第13話 貴女が選んだゲーム、朝まで逃げずにやります
案件のあとから、少しだけ考えることが増えた。
何を受けるか。どこまで話すか。どう続けるか。そういうのを前よりちゃんと考えるようになったのは、たぶん悪いことじゃない。実際、前より配信に対して雑ではなくなったと思う。
ただ、そのぶん少し守りに入っている感じもあった。
変に崩したくない。空気を悪くしたくない。自分の配信の感じを失いたくない。そう思うのは自然なんだけど、そればっかりになると、少しずつ先細る気もする。
守るだけだと、配信はあまり育たないのかもしれない。
そう思って、机の前で腕を組んだ。
配信部屋、と呼ぶにはまだ少し生活感が強い机だ。マイクがあって、ライトがあって、コードが見えて、棚には趣味の物が少し出ている。前より物は増えた。でも、増えた物のぶんだけ、こっちも何か足さないといけない気がした。
「企画、か……」
口に出すと、それだけで少し大げさに聞こえる。
企画。そんなに気合いの入ったことをしたいわけじゃない。大人数コラボとか、派手なチャレンジとか、そういうのは今の自分には向いていない。そもそも一人で回すには重いし、準備だけで疲れそうだ。
もう少し、自分の手の届く範囲がいい。
雑談の延長でできること。けど雑談だけで終わらないこと。今の視聴者の空気にも合っていて、少しだけ新しいこと。
いくつか考えた。
好きな食い物を募集して当てるとか、夜食選手権みたいなこととか、生活で楽になる物を聞くとか、映画の話だけで二時間持つか試すとか。思いつきはする。でも、どれも少し弱い。悪くはないけど、やる前から「いつもの延長ですね」で終わりそうだった。
「弱いな……」
誰もいない部屋で言って、メモを消す。
自分一人でやるものって、どうしても今までの配信の伸ばし方になる。だったら少しだけ、視聴者側にも手をかけてもらった方がいいのかもしれない。
そこで、ふとゲームが浮かんだ。
ゲーム配信自体は珍しくない。今さらそれだけで企画にはならない。ただ、視聴者におすすめを募る形なら少し違うかもしれない。俺がやったことのないやつ、あるいは知ってるけど避けてきたやつ。そういうのを投げてもらって、その中からやる。
そこまでは、まあ普通だ。
問題は、その先だった。
ただ募集するだけだと、結局「おすすめ教えて」で終わる。ゲームを選んだ側も、投げたあとは知らない顔でいられる。それだと少し惜しい。
じゃあ、選んだやつにも責任を持たせたらどうだろう。
そこで手が止まった。
「いや、責任って何だよ……」
自分で言って、ちょっと笑う。
でも、その方向は悪くなかった。
お前が選んだなら、お前も最後まで付き合え。こっちが朝まで逃げないなら、お前も途中で寝るな。そういう、少しだけ意地の悪いルールを足したら、ただのおすすめ募集じゃなくなる気がした。
机の上のメモに書く。
俺にやらせたいゲーム募集
一本だけ選ぶ
選んだ人は最後まで見届ける
途中離脱なし
俺も逃げない
両方完走で名前を残す
「名前を残す……」
そこでまた少し止まる。
賞品を出すほどでもない。何かを送るのも違う。かといって、何もなしだと少し弱い。
名前を残す、くらいがちょうどいいかもしれなかった。大げさではない。でも当人には、少しだけ嬉しい。コメント欄にも残りやすい。
殿堂入り。
その言葉を思いついた時、少しだけ企画っぽくなった。
「見届け役が最後まで残ったら、殿堂入り……」
声に出してみる。
ちょっとふざけている。でも、そのくらいがいい気もする。重すぎないのに、妙に責任はある。選ぶだけ選んで先に寝るのは許さない、みたいな雑な圧も出る。
たぶん、今の俺の配信にはそのくらいが合っている。
思いついてしまうと、あとは早かった。
どうせなら募集は配信でやった方がいい。その場で反応を見たいし、コメント欄が面白がるかも確かめたい。文字だけで告知するより、口で説明した方がこの企画の変な感じも伝わる気がした。
夜、いつもの時間に配信をつける。
始める前に少しだけ息を吐いた。別に案件みたいな緊張ではない。でも今日は、自分から何かを出す側だ。そこは少し違う。
配信が始まる。
【いた】
【こんばんは】
【今日は何するんだ】
【雑談?】
「こんばんは。今日は、ちょっとだけ相談というか、募集というか、そういう話があります」
