第82話
「チアーズ」
弱々しいその声、姫花までは届かない。
声の主は車椅子に乗った男性。堀口雅臣だった。
雅臣は生きていた。義足での生活を余儀なくされたが。
あの時、ガス室で犠牲になったのは別の男だった。雅臣の替え玉だった。雅臣を連行する際、バットと佐古丸が謀って雅臣と別の受刑者を入れ替えたのだ。同じ日の刑の執行が決まっていた受刑者に雅臣の着衣を纏わせ、顔がわからぬよう頭から袋をかぶせた。そうとは知らず、まさみは替え玉の殺害を指示したのだった。
雅臣の助命を頼んだのは、ほかならぬ彼らに隠シェアマインドを施した琴実だった。替え玉までは指図しなかったが、凄惨なリンチの末、死に瀕していた雅臣を病院に搬送するよう二人に懇願した。琴実の懇願に、二人はオヤブンと琴実を解放し、雅臣を病院に運んだ。
生死の淵彷徨うこと5日、雅臣は一命を取り留めた。複雑に砕けた両足は切断するしかなかった。さらに2日間は意識が戻らなかった。
8日目、ようやく意識を取り戻した彼のベッドの傍らに付き添っていたのは姫花だった。
「ああ、よかった・・・気がついたのね」
目蓋が薄く開くのを見て姫花は枕元に顔を近づけた。
「ひめか・・・!?」
「そうよ、わかる?」
「俺、生きてる?」
おかしな質問に姫花はこうとしか答えられなかった。
「そうみたいね」
「そっか、生きてたんだな・・・死んだと思った」
「オヤブンや周さんたちのおかげよ。命がけであなたを助けに行ってくれたんだから」
「そうだったのか」
「でも一番は琴ちゃん、彼女いなかったら全員死んでた」
「琴実のシェアマインドに、助けられたってこと?」
「うん、それも特別なやつ」
「なんだそれ?」
雅臣も秘奥義のことは知らない。
「知らなくていいわ」
雅臣はぼんやり姫花を見つめていた。
「そうだよな。知らなくていい。俺には知る資格もなければ、使う資格もない。本来なら生きている資格もなかった」
雅臣は項垂れ俯いた。
「ハルさんの言いつけ守らないからよ」
ここぞとばかり皮肉っぽく姫花は言ったが、雅臣には皮肉にもならない。
「そのとおりだ。どう詫びていいか・・・すまん姫花すまん」
「わ、わたしに謝っても仕方がないでしょ」
「いや、姫花に詫びなければならないことはいっぱいある」
紅鷲に加担して彼女に接近したこと、遠藤を唆して彼女と琴実をいじめさせたこと、自分の身代わりとして彼女と琴実を紅鷲に捕らえさせたこと、そうしたいくつもの策略を仕掛けたこと、雅臣は多重に悔い詫びた。
「すまん姫花、許してくれ」




