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第8話

 わかっていてまさみちゃんは驚いてみせた。

「同じ課の冴ちゃんや」

 オヤブンは 彼女という言葉に怖々と冴子を伺った。

 二人は一番奥のカウンター席に腰を下ろした。

「今日は何かい。あんたが聞き役かい?」

「ま、そんなとこや」

 カウンター越しまさみちゃんが言った。

「みんなあんたに話聞いてもらいたいんだね」

「俺に?」

「そうだよ」

「俺ってそんなキャラやったっけ?」

「あたしが知る限りじゃ、あんたの友達、ずいぶんあんたを頼りにしてるよ」

 少し芝居クサくなってきたか。だが、冴子はこのやり取りをごく自然に聞いている。

「そんな奴おるか?」

「いるさ、雅臣君だろ」

「ああ、堀口ね。あいつはひとを金蔓(かねづる)やと思っとる」

「それから熊本から出てきたあの子」

「くまもと?」

 この展開はオヤブンの台本にはなかった。

「琴実ね」

 答えたのは冴子だった。

「そうそう、そんな名前だった」

「へえ、琴実が? 来んの? ここに?」

 オヤブンには意外だった。

「たま〜に来るね。ひとりで」

 オヤブンはここで琴実と会ったことはない。

「彼女田舎から出てきただろ。寂しいのさ。特に週末仕事がない日の晩はね」

「どうりで会わんわけやな。週末の晩なら」

「母ちゃんが恋しいのさ」

「ってことはあいつ、まさみちゃんを母ちゃん代わりにしとるんとちがうか?」

「よくあんたの話でるよ」

「マジかいな?」

「マジやでえ」

 まさみちゃんはオヤブンをマネて言った。

「なんて?」

「あんな兄ちゃんいたら面白いって」

「ほんまの話かいな?」

「ほんまの話や」

 まさみちゃんはちょいちょいぎこちない関西弁を入れてくる。

「人気者だねえ、あんた」

 強引な気もするが、まさみちゃんのアシストでオヤブンの株は確かに上がっていた。

「かあちゃん、ビールちょうだい!」

 他の客がまさみちゃんを呼んでいる。

「はいよ」

(あとはがんばるんだよ)

 オヤブンに目で訴えかけて、まさみちゃんはその場を離れた。

 そこからはオヤブンと冴子、二人だけの世界だった。

 オヤブンが尋ねる。

「どや、動物たち?」

「うん、みんな優しいね」

「な、言ったやろ」

「ただ、ハイエナは・・・」

「わかったやろ、言いたいこと」

「少しだけどね」

「少しで十分や」

「オヤブンが盾になってくれてるから安心」

「ナイトやん、俺って」

「そうね、上方のナイトね」

 その表現はオヤブンの気を良くした。

「でも、どうして姫ちゃんと琴ちゃんばかり攻撃されるのかしら?」

「なんか気に入らんのやろな」

「きちっとやってるのにね、二人とも」

「だから、難儀なひとなんや」

「琴ちゃんがオヤブンを兄ちゃんにしたいってわかる気がする」

「わかるか?」

「だってオヤブン優しいもの。琴ちゃんにも盾になってあげてるでしょ」

「そないなことあらへんで。俺はただ理不尽なことが嫌いなんや」

「そんなとこいいね」

「砂蹴るだけのシマウマやけどな」

「心優しいライオンって感じよ」

「あかん、照れるって」

「きっと琴ちゃんも聞いて欲しいんじゃないかな、オヤブンにいろいろと」

 オヤブンは迷っている。どうやって冴子に本音を話せばいいかを。琴実じゃない、いまは冴子と話したいのだ。が、どう切り出せばいいかわからない。

 ライオンどころか、そんなチキンハートのオヤブンに、なおも、なぜか、冴子は琴実の話題に執着する。

「でもあまり話さないね彼女」

「方言気にしとるんやろ」

「出るね、時々。素敵なのに熊本弁」

「かな」

「オヤブンがもっと話かけてあげたら?」

「おれが?」

「週末ひとりでご飯食べにいくなんてかわいそう」

「おれはあかん」

「どうして?」

 窮してオヤブンは精一杯勇気を出した。

「ほ、ほれてるひとがおる。そっちが優先や」

 冴子の頬が緩んでいる。

「それ誰?」

「わ、わかってるやろ」

 こういうのを往生際が悪いという。

「関西人ってもっとはっきり言うって思ってた」

「ひとによるわい」

 オヤブンは最後の一押しがどうしても言えない。

 そこへ一升瓶抱えたまさみちゃんがやってきた。オヤブンのグラスになみなみと酒を注いでドスの効いた声で言った。

「この弱腰次郎長がぁ! はっきり言えってんだ! 冴ちゃん待ってんだよ!!」

 まさみちゃんの発破に、オヤブンは叱られた生徒のように立ち上がった。そして赤ら顔で声震わせ言った。

「ええい! こ、告白するで!」

(がんばれよ、次郎長!)

 まさみちゃんは黙って応援する。

「さ、さ、冴ちゃん」

(それそれ、つぎ!)

「す、好きやねん!」

(ようし! 言えた! もう一声!)

「ど、どうか、どうか、俺の女になってくれえ!」

 オヤブンは直立不動のまま叫んだ。

(よく言えた!)

 まさみちゃんが今度は冴子を促す。

「さあ、冴ちゃん、あんたの番だよ」

 冴子もオヤブン同様、立ち上がり、これまた直立正面を向いたまま言った。

「ふう〜 わたしも、こ、告白します!」

(行け行け!)

「わ、わたしも、オ、オヤブンが、オヤブンが、大好き!」

(えらいよ、言えたよ! で、最後の)

「オ、オヤブンの、お、女にしてえ!」

(よ〜し完了だ!)

 二人のうぶい告白を聞いてまさみちゃんは微笑みながら厨房(ちゅうぼう)に下がって行った。キューピッド役を終えたからである。

 お見事でしたまさみちゃん。

 二人のこんな茶番劇に、他の客たちは拍手喝采している。前後の脈略なんてわからないだろうが、男女が立ち上がって愛を叫びあっているなんて冷めた今の時代なかなか見られない。

 が、こんな愛の告白もあっていい。厨房からまさみちゃんも大喜びで拍手している。そのあとヒビの入った茶碗に一升瓶から酒を注ぎ、ぐびりと旨そうにやった。

(しかし、世話の焼ける連中だね)

 一仕事終えた祝杯だ。

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