【嫌な予感】
【どうした】
【機材また壊れた?】
【その入りは何かある】
「壊れてないです。今日はもう少し前向きなやつです」
【前向きならいい】
【今日は何かある日か】
【その言い方だと不安】
そのへんの反応を見ていると、ちょっと安心する。
いつもの空気だ。この感じなら、多少変なことを言っても受け止めてはもらえそうだった。
「企画ってほど大げさじゃないんですけど、ちょっと考えてたことがあって」
【企画】
【企画と言ったか今】
【湊人が企画】
【急に配信者みたいなことを】
「急に配信者みたいって何ですか。いや、配信はしてるんですけど」
【してるけど企画は珍しい】
【雑談と飯と案件の男】
【一歩進んだな】
「進んだかどうかは分かんないですけど。まあ、最近ちょっと考えてたんですよ。守るだけだと、配信ってあんまり増えないのかなって」
言ったあと、自分で少し気恥ずかしくなる。
こんなこと、前の自分ならもう少しぼかしていた気がする。でも今日は言ってしまった方が早かった。
「だから、初めてちゃんと企画らしいことをやってみようかなと思ってます」
【おお】
【聞こうじゃないか】
【珍しく前のめり】
【で、何やるんだ】
「ゲームです」
【まあそうなるか】
【自然】
【普通に強い】
【何のゲーム】
「そこを募集します。俺にやらせたいゲームを募集します。一本だけ選んで、それを朝まで逃げずにやります」
コメント欄が少し速くなった。
【朝まで】
【急に重い】
【耐久かよ】
【雑談のノリで言うことじゃない】
「いや、耐久って言うほど大げさではないです。ただ、逃げずにやるっていうだけで」
【それを耐久と言う】
【言い方だけやわらかい】
【で、一本だけ?】
「一本だけです。で、ここからがちょっとルールあるんですけど」
そう言った時点で、コメント欄が妙にざわついた。
【嫌な予感】
【まだあるのか】
【ここから本番】
【絶対ろくでもない】
「選ばれた人は、最後まで見届け役です」
一拍置いて、少し笑いがこみ上げた。
まだ誰も何も言っていないのに、先に変な空気になるのが分かったからだ。
「俺が朝まで逃げずに実況するなら、そのゲームを選んだ本人も最後までコメント参加が必須です。途中で寝たら駄目です」
【責任重大すぎる】
【重くて草】
【選んだやつ先に寝るな】
【巻き込まれ方が強い】
【見るだけのつもりでいたら終わった】
「そうです。そこ込みの募集です」
【無茶だろ】
【でもおもろい】
【見る側にも覚悟要求してくるのか】
【視聴者参加型耐久やん】
思ったより食いつきが早かった。
もっと「何それ」で終わるかと思っていたのに、コメント欄はその場で勝手に面白がり始めている。こうなると少しだけ嬉しい。企画の説明をしているだけなのに、空気の回り方がいつもと違った。
「いや、だって、選ぶだけ選んで先に寝るのずるいじゃないですか」
【それはそう】
【正論】
【選んだ責任を負え】
【見届け役、思ったより重いな】
「名前もちょっと考えました。見届け役です」
【命名がちょうどいい】
【微妙に重い】
【聞いた時点で責任ある】
【すでにやりたくなってきた】
「しかも最後まで、俺も逃げず、見届け役も逃げずに完走したら」
そこで少し間を置く。
こういう時の間の取り方は、前より少し分かってきた気がする。もったいぶるほどではない。でも、一拍くらいは置いた方がコメントが勝手に乗ってくる。
【まだある】
【なんだ】
【賞金?】
【金は出すなよ】
「名前を殿堂入りにします」
一瞬だけ、コメント欄が静かになった。
そのあとで、一気に流れた。
【殿堂入り】
【バカっぽくて好き】
【ちょうどいい名誉】
【報酬それかよ】
【でも普通に嬉しいやつ】
【一人目になりたい】
その勢いに、こっちが少し押される。
「いや、そこまで大したものじゃないですけど。たぶん今後も残します。最初の人は、一人目です」
【殿堂入り一人目、欲しいな】
【地味に重みある】
【これ文化になるやつでは?】
【最古参称号じゃん】
文化。
その言葉を見て、少しだけ目が止まる。
そこまで大きなことは考えていなかった。でも、たしかに、名前を残すだけで少し空気は変わるのかもしれない。ゲームをクリアするだけじゃなく、見届けた人の名前も残る。そうなると、次からは「前回の一人目」が基準になる。
