりと始まり
僕は4人家族のようだ。ここにはいないがもう1人、15歳の妹がいるらしい。
家のことや以前のこの体のことを、家族から聞く。遠くを眺めながらもたまに2人で目を合わせ少し微笑む2人。きっと心の底から愛していたのだろう。空気が和らぐ。
初めて知った。この体の人生。この人は今まで何をしていたのか。何のために生きていたのか。好きな食べ物、学校のマドンナ、この人の流行りや手のマメの意味。僕のすぐ隣で、交わることはなかったが。確かに同じ世界に生きていたのだ。僕はこきめた。ここから先の僕は2人の人生を生きると。喜びも悲しみも全て2人分受ける。僕が生きる理由が一つ増えた。
病院を出て、僕は家に向かった。これが僕の家か。
家につき居間へ行く。あの場にはいなかった家族がいる。家族がまるで日常のように座っていく。席が一つ空いている。僕が座る。長い沈黙。
何のきっかけもない。ゆっくり込み上げるように家族が1人、涙を浮かべる。それに呼応するように1人、また1人と涙を浮かべる。言葉はない。家族みんな泣いている。気づけば僕も泣いている。目は霞み、鼻はつまり、口の中が少ししょっぱい。
家族の1人が口を開く。「今日はユウキの好きなご飯を用意するからね。長いことご飯も食べれてなかったでしょ?」この優しさに胸が詰まる。「うん。」と頷く。暗く、辛かったこの4年間。ただ生きるために生きていた。ご飯という幸せがある事を忘れていた。忘れていた幸せを一つずつ思い出していく。忘れていた感情が浮かび上がる。懐かしいあの気持ち。今だけはこの気持ちに心を委ねたい。今日はお腹いっぱいご飯を食べたい。エビフライにがっつきコーラで流す。美味しいと思えるもので満腹になれるのか、夕飯に心を躍らせる。夜が待ちきれない。楽しみだ。
その後は家族に案内され、部屋に行った。
少し空いた窓。夕暮れに染まり朱色になったカーテン。大きく息を吸う。ああそうか、ここが僕の部屋だ。すごく居心地がいい。明日もここにいたい。そう思いながらターコイズブルーの寝具で統一されたベッドで横になる。枕からホワイトリリーの柔軟剤が香る。窓から気持ちのいい風が吹く。目を瞑る。深い深い眠りに入る。
夕飯はとても美味しかった。久しぶりの食事だった。家族は1人を除いて僕にたくさん話しかけてくれた。僕の好きなもの、学校での出来事。全部楽しそうに聞いてくれた。ママとパパを思い出す。
幸せを噛み締める。これが日常だ。ずっと続いてほしいとそう願う。
食事後は自室で想いに耽っていた。ママとパパを思い出し、自分を鼓舞した。
そんなことをしていると突然、家族がドアを開けてきた。目にはいっぱいの涙を溜めている。眉間に皺を寄せ、震える声で「私はお前をお兄ちゃんだとは思わない」と僕に言った。彼女が携えている拳は震えている。
僕は悲しさと納得と不安を抑えながら「ごめんなさい。」しか言えなかった。
きっと彼女は兄を愛していたのだろう。僕は兄ではない。彼女よりも年下だ。兄ならどうしていただろう。僕がこの家族に返せることはあるのだろうか。
無意識に右手が動く。動く右手に気づき戸惑う。そのまま右手が高く上がり、ゆっくりと歩み寄る。彼女の警戒心が薄れる。彼女の頭に右手が乗る。僕の意思も考えもそこにはない。1人でに体が動いたのだ。泣く妹を見かねて、守らなければと体が反応したのだ。誰よりも妹を笑顔にしたいと願っていた兄が、誰よりも妹を愛していた兄が。いつの日か、転んで泣いていた妹をお父さんと共にあやしていたあの頃のように。
兄の手が妹の頭に触れる。大きくて暖かい手。バスケで出来た手のマメ。妹の恐怖や不安を溶かしていく。妹もそれ以上言葉は発さなかった。なぜか互いにこれが最後の兄妹の時間なんだと知っていた。
少し空いた窓から風が吹く。妹の伸びた髪がなびく。妹はまた一つ強さを知った。




