第17話 推しを、部屋に置く
同時視聴のあと、思ったより反応が残った。
いつもなら、配信が終わったら感想はその回の中でだいたい散る。アーカイブのコメントが少しついたり、次の配信で軽く触れられたり、そのくらいだ。
でも今回は違った。
次の配信を始める前から、「またあの話してほしい」とか、「機体の話もっと聞きたい」とか、そういうのが少しずつ来ていた。中には、もうプラモ作ればいいじゃん、みたいな雑な意見まで混ざっている。
雑ではある。でも、それはそれで分かりやすかった。
「まあ、そうなるか……」
机の前でひとりで言って、箱を見る。
例のロボのプラモだ。
買ったのは少し前だった。見て、語って、その熱のまま勢いで押した部分はある。届いた箱を見た時点でだいぶ満足していたのも事実だ。けど今回は、ちゃんと開けるつもりでいた。
部屋に置きたい、と思ったからだ。
ただ見て盛り上がるだけじゃなくて、手元に置きたくなる。そういうのは、もう十分ハマっている証拠なんだろう。
箱を机の上に置く。
マイクがあって、ライトがあって、配信用の小物があって、その横に今度はプラモの箱がある。少し前までのこの部屋なら、趣味の物は棚の隅にしまう側だった気がする。今はもう少し自然だ。
「今日は、これ作ります」
タイトルを入れて、そのまま配信をつけた。
【いた】
【きた】
【結局作るんかい】
【早かったな】
「いや、まあ……見ると置きたくなるじゃないですか」
【分かる】
【分かるけど早い】
【前回の熱量ならそうなる】
【今日はプラモ回か】
「そうです。プラモ作業しながら雑談します。たぶん、ずっと見どころがある感じではないです」
【それでいい】
【手元作業回好き】
【こういうの結局落ち着く】
【無言でも成立するやつだ】
そこは正直かなり助かった。
同時視聴より気が楽だ。画面の中で何かが起き続けるわけじゃない。こっちが手を動かしているだけでも間は持つし、話が途切れても不自然じゃない。むしろ少し黙ってパーツを見ている時間まで、それっぽくなる。
箱を開けて、中身を出す。
ランナーが何枚か入っていて、説明書があって、小袋に分かれた細かいパーツがある。こういうのを机に並べるだけで、少し気分が変わる。こうして見ると、これからちゃんと作るんだなという感じがした。
「こうやって並べると、もうちょっとテンション上がりますね」
【分かる】
【箱開けた時が一番気持ちいい説ある】
【いや完成だろ】
【でも開封は別の良さある】
「完成は完成でいいですけど、開けた瞬間の“始まる感じ”もありますよね」
ニッパーを手に取って、最初のパーツを切る。
最初のうちは、本当に軽い雑談だった。前回の同時視聴の話を少しして、知ってる人がどのへん好きだったかを聞いて、見てない人が入りやすいくらいの話で止める。そのくらいの温度で始めたつもりだった。
つもりだったんだけど、パーツを見ているうちに少しずつだめになってきた。
「あ、ここちゃんと分かれてるんだ」
【急にテンション上がった】
【また始まった】
【そういうの分かる人なんだ】
【今ので何が分かったんだ】
「いや、ここ雑に一色で済ませそうなのに、ちゃんと分かれてるのいいなって。立たせた時そこ結構効くんですよ」
【早い早い】
【急に説明が具体的】
【好きなとこ触るとすぐ出るな】
【やっぱちゃんと好きなんだな】
否定はできなかった。
パーツ単位になると、見ている時とは別の熱が出る。機体全体の印象だけじゃなくて、肩の張り方とか、脚の線とか、腰のあたりのまとまり方とか、そういうのが急に気になってくる。
「この機体、全体で見るとちゃんと派手なんですけど、細かく見ると意外と線きれいなんですよね。だから立たせた時にうるさくなりすぎないというか」
【分かったような分からんような】
【でも本人が好きなのは分かる】
【説明に熱がある】
【今日はずっと楽しそうだな】
「楽しいですね。思ったより」
言いながらまた一つパーツを切る。
手元作業って、もう少し単調かと思っていた。けど実際は逆だった。手を動かしていると、喋る方の力みが抜ける。だからむしろ、出る時はそのまま出る。
コメント欄も前回と似ていた。
詳しすぎる人ばかりではない。でも、こっちが好きで見ていることはちゃんと伝わっていて、その熱を少し離れたところから面白がっている感じがある。生活回の落ち着きと、趣味回の熱の両方が混ざっていた。
「このへん、完成するとたぶんかなり良いですね」
【もう完成した気でいる】
【まだ腕では】
【でも分かる】
【箱の時点で勝ってるやつあるしな】
「あるんですよ。完成する前から勝ってるやつ」
そこで少し笑う。
好きなものの話になると、自分でも妙な言い方が増える。けど、今日はそれで空気が壊れない。むしろその雑な熱の出方ごと見てもらえている感じがあった。
作りながら、ふと前のことを思い出す。
前の人生でも、こういうのを買ったことはあった。
欲しくて買う。届いた時は嬉しい。箱を見て満足する。時間がある時にやろうと思う。そうして机の横や棚の上に置いたまま、気づけば別の週末になって、また次の箱が増える。
積むつもりで買っているわけじゃない。
