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男女比1:10の世界で配信はじめました  作者: らいじんぐ


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20/25

第17話 推しを、部屋に置く

 同時視聴のあと、思ったより反応が残った。


 いつもなら、配信が終わったら感想はその回の中でだいたい散る。アーカイブのコメントが少しついたり、次の配信で軽く触れられたり、そのくらいだ。


 でも今回は違った。


 次の配信を始める前から、「またあの話してほしい」とか、「機体の話もっと聞きたい」とか、そういうのが少しずつ来ていた。中には、もうプラモ作ればいいじゃん、みたいな雑な意見まで混ざっている。


 雑ではある。でも、それはそれで分かりやすかった。


「まあ、そうなるか……」


 机の前でひとりで言って、箱を見る。


 例のロボのプラモだ。


 買ったのは少し前だった。見て、語って、その熱のまま勢いで押した部分はある。届いた箱を見た時点でだいぶ満足していたのも事実だ。けど今回は、ちゃんと開けるつもりでいた。


 部屋に置きたい、と思ったからだ。


 ただ見て盛り上がるだけじゃなくて、手元に置きたくなる。そういうのは、もう十分ハマっている証拠なんだろう。


 箱を机の上に置く。


 マイクがあって、ライトがあって、配信用の小物があって、その横に今度はプラモの箱がある。少し前までのこの部屋なら、趣味の物は棚の隅にしまう側だった気がする。今はもう少し自然だ。


「今日は、これ作ります」


 タイトルを入れて、そのまま配信をつけた。


【いた】

【きた】

【結局作るんかい】

【早かったな】


「いや、まあ……見ると置きたくなるじゃないですか」


【分かる】

【分かるけど早い】

【前回の熱量ならそうなる】

【今日はプラモ回か】


「そうです。プラモ作業しながら雑談します。たぶん、ずっと見どころがある感じではないです」


【それでいい】

【手元作業回好き】

【こういうの結局落ち着く】

【無言でも成立するやつだ】


 そこは正直かなり助かった。


 同時視聴より気が楽だ。画面の中で何かが起き続けるわけじゃない。こっちが手を動かしているだけでも間は持つし、話が途切れても不自然じゃない。むしろ少し黙ってパーツを見ている時間まで、それっぽくなる。


 箱を開けて、中身を出す。


 ランナーが何枚か入っていて、説明書があって、小袋に分かれた細かいパーツがある。こういうのを机に並べるだけで、少し気分が変わる。こうして見ると、これからちゃんと作るんだなという感じがした。


「こうやって並べると、もうちょっとテンション上がりますね」


【分かる】

【箱開けた時が一番気持ちいい説ある】

【いや完成だろ】

【でも開封は別の良さある】


「完成は完成でいいですけど、開けた瞬間の“始まる感じ”もありますよね」


 ニッパーを手に取って、最初のパーツを切る。


 最初のうちは、本当に軽い雑談だった。前回の同時視聴の話を少しして、知ってる人がどのへん好きだったかを聞いて、見てない人が入りやすいくらいの話で止める。そのくらいの温度で始めたつもりだった。


 つもりだったんだけど、パーツを見ているうちに少しずつだめになってきた。


「あ、ここちゃんと分かれてるんだ」


【急にテンション上がった】

【また始まった】

【そういうの分かる人なんだ】

【今ので何が分かったんだ】


「いや、ここ雑に一色で済ませそうなのに、ちゃんと分かれてるのいいなって。立たせた時そこ結構効くんですよ」


【早い早い】

【急に説明が具体的】

【好きなとこ触るとすぐ出るな】

【やっぱちゃんと好きなんだな】


 否定はできなかった。


 パーツ単位になると、見ている時とは別の熱が出る。機体全体の印象だけじゃなくて、肩の張り方とか、脚の線とか、腰のあたりのまとまり方とか、そういうのが急に気になってくる。


「この機体、全体で見るとちゃんと派手なんですけど、細かく見ると意外と線きれいなんですよね。だから立たせた時にうるさくなりすぎないというか」


【分かったような分からんような】

【でも本人が好きなのは分かる】

【説明に熱がある】

【今日はずっと楽しそうだな】


「楽しいですね。思ったより」


 言いながらまた一つパーツを切る。


 手元作業って、もう少し単調かと思っていた。けど実際は逆だった。手を動かしていると、喋る方の力みが抜ける。だからむしろ、出る時はそのまま出る。


 コメント欄も前回と似ていた。


 詳しすぎる人ばかりではない。でも、こっちが好きで見ていることはちゃんと伝わっていて、その熱を少し離れたところから面白がっている感じがある。生活回の落ち着きと、趣味回の熱の両方が混ざっていた。


