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シェアマインド 〜黄色い空と甘いスモークチーズ〜  作者: 水無月はたち
Chapter3「路地裏のカウンセリング室」
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第6話

 試写会終了後、渋谷マークシティの前で雅臣と落ち合った。

「追っ手って誰だよ?」

「ミスタージコチューよ」

「やっぱそうか」

「あのいちゃもんのつけかたは天下無双だわ」

「今日はどんな?」

「いまは思い出したくもないわ。それより映画どうだった?」

「マジで一緒に見たかったよ。多分、姫花なら5回は泣ける」

「今も泣きたい気分よ」

 姫花は大きくため息をついた。

「だろうね」

「でも、いいなあ。公開上映はたしか来月10日からよね。ねえ、あなたは2回目になるけど、来月もう一度見ない?」

「いいよ」

 やっと姫花の表情がなごんだ。


 それから二人は雅臣の行きつけの酒場に足を運んだ。その店は渋谷の路地裏にあった。

 店構えを見た時、姫花は彼のセンスのなさにびっくりした。とてもデートで行くような場所ではない。手垢で汚れたのれんと“まさみ”と書かれた赤い提灯が灯る場末の飲み屋である。ネクタイを緩めたサラリーマンや日雇い労働者たちが憩うようなディープな酒場である。

 雅臣がここに通うのにはわけがあった。マスターである。ここのマスターが実に面白い。

「おや、いらっしゃい! 雅臣君」

「こんばんわ、まさみちゃん」

「お疲れさん。今日も聞いてあげるよ。好きなだけ吐きな!」

「今日は俺じゃないんだよ。こっちの彼女」

 マスターの愛称はまさみちゃん。角刈り頭に鉢巻き、丸い団子鼻に二重顎、擦り切れた赤いTシャツに紺のトレパン。ピアスとたわんだ胸を見なければどう見ても男だ。可愛いらしい愛称とのギャップが可笑しい。

 しかし、このまさみちゃんに贔屓の客がたくさんついている。そのわけは客の愚痴を聞くのがとても上手いからである。

「そうかい。そちらのきれいなお嬢さんだね」

「北島姫花さんだよ」

 雅臣が紹介する。

「悩みなんて吹っ飛びそういい名前だね」

(そ、そうでもないんだけどな〜)

「それで姫花。今日はどんな嫌なことがあったんだい?」

 急に呼び捨てだ。親近感を持とうという腹だろうが違和感を感じないでもない。

 まさみちゃんの暑苦しい笑顔を前に、姫花は遠藤とのやりとりを思い出していた。だが・・・

(あんまりいい気分じゃないわね。ミスタージコチューのこと思い出すなんて)』

 姫花の話をひととおり聞いてから、まさみちゃんは言った。

「ずいぶん陰険な上司だね。姫花だけかい、そんな目に合うのは?」

「う〜ん、わたし多いかな。日替わりで琴ちゃんもやられてる気がするけど」

 琴ちゃん、正しくは南澤琴実。姫花と同じマーケティング課の後輩である。この4月、熊本から上京してきた新人だ。

 遠藤はこの新人にも、教育とも思えないイジメをしていた。

「なぜかわたしと琴ちゃんが狙い撃ちされてるのよね」

 姫花の青息吐息に、まさみちゃんは言った。

「そりゃあきっと美人への羨望(せんぼう)だ」

 姫花は苦笑いした。

 姫花のグラスに雅臣がビールを注ぐ。その瓶を取り上げ今度は姫花が雅臣のグラスに注ぐ。二人は顔を見合わせ、「チアーズ」とグラスを打ち鳴らした。二人で決めた乾杯の音頭である。

 まさみちゃんが尋ねる。

「上司、歳は?」

「40少し越えたぐらいかしら」

「妻子持ちかい?」

「子供はわかんないけど、バツは立派に一個ついてる」

 雅臣が苦い顔で反応する。

「おなじバツイチでくくられたくないな・・・」

 姫花は笑って弁護する。

「もちろんあなたとは別物よ」

 雅臣が思い出し笑いしている。

「じつはね、遠藤課長の別れた奥さんはうちのマドンナだったんだ」

「えっ! そうなの?」

 初耳だった。

「きれいな人だったよ」

 雅臣の薄ら笑いを眺めて姫花は思った。

(やっぱりバツイチはおんなじか・・・)

「どうして別れたの?」

「遠藤課長の浮気さ」

「そんなとこでしょうね。でお相手は?」

「姫花も知っている人だよ」

「社内なわけね」

「そう」

「なにもかも狭隘(きょうあい)ね」

 姫花にとって遠藤はすでに値のつかない暴落株だった。

「で、誰なの?」

 雅臣はもったいつけた。

「ヒント。彼女は今も独身」

「いくつ?」

「30前半かな」

 姫花は何人かの顔を思い浮かべた。

「その条件ならば、経理課の佐紀さんか、資材課の相澤さんか、総務課の望美さんか」

「その中にいるね」

「でも佐紀さんはお相手いるし、相澤さんは年下希望だし、ひょっとして望美さん?」

「ビンゴ」

「ええ!? あの真面目でお堅い望美さんがミスタージコチューと? 想像できないわ。何を血迷っちゃったのかしらね?」

 まさみちゃんが言った。

「真面目な女ほど男の裏の顔を見抜けないんだよ」

「そうなの?」

「肩書きとか資産とかでね簡単に騙(だま)されちまうんだよ」

「そういうもんなんだ」

 しかし姫花は思った。たとえ遠藤が社長であろうが、億万長者であろうが、ジャニーズであろうがミスタージコチューである限りぜったい騙されはしないと。なんなら自分には裏の顔を全部調べられる術もある。

「姫花はどうだい? 見る目あるかい?」

 まさみちゃんはいたずらっぽい目で敢えて姫花と雅臣を見た。

「ちゃんと見てるわよ、隅々まで」

 姫花は笑った。

「だったら大丈夫だね」

 まさみちゃんは相槌を打った。

「いい彼女できたね、雅臣君」

 雅臣は胸を張ってこう言う。

「でなきゃ連れてこないよ、ここに」

 姫花が雅臣の肩に抱きついた。雅臣がピースサインを掲げている。

 姫花は呟いた。

(こんなデートもありかもね。ここって路地裏のカウンセリング室みたい)

 姫花には、今日の遠藤との一件が遠い過去に思えた。

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