第81話
「頼む、ここで決めてくれ、姫花!!」
オヤブンがベンチから声援を送る。
姫花はバッターボックスに足を踏み入れ、相手ピッチャーの苛立った表情を確認してから、セカンドベースに立つ琴実に視線を移す。琴実はベース上微動だにしない。
『初球外すつもりらしいけん、見送りたい』
琴実は相手ピッチャーの配球を先読みし姫花に伝えている。
あれから半年が経った。
初夏を感じさせる梅雨の合間の快晴。再結成した渋谷ガールズアイルの対外試合がここ隅田川河川敷グラウンドで行われていた。
最終回5回裏、スコアは0対0。この回先頭バッターだった琴実が四球で歩いた。次のバッターは三振に倒れ、その次のバッターはサードフライ。そして次のバッターが冴子で、8球粘った末に空振り三振。が、キャッチャーがこのボールを後逸。オヤブンの「走れ!」の声に冴子はわき目も降らず一塁に駆けた。結果これがセーフ。2アウト、ランナー1塁2塁の一打サヨナラの場面。
ここで姫花がバッターボックスに立った。
相手チームは、あの日のリベンジを果たすため再挑戦してきたプリンセス。
5回表までエースの周が相手打線を完全に封じて得点を許さなかった。周がベンチから姫花に声援を送る。
「姫花さーん。主役ならここで打つね」
姫花は呟く。
『勝手に主役にしないでよ。こう見えてプレッシャーに弱いんだから』
手に汗がにじむ。
緊張をシェアマインドする琴実。姫花にこう助言した。
『自信なければ当たればよかたい。オデコで』
『い、いやよ。あんな痛い目にあうのはもう』
姫花はあの時の苦い記憶を思い出した。
相手ビッチャーが初球を投げた。姫花は手を出さない。
「ボール!」
球審の青木が首を横に振った。琴実の言った通り初球は外してきた。
『次は?』
姫花が尋ねる。
『せからしかね。相手の配球盗んで、姫ちゃんに教えて、セカンドランナーもせにゃならん。ちっと待ちんしゃい』
『早くしてね。あのピッチャー投球間隔短いんだから』
『ほんに勝手なこと言うて』
ぶつくさ言いながら、琴実は相手ピッチャーの意識に乗り移った。
2球目は間に合わなかった。ピッチャーはど真ん中のストレートを放り込んできたが、姫花は棒立ちのまま見送った。