「このへん、完成するとたぶんかなり良いですね」


【もう完成した気でいる】

【まだ腕では】

【でも分かる】

【箱の時点で勝ってるやつあるしな】


「あるんですよ。完成する前から勝ってるやつ」


 そこで少し笑う。


 好きなものの話になると、自分でも妙な言い方が増える。けど、今日はそれで空気が壊れない。むしろその雑な熱の出方ごと見てもらえている感じがあった。


 作りながら、ふと前のことを思い出す。


 前の人生でも、こういうのを買ったことはあった。


 欲しくて買う。届いた時は嬉しい。箱を見て満足する。時間がある時にやろうと思う。そうして机の横や棚の上に置いたまま、気づけば別の週末になって、また次の箱が増える。


 積むつもりで買っているわけじゃない。


 でも、結果としてそうなることが多かった。


「前は、買って満足して終わるの結構あったんですよね」


【あー】

【積みか】

【積みプラの気配】

【みんな知ってるやつ】


「いや、ほんとに。開ける気はあるんですよ。あるんですけど、帰ったらもうそこまで行けない日が普通に多くて」


 ニッパーを置いて、切ったパーツを指先で揃える。


 この小さい作業ひとつでも、気力はいる。元気な時なら何でもないけど、疲れているとそれすら面倒になる。箱を眺めて終わるくらいがちょうどいい日もある。


 前は、そういう日の方が多かった。


「だから、今こうやってちゃんと開けて、ちゃんと作れてるの、わりといいですね」


【分かる】

【それはでかい】

【箱のまま終わらんの偉い】

【好きなものに時間使えてる感じある】


 そのコメントを見て、少しだけ手が止まる。


 好きなものに時間を使えている。


 たぶん、それが一番近かった。


 完成品そのものも嬉しい。でも、それだけじゃない。見たいものを見て、作りたいものを作って、そのためにちゃんと時間を使えること。前はそこが一番足りなかった。


 今はそれができる。


 それだけで、暮らしの見え方が少し変わる。


「……それですね。たぶん」


【何が】

【今刺さったやつ】

【ちょっと分かった顔してる】


「いや、完成したら嬉しいのはもちろんあるんですけど、そこまでの時間をちゃんと使えてるのが、思ったよりいいなって」


【あー】

【分かる】

【それは豊か】

【急に良いこと言う】


「急にって言い方やめてください」


 笑いながら返して、また手を動かす。


 パーツが増える。形が少しずつ見えてくる。最初はただの部品だったものが、途中から明らかにその機体の顔や腕や脚になっていく。その変化は、見ていて普通に楽しい。


 しかも今日は、それを一人で見ているわけじゃない。


「やっぱこのシルエットいいな……」


【また早口】

【声がちょっと上がった】

【その瞬間だけ分かりやすい】

【部屋に置きたくなるの分かる】


「置きたくなりますね。実際もう置く気で作ってますし」


【棚のどこに置くんだ】

【机の横だろ】

【生活用品の横に推し増えるのいいな】


 そのコメントで、思わず部屋の方を見る。


 棚。机。配信機材。生活用品。前よりだいぶ、ここには物が増えた。その中に今度は、ちゃんと好きで、ちゃんと自分で作ったものが増える。


 それは、思っていたより意味があった。


 配信のための物だけじゃない。暮らしを回すための物だけでもない。自分がただ好きで置きたいと思うものが、この部屋に入ってくる。そうなると、部屋の感じがまた少し変わる。


 借り物だった生活の中に、また一つ、自分の理由で増える物ができる。


 終盤、だいぶ形が見えてきたところで、コメント欄の熱も少し変わっていた。


 生活回とも違う。企画回とも違う。前の同時視聴に近いけど、見るだけじゃないぶんもう少し静かに熱い感じがある。手元を見ながら、同じものが形になっていくのを一緒に待っている空気だ。


【だいぶ来たな】

【ここまで組むと一気に良い】

【急に推しの顔してる】

【部屋に置いたらかなり満足感ありそう】


「満足感はありそうですね。いや、たぶん普通にかなりあると思います」


 そこはもう隠しようがなかった。


 今日は最初からずっと、思ったより楽しかった。作業配信だからもう少し落ち着くかと思っていたのに、パーツが進むたびにちゃんと嬉しい。前世では箱のまま置いて終わっていたかもしれないものを、今はちゃんと開けて、手を動かして、完成を楽しみにしている。


 それだけで、少し笑えてしまう。


「……これ、いいですね」


【語彙が死んだ】

【でも分かる】

【最後そこに戻るの強い】

【良い時は良いしか出ない】


「いや、本当にそうなんですよ。良い時、良いしか出ないんですよ」


 配信を切る前、組み上がった分を少し離して見る。


 まだ完全に終わっていなくても、もう十分その機体だった。箱の中に入っていたものが、今はちゃんと形になって机の上にいる。


 それを見ると、少しだけ気持ちが静かになる。


 部屋の中に、推しが一つ増える。


 言葉にすると、それだけだ。


 でも、その“それだけ”がかなり嬉しい。


 好きなものに時間を使えること。見て終わりじゃなくて、ちゃんと手を動かして楽しめること。そうやって増えた物が、自分の部屋に普通に置かれていくこと。


 それが、この暮らしを少しずつ本物にしていく気がした。


「今日はこのへんにします。付き合ってもらってありがとうございました」


【よかった】

【かなり良い回だった】

【完成したらまた見せてほしい】

【部屋に置いたとこ見たい】


「それは、まあ……たぶん普通に置くので、またそのうち映ると思います」


【それでいい】

【そういうのでいいんだよ】

【推しを部屋に置け】


「置きます」


 素直にそう返して、配信を切った。


 静かになったあとも、机の上のそれを少し見ていた。


 たった一つ増えただけだ。


 でも、その一つが妙にいい。


 好きなものを、ちゃんと好きな形で部屋に置ける生活は、思っていたよりずっと嬉しかった。

たくさんの評価、ブックマーク本当にありがとうございます。


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