第16話 推しは、早口にさせる
生活の話ばかりでも、別に困っていたわけじゃない。
飯の話はしやすい。機材で詰まるのも、まあ俺らしい。寝坊して部屋着のまま始めた日まで普通に配信になっていたんだから、今のこの感じはたぶん悪くないんだと思う。
思うんだけど、最近少しだけ考える。
もうちょっと、自分の趣味を出してもいいんじゃないか。
配信者っぽく言うと、出し方を広げる、みたいなことになるのかもしれない。でもそんな立派な感じではなくて、もう少し単純だ。生活の話だけで残ってもらえているなら、その中に好きなものの話を混ぜてもいい気がした。
ただ、少し怖くもある。
生活の話はごまかしがきく。というか、実際に暮らしているだけだから無理がない。好きなものの話はそうじゃない。熱が出るし、語りすぎるし、引かれる時はあっさり引かれる。
特にロボアニメの話は危ない。
自分でも分かっている。好きな機体が出た瞬間とか、戦闘の入りが綺麗な回とか、そのへんになると急に口数が増える。たぶん、客観的に見ると少しうるさい。
といっても、それは前の人生からその作品を知っていたわけじゃない。
この世界に来てから見つけたやつだ。
最初は、何となくだった。この世界でもロボものあるんだな、くらいの気持ちで見始めただけだった。前の人生でもロボもの自体は嫌いじゃなかったから、入り口としてはそこまで遠くなかった。
そのはずだったのに、気づけば普通にハマっていた。
機体の見せ方とか、戦闘の入りとか、変に熱のある回の引きとか、そういうのにきっちりやられた。知らない世界に来ても、好きになる時の感覚って案外変わらないらしい。
「……まあ、一回くらいならいいか」
机の前でそう言って、配信の準備をする。
大げさな企画にするつもりはない。ただ、同時視聴をやってみるだけだ。軽い雑談の延長。そんなつもりでタイトルを入れる。
『今日はちょっとロボアニメ見る』
かなり雑だなと思ったけど、まあ事実ではある。
配信をつけると、いつものようにコメントが入り始めた。
【いた】
【今日は何見るんだ】
【ロボアニメ?】
【急に趣味出してきたな】
「急にっていうか、前から好きではあったんですけど。今日はちょっと見ようかなって」
【珍しい】
【同時視聴か】
【見たことない勢です】
【知ってるけどうろ覚え】
「たぶん、そのくらいがちょうどいいです。詳しすぎる回にするつもりはないので。軽く一緒に見る感じで」
そう言いながら、自分でも少し身構えているのが分かった。
最初から熱くなると引かれる。いや、別に引かれると決まっているわけじゃないんだけど、そういう警戒はある。だから入りはできるだけいつもどおりにしたかった。
視聴前の空気も、だいたいそのくらいだった。
知ってる人、知らない人、名前だけ聞いたことある人。コメント欄の温度もばらけていて、まだ特に濃くはない。雑談の流れで「こういう作品って何が面白いんですか」みたいな話になって、俺も「いや、そこ説明し始めると面倒なんですけど」と笑って返す。
それくらいの感じなら、たぶん大丈夫だ。
再生を始める。
最初のうちは、本当に軽かった。流しながら少しコメントして、コメント欄の反応を拾って、たまに説明しすぎそうになったら自分で止める。想定していた通りの、ちょっと趣味寄りの雑談配信だ。
「このへんの入り、いいですよね。あんまり急がないというか、ちゃんと間を取る感じで」
【へえ】
【雰囲気は分かる】
【思ったより落ち着いて見てる】
【もっと語るかと思った】
「いや、まだ始まったばっかりなんで」
その返しをしたあとで、自分で少し嫌な予感がした。
まだ、って何だ。
でも、その意味はすぐ分かった。
問題の場面が来たからだ。
機体の初登場。
「あ、ここです」
反射みたいに声が出た。
コメントを拾うより先に画面を見てしまう。登場のさせ方がずるい。間の取り方も、見せ方も、音の入り方も全部いい。何回見ても、じゃない。見るたびにちゃんと持っていかれる。
「いや、ここ本当にいいんですよ。出し方が。急に出るんじゃなくて、ちょっとずつ溜めてから来るんで」
【急に早い】
【声変わったな】
【思ったよりちゃんと好きなんだな】
【まだ始まったばっかじゃなかったのか】
「いや、好きですよ。そりゃ」
言いながら、たぶん少し前のめりになっている。
自覚はあった。でも止まらない。好きな場面ってそういうものだ。自分の中ではもう一回見たいところとして残っていたから、来た瞬間に反応してしまう。
「この機体、見た目だけでも強いんですけど、ちゃんと動いた時さらにいいんですよね。最初に一回、ちょっと重そうに見せてから、そこから急に軽くなる感じがすごく良くて」
【早口で草】
【急にオタク出てきた】
【生活感の男がちゃんとオタクだった】
【好きな時だけ説明が細かい】
「そこは……まあ、そうですね」
否定しきれなかった。
コメント欄がちょっと笑っているのも分かる。でも、嫌な感じではなかった。引かれているというより、面白がられている。普段より熱の出ている俺を、そのまま見ている感じがある。
戦闘に入ると、さらにだめだった。
細かいところまで触れたくなる。動きの切り替わりとか、一瞬の間とか、ここで視点が変わるのがいいとか、そういうのをいちいち言いたくなる。しかもその時だけ、返しが妙に早い。
