体の父
今日は美穂の入学式。妻にLINEをしてお祝いの言葉を伝える。なぜこんな時に限って地方にいるのかと不満が出そうになる。家族に会いたい。帰りたい。と心が青く染まっていく。染まり切る前になんとか声を出す。
「今日は美穂の晴れ舞台だ!いつもよりバリバリ働いてたーんまり稼ぐぞ!」声に出すと気分が上がる。少し青が引いた。
午前の業務終盤。電話が鳴る。周りにバレないようこっそり画面を見る。妻からだ。一度画面を消す。が、しかしすぐに2度目の着信が来る。
「やべっ昨日の牡蠣が当たったかも。いってぇ〜」渾身の芝居を決め込み職場を離脱する。
今からでも俳優になろうかなぁ俳優になるとしたらまず事務所に所属するのか?それとも映画に出てからスカウトされるのか?そんなことを考えながら外へ出る。
「もしもーし!なにかあったか〜??」と電話に出ると妻が言葉を詰まらせながら「祐希が事故にあっちゃった。死んじゃうかも。」と話す。
言葉が出ない。心が青く染まる。3秒の沈黙。時間が止まる。「そうかすぐ行く。どこにいる?」「✖︎✖︎病院」「分かった。」そこからは最寄りの駅に向かいひたすら走った。出来るだけ早くつけるよう。
心臓が爆発しそうだ。後悔が底から湧き上がる。それを押さえつけるようにただ走る。
耳には何も聞こえない。ただ景色が後ろへ流れていく。風を切る。出来るだけ早く。できるだけ早く。できるだけはやく。祐希。死ぬな。
到着したのは電話から3時間後だった。美穂も妻もいた。祐希の状態を聞く。頭が真っ白になる。「そうか。」と口を開く。
妻が言う。「でも亡くなったわけではないから、、だから、まだ希望はあるよ。」自分に言い聞かせるようにそう口にした。
大手術の後一命は取り留めた。ベッドで横になる祐希の手を握る。手の温もりが命を感じる。
「よく頑張った」と泣きながら伝える。反応はない。涙がさらに溢れる。
手を握りながら、最後にバスケをした日を思い出す。小学校から一緒にしていたバスケは最初はゴールにボールが届かなかった。
悔しそうにほっぺを膨らませそれでも必死にボールを投げていた。いつしか背も伸び、なんとか届くようになるとドヤ顔で披露してくれた。
両手で打っていたシュートは片手に、ただのドリブルがフェイントまで入るようになり、中学生になる頃には負けることの方が多くなっていた。
高校生になる前、久しぶりに祐希と2人で公園へ行きバスケをした。アラフィフ手前の体に鞭を打ち必死に食らいつく。シュートを一本防ぐごとに関節を一つ犠牲にしているような気分だ。
案の定コテンパンにやられ降参すると負けた方の罰として、ジュースを奢らされた。
乾いた体にジュースを流し込みながら、息を切らし、汗を拭き「バスケは順調か?」と言葉を絞り出す。「もちろん!もしかしたら一年生でレギュラーになるかもね」と笑いながら話す。「ついこの間までボールを投げてもゴールに届かず、このボール重い!ってボールに怒ってたりして、」「その話何回も聞いたよ」と2人で笑いながらベンチで話す。
学校のマドンナの話や今の流行りの話などいつからか止まっていた祐希の近況を丁寧に聞く。
気づけば夕陽がより一層赤くなる。「そろそろ帰らなきゃだね」と祐希が口を開く。「そうだな、帰ろうか」と返す。なんとなくこれが最後になる気がして、目に焼き付ける。赤く染まった顔と、朗らかな笑みを。
病院から帰宅し居間に座る。誰も口を開かない。沈黙を紛らわすためテレビをつける。あぁついてないな今日は。テレビから入院中の子どものドキュメンタリーが流れる。
一層空気が重くなる。「これは、五感を徐々に失う奇病に立ち向かう家族の感動のものが…」チャンネルを切り替える。「っ果発表ーー!!」うまく行った。バラエティで場を繋ぐ。
1時間ほど鑑賞すると「そろそろご飯食べる?」と妻が口を開く「いらない」と美穂が言う。美穂の目に涙が浮かぶ。
一つ言葉が出たせいでそれに続いて感情も溢れ出る。決壊が壊れる。全ての感情が、言葉にすることのできない感情も全て涙に乗って流れ出る。その流れに乗って、妻、俺と順に感情が溢れ出る。賑やかな食卓だ。今日は誰もお腹が空かない。




