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シェアマインド 〜黄色い空と甘いスモークチーズ〜  作者: 水無月はたち
Chapter3「路地裏のカウンセリング室」
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第5話

 日が暮れようとしている。それでも屋外は蒸しかえるほど暑い。

 姫花は残った仕事を大急ぎで片付けている。

 今晩7時半に雅臣と渋谷で待ち合わせしている。話題の上映試写会を一緒に見るためである。

 オフィスを出る寸前、遠藤から声をかけられた。

「北島。ちょっと」

 姫花が振り返る。

「なんでしょうか?」

 遠藤が書類を手にして近づいて来る。

「これ、おまえが作成してくれた企画書だよな」

 遠藤は企画書を姫花に突き出した。確かに姫花が昨日作ったものである。が、遠藤の指示通り作った企画書だ。中身は例の甘辛青春サンドの懸賞キャンペーンについてである。

「違うんだよな。俺の言っていたのと」

 当然異議を唱えた。

「言われたとおり作りましたけど」

「いや、違う」

「どこがです?」

 苛立ちを抑えられない。

「計画の主旨だよ、主旨。一番大事なところだ」

「でも、そこは遠藤課長がくださったメモ通り打ちました」

「俺はこんなこと書いてない!」

「えっ・・・」

「メモ見せてくれ」

「昨日処分しました。だって入力してしまいましたもの」

「こんなふうには書いてなかったはずだ」

 姫花は呆れた。一体、遠藤は何を難癖つけようというのだろうか。こんな至近距離では危険を伴うが、姫花はシェアマインドを使った。姫花の意識が遠藤に入る。

『デートだろ。やすやすと行かせてたまるか』

(信じられない! 分っててやってたの? ただの嫌がらせじゃない)

『メモを処分したのはわかっている。証拠はないはずだ』

(呆れた。それも知っててイチャモンつけてたの?)

 遠藤は姫花に企画書を突き返した。

「仕方がない。やり直しだ。もう一度下書きを書いてやるから、それまで待ってろ」

「・・・」

 姫花の返事はない。シェアマインド中だから返事はできない。

「おまえがメモを捨てなきゃ、こんな手間は省けたんだぞ」

(よく言うわね。わざと手間作ってるくせに)

「北島?」

(やばい!)

「北島! 聞いているのか?」

 姫花は自分の体に戻った。

「す、すみません」

「そんなぼおっとしているから間違うんだ。しっかりしろ!」

 これでもかというくらい姫花は眉を顰(しか)めてみせた。

「これ、今日仕上げなくてはならないですか?」

 一応は抵抗してみた。

「はあ!? おまえには責任感というものがないのか!? 間違っている書類を直すのに今日も明日もない。すぐその場で直すものだろう。違うか?」

 屁理屈に抗しても仕方がないと姫花は諦めた。

「わかりました」

 自分のデスクに戻った。待ち合わせ時間まであと20分。遠藤のあの調子なら、きっと間に合わない。上映試写会の開始時刻は8時。こちらもおそらく無理だろう。姫花は彼氏にメッセージを送った。

“ごめん。追っ手に捕まったわ。悪いけど一人で観て。上映が終わった後、マークシティの前で会いましょう”

 次に昨日作った企画書のデータを立ち上げて修正する準備を整えた。だが、遠藤はのらりくらりと時間を引き伸ばすだろうし、早々と準備しても虚しく思うだけだ。

 遠藤が先程からこちらをチラチラ品のない笑みを浮かべて見ている。どうせ時間かかるなら、あのくだらない上司の心理を覗いてやろうと姫花はシェアマインドを使った。

『堀口と北島がねぇ・・・』

 二人がつき合っていることは社内では周知のことだった。

『しかしまたなんであんな野郎がいいんだ?』

(余計なお世話よ)

『あと1時間ぐらい遅らせてやるか』

(わたしって不幸よね。どうしてこんな上司の下なの?)

 遠藤が汚い文字のメモを持ってきたのがきっかり1時間後だった。それもたった1枚。

 姫花は仕事にかかる前に権利として聞いた。

「残業つけていいですよね、これ?」

 遠藤が眉を顰めた。

「いいわけないだろ」

「どうしてですか!」

「これはおまえのミスだぞ。それを俺がこの時間までつきあってやったんだ。それも昨日終わっていたはずの仕事をだ。超過勤務は正当な仕事をして時間内で終われなかった場合の対価だろう。これは違う。おまえのミスだ。当然超過勤務には当たらない」

(わたしのミスだって!? あんたの謀略だろう!)

 空いた口が塞がらなかった。どうしたらこんな外連味(けれんみ)たっぷりの言い方ができるのだろう。もう遠藤の真意を探る気にもなれなかった。

 姫花は粛々と遠藤の汚い走り書きの文字を追いかけて入力した。完成させるのにカップラーメンを茹でるほどの時間もかからなかった。

(これだけのことをよくまあ、わたしの貴重な時間をつぶしてくれたわね)

 姫花は課長席に打ち直した企画書を持って行った。机の上にビタンと置いた。

「もういいですよね? 帰っても」

「ああ、ご苦労さま」

 遠藤は書類に目も通さず言った。

(ば〜か!)

 姫花は、ふくれっ面のままオフィスを出た。

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