第64話
しゃがんだまさみの丸っこい指が琴実の黒髪を食べるように梳かす。もう一方の手に握られていた調理用ナイフは琴実の頬に磁石のように吸い付く。
「お仕事だよ、わかってるかい?」
ナイフの切っ先が琴実の頬を縦に撫でる。頬が1の字に切れて血が滲み出る。
「痛いっ!」
思わず琴実は声を上げた。
まさみは琴実の黒髪を引っ張ってこう言った。
「あんたが生き残る方法はたったひとつ。あんたの持つシェアマインドとかいう力を私らのために使うことだけさ」
琴実はまさみの手を振り払うように首を振った。
「そぎゃんこつに利用しよっと、使えんようになるたい」
「生き延びたければ、少しでも長く使って貢献するんだよ」
「無理たい。シェアマインドはそぎゃん使い方はできん」
まさみは琴実を見下ろし言った。
「できなければ、あんたを消して、もう一人にさせるまでさ」
琴実は姫花の無事を祈った。
「そうそう、あんたが探している男、会わせてあげるよ」
まさみが男たちに合図する。琴実は縛られたまま再び男に担がれ、まさみの後に続いて管制室を出た。
しばらく行くと、鉄格子の牢が並ぶ薄暗い空間にたどり着いた。その牢の一室に、まさみは入った。琴実も担がれたまま入った。
暗い部屋の中に一人の男性が両手を天井から吊るされたまま、首を垂れていた。引きちぎれたシャツは血塗られ、顔は痣だらけで、目は開いているのか閉じているのかわからないほど腫れ上がっていた。
『死んでいる?』
不安が胸をよぎった。
「堀口!」
琴実は叫んだ。しかし反応はない。
まさみが琴実を担いでいる男に言った。
「バット、返事させてやりな」
バットというその黒人男性は、琴実を無造作に降ろすと、雅臣に近づいた。2メートルはありそうな長身にアフロヘアのバットはごつい指をバキバキ鳴らして厳つい拳を固めた。その拳を雅臣の腹部に二度、顔面に三度突き入れ、最後に膝で腹部を蹴り上げた。
わずかに残っていた生を証すかのように雅臣の口から吐瀉物が流れた。多量の血が混じっていた。
見かねて琴実が叫んだ。
「やめて!!」
まさみが楽しそうに言った。
「こんばんわ雅臣君」
彼の腫れあがった瞳は何かを見たようであるが、すでにその瞳に光はなく、怒りも憎しみも悲しみも感じられなかった。
「あんたの代役を連れてきたよ」
まさみは地面に転がる琴実を指して言った。




