第18話 推しが、届く
同時視聴のあとも、プラモ配信のあとも、しばらく妙に機嫌がよかった。
別に、毎日鼻歌が出るとかそういう分かりやすいやつじゃない。ただ、机の上に置いた途中まで組んだプラモを見るたびに少し気分がいいし、配信でロボの話をした時のコメントもまだ何となく残っている。好きなものの話をして、それがちゃんと届いた感じがあった。
だからその日も、通知を流し見していた時点では、気分は悪くなかった。
メールを開いて、いつものようにどうでもいい案内や配信関係の連絡をざっと見ていく。その中に、一通だけ少し毛色の違う件名が混ざっていた。
『映画試写ご招待のご案内』
手が止まった。
「……いや、まさか」
声に出したあとでも、最初に出たのは嬉しさじゃなかった。怪しい、の方だ。
こういうのはある。なくはない。ちょっとそれっぽい文面で寄ってくるやつ。あるいはテンプレを雑に投げてるだけのやつ。特に最近は、配信関係の連絡も少し増えてきたから、余計に一回疑う癖がついていた。
件名だけ見て、すぐ開かずに差出人を確認する。
見たことのないアドレス。でも、変な文字列ではない。会社名もそれっぽい。逆に、それっぽすぎる気もする。
「いや、でも、これ……」
結局開いた。
文面はかなりちゃんとしていた。挨拶があって、試写会の案内があって、対象作品の情報があって、どういう経緯で連絡したかも簡単に書いてある。その“経緯”のところで、また手が止まる。
同時視聴配信。プラモデル制作配信。作品への熱量が伝わったため。
そのへんの文が並んでいた。
もう一回、最初から読む。
さらにもう一回読む。
怪しいと言えば怪しい。いや、正確には、怪しいんじゃなくて現実味が薄い。自分の配信にそんな言葉が返ってくるのが、まだ少し変だった。
文面をスクロールして、末尾の会社情報を見る。サイトもある。作品名で検索してみる。告知の時期も合っている。試写会自体も普通に動いているらしい。
完全に本物っぽい。
「……え、ほんとに?」
そこでようやく、少し遅れて実感が来た。
好きで見て、好きで話して、好きでプラモまで作っていたものが、外からちゃんと返ってきた。
招待。
そう書くとまだ大げさに見える。でも、少なくとも向こうはこっちを見つけて、呼んでいる。部屋の中で勝手に盛り上がっていただけのものに、外から返事が来たみたいだった。
胸のあたりが少し熱くなる。
別に、配信者として大きくなったとか、そういう話ではない。たぶん規模もそんなに大きくない。招待だって、向こうからすれば広報の一環なんだろう。
それでも十分だった。
画面の中で見ていたものが、机の上にプラモとして来て、その次は映画館の試写として返ってくる。そういう順番が、妙にきれいだった。
「行きたいな……」
素直にそう思った。
というか、行きたいに決まっている。試写だ。しかも好きな作品だ。行かない理由がない。普通ならそこで終わりだった。
でも、この世界ではたまにそうならない。
そこまで思ったところで、少しだけ熱が落ちた。
案内文の下の方をもう一回見る。会場。時間。注意事項。同行や申請に関する文面。そこを見て、やっぱりそうかと思う。
男性の外出を伴うイベントは、ややこしい。
日常のちょっとした買い物ならともかく、こういう不特定多数が集まる外の場は、ただ一人で行って終わり、とはなりにくい。安全配慮だの、同行だの、申請だの、そのへんの面倒が少しずつ乗る。
配信は部屋の中で完結していたから、そこを忘れかけていた。
映画は違う。
「うわ、面倒くさい……」
嬉しいのに、その直後に面倒が来る。
この感じが少し嫌だった。
別に制度に今さら文句を言っても仕方ない。そういう世界だ。安全配慮が必要とされる理由も、理屈では分かる。分かるんだけど、それと“好きな映画の試写に行きたい”は普通にぶつかる。
行きたい。
でもそのために確認することが増える。手続きが増える。自分一人でぱっと決めて、ぱっと出かける感じではない。
せっかく推しから返ってきたみたいな話なのに、ここで止まるのは少し腹が立つ。
腹が立つというか、疲れる。ああ、この世界こういうとこあるよな、という種類の疲れだ。
椅子に座ったまま、メールを見返す。
日時は動かせない。試写会だから当然だ。行きたいなら、それに合わせてこちらが動くしかない。
案内ページも確認する。必要事項が出てくる。読めば読めるほど、何とかならなくはないが、一人でさっと片づけるには少し面倒、という感じが強くなる。
「いや……行きたいんだけどな」
口に出すと、余計にそうだった。
好きな作品の映画だ。しかも試写。行きたいに決まっている。だからこそ、この一手前で止まる感じがだるい。
しばらく画面を見たまま考える。
一人で処理するか。どこかに確認するか。あるいは諦めるか。
諦める、はすぐ消えた。そこはさすがに嫌だった。せっかく届いたものを、面倒だからやめる、で片づけたくはない。
じゃあ、どうするか。
その時、ふと前の会話を思い出した。
朝比奈さんだ。
配信の時だったか、もっと前のDMだったか、正確には曖昧だ。でも、たしかに一度話していた。外の企画とかイベントでは、男性同行の資格や登録が必要になることがある、と。彼女はそのへんに慣れている感じで、かなりさらっと言っていた。
「……あ」
思い出した瞬間、少しだけ道が見えた気がした。
朝比奈さんなら、そのへんを知っている。しかも、ただ知識として知っているだけじゃなく、実際に動ける側だ。以前のコラボの時も、俺が気づかないような実務をたぶん先回りして処理していたんだろうな、という感じがあった。
頼めるかもしれない。
そこまで考えて、今度は別の意味で少し止まる。
頼む。
その言葉にすると、急に気が重くなる。雑談の相手として連絡するのと、外出の同行まで含めた頼みごとをするのは、さすがに違う。前に一回うまくやれたからといって、何でも気軽に頼っていい相手でもない。
でも、今の自分の周りで、この話が自然に通じる相手がどれだけいるかと考えると、かなり少ない。
というか、たぶん一番先に思い浮かぶのは彼女だった。
配信のことを知っている。作品のことも多少は分かる。制度の話も分かる。男性同行の資格があると、たしか自分で言っていた。
そこまで揃う相手は、そんなにいない。
「……頼んでみるだけ、なら」
自分に言い訳するみたいに呟いて、連絡先を開く。
メッセージ欄が出る。そこでしばらく手が止まる。
どう書くのが一番変じゃないか。急すぎないか。重くないか。映画の話から入るべきか、同行の話を先にするべきか。こういう時だけ、文面が妙に長くなりそうになる。
でも今日は、その画面を閉じたくなかった。
部屋の中で好きだと言っていたものが、外から返ってきた。しかも、それに手が届きそうなところまで来ている。ここで止まりたくはない。
画面の上で、カーソルが点滅している。
配信部屋の机。途中まで組んだプラモ。映画の招待メール。朝比奈さんの名前。
全部が、少しずつつながっている気がした。
部屋の中から始まったはずの配信が、ちゃんと外の世界まで伸びていた。
そこまで来ると、妙に嬉しかった。
俺は一度だけ息を吐いてから、メッセージを打ち始めた。
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