第14話 殿堂入り一人目
募集を締め切ったあと、思ったよりちゃんと悩んだ。
候補はかなり来ていた。露骨に地獄みたいなやつもあれば、たぶん俺の性格を見越して「こういうの苦手そう」と分かるやつもある。普通に名作っぽいものまで混ざっていて、そのへんのバランスが妙にいやらしかった。
どれも、投げた側だけちょっと楽しそうなのが腹立つ。
「人にやらせる時だけ元気だな……」
メモを見ながらそう言って、候補をもう一回見直す。
結局選んだのは、派手すぎないけどちゃんとしんどいゲームだった。操作が難しいというより、じわじわ集中力を削ってくるタイプ。朝までやるには絶妙に嫌なやつだ。
そして、そのゲームを投げてきた視聴者も決まっている。
見届け役。
前回そう呼び始めてから、もうその名前で固まっていた。ただのハンドルネームひとつなのに、今日は妙に重い。
配信前に軽く息を吐く。
逃げないと自分で言った以上、今日は逃げられない。
でも向こうも逃げられない。
そう思うと、少しだけ気が楽だった。
配信を始める。
【きた】
【耐久の日】
【見届け役いるか】
【まずそこ確認】
「こんばんは。いますか、見届け役」
始まって一言目がそれなのもどうなんだと思ったが、コメント欄はすぐに乗った。
【点呼で草】
【まず生存確認】
【選ばれし者、出てこい】
【逃げるなよ】
少し遅れて、見届け役の名前が流れる。
【います】
【まだ起きてます】
【やります】
「まだ起きてます、って言い方ちょっと不安ですね」
【もう怪しい】
【始まって五分だぞ】
【先に寝るな】
【今日の主役その2きた】
コメント欄の空気が、それだけでかなり決まった。
今日はゲーム配信ではある。でもそれだけじゃない。俺がちゃんと朝までやれるかと同じくらい、見届け役が最後までいるかどうかも見られている。
始まる前から、もう半分くらいは巻き込み型の企画になっていた。
「じゃあ、今日はこれをやります。逃げません。そっちも逃げないでください」
【圧が強い】
【対等で草】
【見届け役に人権なし】
【公平だな】
「公平です。選んだのそっちなんで」
ゲームを始める。
序盤はまだ余裕があった。コメントも拾えるし、操作も追いつく。普通に配信として成立している時間だ。見届け役もわりとこまめに反応していて、それを見た常連がいちいち茶化す。
【見届け役まだ元気】
【今のうちに寝とけ】
【いや寝るな】
【責任を背負え】
「寝とけ、いや寝るな、どっちなんですか」
【苦しめ】
【両方だ】
【選んだ責任を味わえ】
ひどいコメントばかりなのに、空気は悪くなかった。
むしろいつもよりまとまりがある。常連はもちろん、新しく入ってきた人も状況がすぐ分かるからか、入りやすそうだった。
【何これ】
【今北けど視聴者も耐久なの?】
【そうだよ】
【選んだやつも朝まで拘束】
【だいぶ面白い】
そういう説明が自然にコメント欄の中で回っていく。
前は、俺が話して、それに返事が来る感じだった。今はもう少し違う。俺がひとつルールを出すと、その場の全員が勝手にそれを回し始める。見ているだけの人も、その流れを眺めながら巻き込まれていく。
それが今日はかなりはっきり見えた。
ゲームが進むにつれて、だんだんきつくなってきた。
急に大声を出すタイプのきつさじゃない。集中が切れた瞬間に終わる感じの、じわじわ嫌なやつだ。ミスすると、すぐコメント欄が反応する。
【今のは痛い】
【雑になってきた】
【眠くなってるか?】
【もう手元あやしいな】
「手元あやしい、はちょっと嫌ですね」
【昼の動きじゃない】
【処理速度が落ちてる】
【でもまだ序盤】
「まだ序盤なのが一番嫌なんですよ」
水を飲んで、座り直す。肩が少し重い。
それでも今日は、自分がしんどいこと自体が配信の流れになっていた。いつもなら、ただ疲れるだけで終わるような場面で、コメント欄がちゃんと拾ってくれる。しかも今日は、その流れの中に見届け役もいる。
【見届け役、生きてるか】
【返事しろ】
【寝落ち判定入るぞ】
少し間があってから、見届け役のコメントが流れた。
【起きてます】
【今のところ】
【こっちもきつい】
「そっちもきついのはそうでしょうね」
【草】
【当たり前だろ】
【自分で選んだゲームだぞ】
【責任を感じろ】
そのへんから、配信の軸が少し変わってきた。
ゲームの攻略そのものより、見届け役がいつまで持つかの方にコメントが集まり始める。俺がミスすると煽られ、見届け役の反応が少し遅れるともっと騒がれる。
【今ちょっと遅かったな】
【怪しい】
【監視社会】
【見届け役の瞬きまで見られてる】
「それはさすがに怖いな……」
笑いながら言ったけど、たしかにちょっと異様だった。
でも、その異様さが今日は面白かった。みんなゲームを見ているのに、同時にコメント欄の中の一人も見ている。配信者ひとりで引っぱるんじゃなくて、視聴者の中にもう一つ、追う対象がある。
それだけで空気がかなり変わるらしい。
時間が進むにつれて、こっちもだいぶ眠くなってきた。
視界が少し鈍る。集中が散る。さっきなら通っていたところで普通に失敗する。コメントの流れも、前半よりずっと速い。
【眠気きたな】
【明らかに怪しい】
【がんばれ】
【でも見届け役も無言増えてるぞ】
「そっちを見るな。いや、見ろ。見ろですけど」
【どっちだよ】