でも、結果としてそうなることが多かった。
「前は、買って満足して終わるの結構あったんですよね」
【あー】
【積みか】
【積みプラの気配】
【みんな知ってるやつ】
「いや、ほんとに。開ける気はあるんですよ。あるんですけど、帰ったらもうそこまで行けない日が普通に多くて」
ニッパーを置いて、切ったパーツを指先で揃える。
この小さい作業ひとつでも、気力はいる。元気な時なら何でもないけど、疲れているとそれすら面倒になる。箱を眺めて終わるくらいがちょうどいい日もある。
前は、そういう日の方が多かった。
「だから、今こうやってちゃんと開けて、ちゃんと作れてるの、わりといいですね」
【分かる】
【それはでかい】
【箱のまま終わらんの偉い】
【好きなものに時間使えてる感じある】
そのコメントを見て、少しだけ手が止まる。
好きなものに時間を使えている。
たぶん、それが一番近かった。
完成品そのものも嬉しい。でも、それだけじゃない。見たいものを見て、作りたいものを作って、そのためにちゃんと時間を使えること。前はそこが一番足りなかった。
今はそれができる。
それだけで、暮らしの見え方が少し変わる。
「……それですね。たぶん」
【何が】
【今刺さったやつ】
【ちょっと分かった顔してる】
「いや、完成したら嬉しいのはもちろんあるんですけど、そこまでの時間をちゃんと使えてるのが、思ったよりいいなって」
【あー】
【分かる】
【それは豊か】
【急に良いこと言う】
「急にって言い方やめてください」
笑いながら返して、また手を動かす。
パーツが増える。形が少しずつ見えてくる。最初はただの部品だったものが、途中から明らかにその機体の顔や腕や脚になっていく。その変化は、見ていて普通に楽しい。
しかも今日は、それを一人で見ているわけじゃない。
「やっぱこのシルエットいいな……」
【また早口】
【声がちょっと上がった】
【その瞬間だけ分かりやすい】
【部屋に置きたくなるの分かる】
「置きたくなりますね。実際もう置く気で作ってますし」
【棚のどこに置くんだ】
【机の横だろ】
【生活用品の横に推し増えるのいいな】
そのコメントで、思わず部屋の方を見る。
棚。机。配信機材。生活用品。前よりだいぶ、ここには物が増えた。その中に今度は、ちゃんと好きで、ちゃんと自分で作ったものが増える。
それは、思っていたより意味があった。
配信のための物だけじゃない。暮らしを回すための物だけでもない。自分がただ好きで置きたいと思うものが、この部屋に入ってくる。そうなると、部屋の感じがまた少し変わる。
借り物だった生活の中に、また一つ、自分の理由で増える物ができる。
終盤、だいぶ形が見えてきたところで、コメント欄の熱も少し変わっていた。
生活回とも違う。企画回とも違う。前の同時視聴に近いけど、見るだけじゃないぶんもう少し静かに熱い感じがある。手元を見ながら、同じものが形になっていくのを一緒に待っている空気だ。
【だいぶ来たな】
【ここまで組むと一気に良い】
【急に推しの顔してる】
【部屋に置いたらかなり満足感ありそう】
「満足感はありそうですね。いや、たぶん普通にかなりあると思います」
そこはもう隠しようがなかった。
今日は最初からずっと、思ったより楽しかった。作業配信だからもう少し落ち着くかと思っていたのに、パーツが進むたびにちゃんと嬉しい。前世では箱のまま置いて終わっていたかもしれないものを、今はちゃんと開けて、手を動かして、完成を楽しみにしている。
それだけで、少し笑えてしまう。
「……これ、いいですね」
【語彙が死んだ】
【でも分かる】
【最後そこに戻るの強い】
【良い時は良いしか出ない】
「いや、本当にそうなんですよ。良い時、良いしか出ないんですよ」
配信を切る前、組み上がった分を少し離して見る。
まだ完全に終わっていなくても、もう十分その機体だった。箱の中に入っていたものが、今はちゃんと形になって机の上にいる。
それを見ると、少しだけ気持ちが静かになる。
部屋の中に、推しが一つ増える。
言葉にすると、それだけだ。
でも、その“それだけ”がかなり嬉しい。
好きなものに時間を使えること。見て終わりじゃなくて、ちゃんと手を動かして楽しめること。そうやって増えた物が、自分の部屋に普通に置かれていくこと。
それが、この暮らしを少しずつ本物にしていく気がした。
「今日はこのへんにします。付き合ってもらってありがとうございました」
【よかった】
【かなり良い回だった】
【完成したらまた見せてほしい】
【部屋に置いたとこ見たい】
「それは、まあ……たぶん普通に置くので、またそのうち映ると思います」
【それでいい】
【そういうのでいいんだよ】
【推しを部屋に置け】
「置きます」
素直にそう返して、配信を切った。
静かになったあとも、机の上のそれを少し見ていた。
たった一つ増えただけだ。
でも、その一つが妙にいい。
好きなものを、ちゃんと好きな形で部屋に置ける生活は、思っていたよりずっと嬉しかった。
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