第19話 朝比奈さんに、頼んでみる
メッセージ画面を開いたまま、しばらく止まっていた。
試写に行きたい気持ちは、もうはっきりしている。そこは迷っていない。問題は、そのために朝比奈さんへ連絡する、という部分だった。
雑談の延長で話しかけるのとは違う。
今回のは、明確に頼みごとだ。しかも外出が絡む。以前のコラボで少し距離が縮まった気はするけど、だからといって何でも気軽に頼っていいわけではない。そう思うと、文面ひとつで急に手が重くなる。
「いや、でも……これ、他に誰に頼むんだよ」
小さく言って、また画面を見る。
朝比奈さんなら、この話が通じる。映画の話も分かる。配信の流れも知っている。外の企画やイベントで男性同行の資格や登録が必要になることがある、と前にさらっと言っていたのも覚えている。
条件としては、かなり揃っていた。
問題は、俺がそういう頼み方に慣れていないことだけだ。
打つ。
消す。
もう一回打つ。
最初は、「試写の案内が届いたんですが」で入った。硬すぎる気がして消した。次は、「ちょっと相談なんですけど」にした。雑すぎる気がしてまた消した。
「重いな……」
送る前から疲れてきた。
別に告白するわけでもない。ただ同行の相談をするだけだ。それなのに、変に言い回しを考え始めると、全部が不自然に見えてくる。軽いと失礼な気がするし、丁寧にしすぎると今度は距離が出る。
結局、いちばん事実に近いところに戻した。
試写招待が届いたこと。
一人で行くには制度上少し面倒なこと。
以前、朝比奈さんがそういう外の手続きに慣れていると言っていたこと。
もし無理じゃなければ、相談に乗ってもらえないかということ。
送る直前にもう一回読み返す。
長い。少し長い。でも、これ以上削ると意味が抜ける気がした。
「……まあ、いいか」
半分諦めみたいに呟いて、送信した。
送った瞬間、今度は別の落ち着かなさが来た。
送る前より、送ったあとが気になる。
重くなかったか。急すぎないか。そもそも忙しいんじゃないか。たまたま前にそう言っていただけで、今回まで付き合う義理はないだろう、とか。送信マークひとつで、余計なことまで増える。
スマホを伏せる。
でもすぐ気になって、また表に返す。
机の上には途中まで組んだプラモがある。せっかくなら少し手を動かして待てばいいんだろうけど、今はそっちに集中できる感じでもなかった。パーツをひとつ持ち上げて、やっぱり戻す。
「気になるな……」
自分で言って、だいぶ気にしてるなと思った。
試写のことだけなら、ここまでそわそわはしない。朝比奈さんに頼ったことが、別の緊張を呼んでいるんだろう。部屋の中で一人で完結する話ではなくなった感じが、少しだけある。
通知音が鳴った。
反射で手が伸びる。
返信は朝比奈さんだった。
開く。読む。拍子抜けするくらい、軽かった。
◇
もちろん大丈夫です。
行きましょうか。
そのあたりの手続きも、たぶん問題ないと思います。
案内文を見せてもらえたら確認します。
◇
「……軽いな」
思わず口に出た。
いや、軽いというより、慣れている。こっちが変に身構えていたぶん、その差で余計にそう見える。重く受け止めていないわけじゃない。必要なことは押さえつつ、でも話の入口を重くしない。そういう返しだった。
ありがたい。
かなりありがたい。
しかも、こちらが一番不安だったところを最初の数行でほぼ消してくる。行けるかもしれない、じゃなくて、もう行く方向で話してくれている。その時点で、だいぶ救われるものがあった。
すぐに案内文を転送する。
送ってから少しして、また返信が来る。
必要な確認事項。登録まわり。会場側へ伝えること。同行者としてどう動けばいいか。文章は短いのに、整理が早い。こっちが「これってどうなんですか」と聞く前に、だいたい先回りしている。
「慣れてるな……」
前にも思ったけど、こういうところは本当に朝比奈さんらしい。
配信の中では明るくて回しがうまくて、相手を置いていかない人だ。配信の外でも、その感じはあまり変わらないらしい。慣れているからこそ軽く見せて、でも必要なところは外さない。そういう進め方だった。
やり取りをしながら、だんだん気持ちが変わっていくのが分かった。
最初は、招待が届いた。
次に、行きたい。
そのあとで、面倒が来た。
今は違う。
行けるかもしれない、じゃなくて、ちゃんと行く予定として形になり始めている。
スマホの画面の中で、映画試写が予定に変わっていく。部屋の中で好きだと言っていたものが、外の会場と時間と手続きまで持った現実になっていく感じがした。
「本当に行くんだな……」
独り言みたいに言う。
机の上にはプラモがあって、メールには試写の招待があって、メッセージ欄では朝比奈さんが慣れた調子で段取りを詰めている。全部つながっているのに、少し前なら考えにくかった並びだった。
部屋の中の推し活が、そのまま外へ出ていく。
それが、ようやく現実味を持ってきた。
やり取りが一段落したところで、朝比奈さんから短い一文が来た。
◇
当日はたぶん少し早めに動いた方が安心です。
詳細決まったらまた送りますね。
あと普通にうらやましいです。私も楽しみです。
◇
そこでちょっと笑ってしまった。
慣れている。頼れる。手続きも早い。なのに最後にちゃんと、作品を楽しみにしている側へ戻ってくる。その感じが、何となく嬉しかった。
単なる実務だけじゃない。
ちゃんとこの人も、同じ方向を見ている。
「……頼んでよかったな」
自然にそう思えた。
試写に行けることそのものも大きい。でも、それと同じくらい、こういう時に頼れて、しかも話が通じる相手がいるのがありがたかった。部屋の中で一人で盛り上がって終わるんじゃなく、その先に一緒に動ける相手がいる。
それは、思っていたよりかなり安心する。
配信の中で関わるのと、こうして実際の予定を一つ組むのとでは、やっぱり少し違う。朝比奈さんとの距離が急に近くなったわけじゃない。けど、前よりもう少し現実の側に来た感じはあった。
机の前に座ったまま、スマホを置く。
部屋はいつもと同じだ。マイクがあって、ライトがあって、途中までのプラモがあって、机の端には飲みかけの水がある。
でも、次に向かう場所だけが違った。
今度は部屋の外だ。
好きで見て、好きで語って、好きで作っていたものを、今度は本当に外で浴びに行く。そこにちゃんと予定がついて、同行してくれる相手まで決まった。
少し前なら、部屋の中だけで十分だと思っていた気もする。
でも今は、外につながっていく感じが普通に嬉しい。
スマホの画面をもう一回見る。
朝比奈さんとのやり取りが並んでいる。その会話の先に、試写会の日時がある。
配信の外にある予定なのに、変に遠くはなかった。
部屋から始まった推し活が、ちゃんとここまで来ていた。
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