「いや、ここ切るんだ」
「この一手前をちゃんと入れるのが偉いんですよ」
「分かりやすく強いのに、ただ強いだけじゃないんですよね」
【今日ずっとこの感じでいてくれ】
【無理だろ】
【普段より口数多い】
【好きなものの前だと分かりやすいな】
「そんなに分かりやすいですか」
【かなり】
【説明が止まらん】
【好きなとこ来た時だけ分かりやすい】
【でも嫌じゃない】
嫌じゃない、と流れた時に少しだけ救われた。
正直、そこが一番気になっていた。好きなものの話って、本人は楽しいけど、聞いている側はそうでもないことがある。特にロボアニメみたいな、最初から少し壁があるものはなおさらだ。
でも今日は、思っていたより空気が軽い。
濃い知識で固めているわけじゃなくて、単純に「この人ここ好きなんだな」で見られている感じがある。それなら、かなり助かる。
いや、助かるというより、嬉しい。
視聴が少し落ち着いたところで、水を飲む。
画面の向こうではまだ本編が続いている。コメント欄にも知ってる勢とうろ覚え勢が混ざっていて、「そこは分かる」「初見だけど今のはいいな」みたいな反応が流れていく。
その流れを見ながら、ふと考える。
前の人生では、好きでも追い切れなかったものが結構あった。
見たいものはある。気になる作品もある。でも仕事があって、疲れがあって、帰ったらもう頭が動かない日も多かった。後で見よう、時間がある時に追おう、そうやって置いたままになったものが、たぶんいくつもある。
今は違う。
時間がある。少なくとも、好きなものを見る時間をちゃんと取れるくらいにはある。しかもその時間で、この世界に来てから知った作品に、こんなふうにちゃんとハマれている。
知らない世界に来ても、自分が何に熱くなるかまではなくならないらしい。
そのことが、少しだけ嬉しかった。
「……いや、普通にいいですね」
【急にしみじみ】
【どうした】
【分かるけど】
【今日だいぶ楽しそうだな】
「楽しんでますね。思ったよりちゃんと」
本当にそうだった。
同時視聴って、もっと説明寄りになるかと思っていた。あるいは、自分だけ盛り上がって終わるかもしれないとも思っていた。でも実際にやってみると、ちょうどいいところでコメントが入るし、知らない人もそれなりに乗ってくるし、自分の熱がそのまま浮かない。
たぶん、今の配信の空気がもう少し広くなってきたんだろう。
生活の話をしてもいい。企画をやってもいい。その上で、趣味の話まで少し混ぜられるなら、前よりだいぶ自由だ。
「前は、好きでも追い切れないやつ結構あったんですよね」
ぽつっと出た言葉に、自分で少し驚いた。
別にしんみりしたいわけじゃなかった。でも、今この場で言うならそのくらいが自然だった。
「見たかったのに見てないとか、途中で止まってるとか、そういうの普通にあって。好きなはずなのに、後回しのまま終わるやつ」
【あー】
【ある】
【刺さる】
【それは分かる】
「だから、今ちゃんと見られて、しかもこうやって一緒に盛り上がれるの、思ったよりだいぶいいなって」
言ってから、少しだけ照れくさくなる。
でも本音だった。
好きなものを好きだと言うのって、もう少し気楽なことだと思っていた。けど実際は、余裕がないと意外とできない。時間も気力もいるし、誰かと共有するならなおさらだ。
それが今はできている。
しかも、この世界で見つけた作品で、ちゃんとそうなれている。
【今日の回かなりいいな】
【こういうの普通にいいな】
【普段より熱あるけど、それがいい】
【またこういうのやってほしい】
「また、は……まあ、考えます」
【逃げた】
【でもやる顔してる】
【推しの前では早口になる男】
「それは、まあ、なるでしょうね」
もうそこは否定しないことにした。
好きな場面でちょっと前のめりになるのも、説明が長くなるのも、たぶん今さら治らない。治すものでもない気もする。少なくとも今日は、それで変に空気が壊れた感じはなかった。
むしろ、少しだけ自分の配信になった感じがある。
生活感はたぶん、これからも残る。企画もまたやると思う。でも、その中にちゃんと自分の好きなものを入れられるなら、それはかなりいい。
最後にもう一度、画面を見る。
好きな作品が流れていて、コメント欄が動いていて、自分はそこに向かって普通に喋っている。前なら時間がなくて流していたかもしれないものが、今はちゃんと自分の時間の中にある。
「好きなものを好きって言えるの、思ってたよりいいですね」
【それはそう】
【いい回だった】
【今日かなり好き】
【ちゃんと嬉しそうでよかった】
「……そうですね。嬉しかったです」
そこは素直に言えた。
配信を切ったあとも、少しだけ余韻が残った。
熱くなりすぎた気もする。早口だったし、たぶん説明も長かった。でも、変に恥ずかしい感じはなかった。好きなものの話をして、ちゃんとそれを受け取ってもらえた。その感覚の方が強い。
机の前で、少しだけ息を吐く。
推しの話をすると早口になる。たぶん、今後もなる。
でもそれを隠さなくていいなら、悪くない。
この世界でも、ちゃんと好きになれるものがあって、それを好きだと言える。
それは、思っていたよりずっと嬉しかった。
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