第83話
「い、いまさら許してくれって言われてもさ・・・」
姫花はふてた表情で呟いた。
「そうだよな、許してくれなくていい」
なんだか気まずくて姫花は顔を背けた。
「じゃあ、許さない」
敢えて口調柔らかくした。許していることはずっと彼の病床を見舞っていたことで明らかだったはずである。
雅臣は真顔で姫花を見つめた。
「許さなくても、これだけは、これだけはどうしても言わせてくれ」
「な、なによ」
雅臣のやけに重たい声音に姫花は気圧された。
「こんなクズの命、助けてくれて、ありがとう。拾ったこの命、爾今姫花のために捨てる覚悟だ」
「い、いいわよ。そんな曽根崎心中みたいなの、おっもいわ」
姫花は両手を振って受け取り拒否した。
雅臣が笑う。
「ありがとう姫花」
潤んだ瞳で雅臣は姫花を見つめた。
姫花はそんな熱い眼差しを外し、ベッドを離れ病室の窓を開けた。空気が重すぎたのだろう。振り返りいつもの口調でこう言った。
「来月の試写会のチケット、また当たったのよ。2枚。ひと月で退院しなさいね!」
「無茶言うなよ」
腫れ上がった彼の顔に薄日と微笑みが入り混じっていた。
甘辛青春サンドは爆発的に売れた。マーケティング課が仕掛けた懸賞キャンペーンは大成功で、毎月アニメのパッケージが変わるこの商品は人々の関心を集め、社名変更した山中製菓の主力製品としての地位を回復した。
この日の試合には呼んでもらっていた遠藤は終始ご機嫌だった。あれから部下へのイジメもなくなり、遠藤はどことなく性格が丸くなっていた。無論琴実が何かを変えたわけではない。
「きたじま! 打ったらボーナス査定あげてやっからな!」
遠藤は姫花を鼓舞した。
『ほんとうに?』
バッターボックスで姫花は微笑んだ。
『ちょっとは部下のやる気を出すことも考えてくれるようになったわね、ミスタージコチュー、もとい遠藤次長』
『安心するのはまだ早か』
琴実が姫花の意識に戻ってきた。
『ちゃんと打てたらの話ばい』
『そんなことわかってます! で、次の球は?』
『こげな使い方も、ハルに怒られるんじゃなかと?』
『大丈夫よ。これはお金じゃないもん。再出発した山中製菓の景気付けだもの』
『つごうええこと言っとるばい』
琴実は笑った。
『でも、あとで二人して天国のハルさんに謝ろ。それよりさ、早く次の球種教えてよ』
『ほんに姫ちゃんは人使い荒か!』
琴実はセットポジションの相手ピッチャーにシェアマインドし、次の球種を盗んだ。そしてそれを素早く姫花に教えた。
『カーブたい。大きく曲がるあのスローカーブたい』
『サンキュー琴ちゃん!』




