第61話
『でもそんなことできたら、世の中の人間みんな別の人になっちゃうよね』
温めの湯に長く浸かっていた琴実は風呂温度を上げた。体をシェアマインドしている姫花にとってもこれはありがたかった。
『だけん、滅多と使こうたらいかんばい。ばってん、冴ちゃんの命に関わる一大事じゃ。おいは隠シェアマインドば使う』
『琴ちゃんお願い、冴ちゃんを助けて!』
琴実の意識が自分の体から抜けて行った。姫花はお湯に浸った留守宅を温めるかのように琴実の体のなかで待つのだった。
琴実が戻ってきたのは、お風呂の追いだきがまだ済んでいないほどの短い間のことだった。温もりきらない湯のなかで姫花はあまりに早いお帰りに“よもや”が頭をよぎった。
まさか手遅れだったの、とは聞けぬ。ところが琴実はさばさばとこう言った。
『やれることはやったたい』
『無事だったの、彼女?』
『ナイフを不思議そうに眺めておったばい』
最悪の事態は回避できたであろうことを姫花は想像した。
『それは、成功ってこと?』
『たぶん』
『たぶんって、どっちなのよ?』
『結果は、明日を見んとよぉわからんばい』
琴実は、冴子の体のなかに潜り込み、彼女が発する光の波動のうち、紫の光(陰)と橙の光(喜)を操作した。紫の光の通り口を狭め、橙の光の通り口を広げたのだった。こうすることで冴子の光の波動によるイメージが、陰が薄まり喜が強まる。すると冴子の性格そのものが明るく快活に変わる、はずだった。それを受け取る相手がいてはじめて冴子の光の波動が変わったかどうかがわかる。つまりそれは明日、冴子が出社してきてからの結果次第ということだった。
姫花は琴実の体の中で、冴子の変貌を神に祈った。
翌日、冴子は出社してきた。見間違えるばかりの快活で明るい笑顔で。そしてオヤブンとすぐさま仲直りして、二人で年末に北海道のニセコに行くことを、彼女の方から提案した。オヤブンは呆気にとられて、「どないしたん」を繰り返していた。
姫花と琴実は二人して手を取り合いこの大成功を喜んだ。
その後の冴子は、社内食堂での里美とのやり取りや、人事課の村上の接し方や、電車で隣の席に座った大学生から学園祭に誘われたことなどからもおわかりのとおり、人が変わったように明るく快活な女子になっていた。
姫花は嬉しさのあまり独り言ちた。
『琴ちゃん、すごすぎる』
ただ、お二人様、この秘奥義の取り扱いには十分ご注意を!