【両方監視】
【双方逃げるな】
たまに新規っぽいコメントも混ざる。
【何で視聴者まで責任負ってるんですか】
【この配信おかしいだろ】
【でも面白いなこれ】
【文化になりそう】
文化、という単語がまた目に入った。
前回も見た言葉だ。大げさな気もする。でも今日ここまで流れができてしまうと、少しだけ分かる。
ただの一回きりのネタなら、こんなふうには残らない。誰が選んだか。誰が残ったか。誰が先に怪しくなったか。そういうどうでもいいような情報が、今日の配信の中ではちゃんと意味を持っている。
もう少し続けば、たぶん本当に殿堂入り一人目の基準になる。
それは、ちょっといい。
深夜もかなり回ったあたりで、空気が変わった。
終わりが見えてきたからだ。
ゲームの方も、見届け役の方も、どっちもまだ崩れていない。ここまで来るとコメント欄全体が、半分ふざけながらも完走を見に来る空気になる。
【ここまで来たら行け】
【あと少し】
【見届け役、生きろ】
【ここで寝たら伝説になるぞ】
「悪い方の伝説はやめてください」
【でもおいしい】
【他人事で草】
【最後までいけたら殿堂入り一人目だからな】
その言葉で、また少し空気が締まる。
殿堂入り一人目。
ただ名前を読むだけのはずなのに、ここまで引っぱれるとは思っていなかった。賞品もない。金も出ない。ただ残るだけだ。
でも、人はこういうのに思ったより弱いらしい。
最後の方は、もうほとんど意地だった。
眠い。指も重い。見届け役もたぶん似たようなものだろう。なのにコメント欄だけは妙に元気で、その元気に押されるみたいに前へ進む。
そして、やっと終わった。
「……終わった」
言った瞬間、コメント欄が一気に流れた。
【うおおお】
【完走】
【見届け役いるか】
【点呼!】
【逃げるなよ最後まで】
そこでもう一度、見届け役の名前が出る。
【います】
【最後までいました】
【おつかれさまでした】
「いや、そっちも本当にいたんだ……」
【そこかよ】
【疑ってたのか】
【お前もいただろ】
【両方えらい】
笑いがこみ上げた。
最後まで自分もいたし、向こうもいた。当たり前といえば当たり前なんだけど、ここまで騒がれながら本当に残っていると、妙に可笑しい。
しかも、その可笑しさをコメント欄全体が共有していた。
変な一体感だった。
ゲームをクリアした達成感とも少し違う。長時間配信をやり切った感じとも少し違う。その場にいた全員で、「ほんとに最後まで行ったな」と同じものを見ている感じがある。
それが、かなり気持ちよかった。
「じゃあ、約束なので」
喉を軽く鳴らして、画面を見る。
もうほとんど朝だった。窓の外の色も少し変わってきている。部屋は散らかっているし、頭もあまり回っていない。でも、ここだけは雑にしたくなかった。
「見届け役。殿堂入り一人目、です」
名前を読み上げる。
それだけだった。本当に、それだけ。
なのに、コメント欄はやけに盛り上がった。
【きたああ】
【殿堂入り一人目】
【名誉】
【普通に羨ましい】
【歴史が始まった】
歴史は言いすぎだろ、と思ったけど、否定するほどでもなかった。
最初の一人って、そういうものだ。大した賞でもないのに、最初というだけで少し意味を持つ。次からはたぶん、一人目が基準になる。二人目、三人目と増えても、最初だけは最初のままだ。
配信の中に、そういう小さい文化みたいなものが一個できた。
それが嬉しかった。
「いや……普通にすごいですね。俺も眠いですけど、そっちも大概だと思います」
【互いにボロボロ】
【よくやった】
【この企画当たりだな】
【次も見たい】
「次もやるかは、ちょっと寝てから考えます」
【弱気で草】
【でもやるだろ】
【もう始まってるんだよ】
【文化を止めるな】
「止めるな、って言い方は重いな……」
笑いながらそう返して、それから少しだけ黙る。
でも、手応えはあった。
思いつきで始めた企画だった。少し意地が悪くて、少し面倒で、でも面白そうだからやってみただけのものだった。それがここまでちゃんと形になるとは、正直思っていなかった。
ゲーム配信が盛り上がった、だけじゃない。
見届け役がいて、常連が煽って、新規が乗っかって、コメント欄が流れを作って、その全部で一つの企画になっていた。俺一人じゃ、たぶんここまでにはならなかった。
配信って、こうやって育つのかもしれない。
机の前で、少しだけ笑う。
「……まあ、悪くないですね」
【素直】
【かなりよかったろ】
【殿堂入り一人目おめ】
【次の犠牲者は誰だ】
「犠牲者って言い方やめてください。じゃあ、今日は本当に終わります。付き合ってくれて、ありがとうございました」
そう言って配信を切る。
静かになった部屋に、まだコメント欄の勢いだけが少し残っている気がした。
殿堂入り一人目。
たった一人、名前を読んだだけだ。
でも、たぶん今日できたのは、それだけじゃない。
次もまた同じように盛り上がるかは分からない。ルールだって、そのうち少しずつ変わるかもしれない。それでも、企画が一つの文化になる時の手触りみたいなものを、今日はたしかに感じた。
守るだけじゃ足りなかった場所に、ようやく一つ、自分の配信らしいものができた気がした。
たくさんの評価、ブックマーク本当にありがとうございます。
皆様のおかげでモチベーションがとてもあがります!!!




