1+1=1
光も、味も、感覚も、匂いも無くなった。僕に最後に残ったのは音だった。よかった、まだ皆んなの声が聞こえる。
ママとパパはあの日教えてくれた。僕が病気を治す唯一の方法が、頭の中を入れ替えるってこと。でも、体を提供してくれる人はなかなかいない。
もし居たとしても頭を入れ替えてしまったら僕が僕の体じゃなくなるのだ。それは本当に僕なのだろうか。この声もこの目も全て変わる。僕が僕じゃなくなるような気がした。
きっとパパもママも同じことを考えたのだろう。病気が治るとわかっても不安や恐怖が2人の言葉から伝わっていた。
誰かが僕に喋りかけているお医者さんだ。お医者さんが僕に語りかけてる。なんだろう。もう少し大きな声で話してほしい。
聞こえた、聞こえたけど聞きたくない。聞こえたせいで知ってしまった。そんなことを知ってしまったら僕はもう進むしかないじゃないか。
2人の思いを乗せ覚悟を決める。「やります」と自分の声が聞こえる。
まだ僕は生きている。
パパとママは病気に勝てなかった。残ったのは僕だけだ。看護師さんに一つお願いした。あの頃を思い出したくて、あの手紙を。もうあの文を読む目は見えない。だけど聞こえる。あの音色が。ママとパパの思いが聞こえる。もう少し頑張らなきゃ。
しばらく経ち、音も聞こえなくなった。
真っ暗だ。何も聞こえない。会話は心の声とだけ。手足も動いているのか分からない。
孤独で死にそうになる。もしかしたらもう死んでいるのかもしれない。もし死んでいたとしても死にたい。あの話はどうなったのだろう。。まだ希望はあるのだろうか。。。ああ、、ねむ、、い、
いつもと違う眠気に襲われ眠りにつく。
僕は目を覚ます。長い夢を見ていた。見知らぬ女性の声が聞こえる。僕は起きれたのだ。
白すぎる光に目が眩む。息を呑む。徐々に世界が見える。
花瓶には花が刺さっている。透明の花瓶が部屋の壁の白、病衣の青、聴診器の黒、ナースコールのオレンジ、木々の緑、全てを吸収し、キラキラと光を増して反射させている。
鼻から息を吸う。塩素の匂いが鼻を刺激する。あの頃のプールを思い出す。様々な柔軟剤の香りが複雑に入り混ざる。その中に繊細な花の香りが混ざっている。複雑な香りをまとめるように繊細な香りが際立っていく。空気に味がするようだ。爽やかな、しっとりとした空気。口から息を吐き出す。
生きている。涙が止まらない。人がいる、光がある、声が聞こえるという安心感。
何故だろう。みんな泣いている。そうか、みんな望んでいたんだ。みんなで立ち向かったんだ。
僕の悲しみも孤独も全て、自分のことのように思いながら。この奇病に。ありがとう。みんなありがとう。
カレンダーにふと目をやる。今日は僕の11歳の誕生日だ。
生まれ変わったのだ。
お医者さんが、僕に紹介する。君の家族だと。目の前の2人が僕の家族。
きっとあなたがお母さんで、あなたがお父さんなのだろう。名前も役割も知らない。
「初めまして」と声を出す。2人が泣き崩れる。僕も涙が溢れる。生きている喜びと、あの頃の僕が死んだという悲しみと。
嬉しさと悲しさという両極端の感情に心がぐちゃぐちゃに混ざる。赤も青も白も黒も全部。こころの色が混ざっていく。
きっと泣き崩れている2人も同じなのだろう。
もう会えない人たちを想う。世界を恨む。それでも思い出は輝く。生まれてよかったと思う。キラキラとしたこの世界に。もう2度と味わいたくない、でもまだ見ていたい。暗くて明るい。綺麗で残酷な世界だ。
運命に殺され運命に生かされる。この世界に生きているものは全てこれを味わっているのだろう。世界の残酷さに心を折られ、世界の美しさに心を救われる。
その繰り返しの中で強さを知り、幸せを得る。
今日、僕は一つ大人になった。