それは、ちょっといい。
【待ってこれ選ぶゲームも責任あるな】
【クソ重ゲー渡したい】
【でも本人が最後まで見ないといけないんだよな】
【自分で自分の首絞めるやつ】
「そうです。だから軽い気持ちで地獄を投げると、自分も朝まで地獄です」
【ひでえ】
【いいルールだな】
【選ぶ側も試される】
【湊人の性格出てる】
「性格っていうか、まあ……巻き込むなら対等の方がいいかなって」
本音だった。
視聴者参加型って、たいていは見る側の方が気楽だ。もちろんそれが悪いわけじゃない。でも今回は、それだけだとちょっと惜しい。見るだけじゃなく、その場にいる理由が一つ増える方が、俺の配信には合っている気がした。
コメント欄は、もう募集の説明そのものより、そのルールで何が起きるかを面白がっていた。
【見届け役が先に寝落ちしたら失格か】
【途中で無言もアウト?】
【寝落ち判定どうするんだ】
【離席はトイレだけにしろ】
【ルールが増えていく】
「いや、今そこまで細かく決めてないです。そんな競技みたいにするつもりはないので」
【でもガバい方がおもろい】
【穴があると揉めるぞ】
【見届け役は生存報告必須にしろ】
「生存報告はちょっといいですね」
【採用されてて草】
【もうコメント欄が企画作ってる】
【これ絶対楽しい】
その流れを見て、ちょっとだけ分かった。
今までは、俺が話して、コメントが返ってくる配信だった。もちろんそれでも十分楽しかった。でも今日は少し違う。俺が投げたルールを、コメント欄がその場でいじって、穴を見つけて、勝手に面白くしている。
自分一人で企画を立てているつもりだったのに、もう半分は向こうが回し始めていた。
それが、思ったより良かった。
「なんか、今日ちょっといつもと違いますね」
【企画だからな】
【みんな前のめり】
【参加できると急に燃える】
【話す場所から一段変わった感じある】
そのコメントに、少しだけ息を飲む。
たぶん、そうだ。
俺が話して、誰かが聞く。それだけの場所から、少しだけ先に行こうとしている。みんなで回す、って言うと大げさだけど、今日はもう少しそっちに寄っている。
守るだけじゃ、たぶんこうはならなかった。
少し面倒なルールを出して、少し責任を押しつけて、少しだけ笑われる。そういう雑なやり方でも、前に進む時は進むらしい。
「じゃあ、おすすめのゲームを募集します。ちゃんと考えて投げてください。軽い気持ちで地獄を寄越した人は、自分も地獄を見るので」
【脅すな】
【でも事実】
【選ぶ側の覚悟が問われる】
【一人目、取りに行くか】
「あと、本当に最後まで見届けた人は、殿堂入り一人目です」
【言い方がもう欲しい】
【称号商法うまいな】
【いや地味に燃える】
【新規も常連も平等に取れるのいい】
そのへんの反応を見ながら、画面の向こうで少し笑う。
思っていたより、ずっと手応えがあった。
ただの雑談でもない。かといって無理に大きいことをしているわけでもない。俺がやれて、コメント欄も参加できて、その場の空気で膨らんでいく。その形が、今の自分にはちょうどいいのかもしれない。
配信の終わり際には、募集候補よりも、「誰が最後まで残れるのか」の方が話題になっていた。
【ゲームより見届け役の耐久が本番】
【選ばれた瞬間から戦い】
【先に寝たら一生言われる】
【殿堂入り一人目、名誉と責任が重すぎる】
「なんか、ちょっと面倒なことを始めた気がしてきました」
【今さら】
【でも絶対おもろい】
【面倒だからいいんだよ】
【次回楽しみだわ】
「まあ……こういう面倒なら、たぶん悪くないです」
そう言うと、コメント欄が少し流れた。
次の配信は、たぶんいつもと違う。
どのゲームが来るのかもそうだけど、誰が選ばれて、誰が最後まで残るのか。それをみんなで見る空気が、もう少しだけでき始めている。
配信を切ったあと、机の前で少しだけ笑った。
守るだけでは、やっぱり少し足りなかったらしい。
面倒で、少し意地が悪くて、でも妙に楽しみなものが、ひとつできた。
次は、少し違う景色になるかもしれない。
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