第49話
雅臣はまさみが紅鷲の一員であることに気づいていない。話が本当だとしたら、この先、雅臣に接触するのは別の人間のほうが都合がよい。報酬を受け渡しするだけの。そこで紅鷲は、雅臣から情報を買い取るブローカーをイサワカに送り込んだ。それが周だったわけである。入社後、周は積極的に雅臣に接近した。日本文化や社会について教えを請う形で。雅臣は不慣れな周に丁寧に教えた。それは彼の中のわずかに残る矜恃、高潔な倫理で異なるものを受け止める精神だったろう。
が、次第に周は政治や国防などのデリケートな情報に関心を向けて始める。疑念を抱き始めた雅臣に周は言った。
「お金儲けしない?」
「なんだいきなり。投資の話か?」
不躾なやつだと思った。
「ちがうね、ぜったい儲かることね」
「そういうんだよ。投資を勧めるやつは必ず」
「元手はおカネじゃないね」
「じゃあなんだよ?」
「国のひみつ」
「はあ?」
「国のひみつ売れば、あなたにたくさんのカネ入るよ」
「秘密って、総理の愛人とか財務大臣のへそくりとか、そんなのか?」
雅臣はふざけて言った。しかし周には通じてない。
「ひみつの種類にもよるけど、おおければ100万元なるよ」
「100万元?」
雅臣にはすぐに通貨の大きさがわからなかった。周が為替相場で日本円に直す。
「18,000,000円くらい」
「いっ、一千八百!」
雅臣の声が大きかったので、周は指でシーッとやった。
二人はまさみの店に来ていた。雅臣は、まさみと周がつながっていることを知らない。知らないで周をこの店に連れてきている。
二人が座る場所は店の一番奥のカウンター席だった。まさみはあえて他の客を彼らから遠ざけていた。だから二人の話が聞こえるはずはない。
周がまさみの顔をチラリと覗き見たが、まさみは何事もないかのように客と話し込んでいる。
「共有を使えば簡単にできるね」
周はズバリ言った。
「ど、どうしてそれを?」
雅臣は驚いて周の顔を見た。
「誰から聞いた!?」
まさか話したのが自分だとは思いも寄らない。
「それは言えない。だけどあなたには大きなチャンスあるね。その力使って売れば」
「だ、だれに売るんだよ?」
雅臣は自分を見失っていた。
「あなたは私にひみつ渡せばいい。そこからは知らない方がいいね」
「ははん、中国政府筋の秘密結社か何かだろ? ちがうか?」
「それ以上聞かないほうが身のためね」
雅臣の推測が存外に近かったので周のほうが少し慌てた。
「紅鷲のことは」
「べにわし?」
周は不用意にその名を口にしてしまい思わずまさみを見た。まさみは相変わらず他の客と騒いでいる。どうやら聞こえてなさそうだ。しかしこれだけでも周はびくついている。紅鷲の恐さを彼女はよく知っていた。
それから雅臣が情報を提供してきたのは1週間余り経ってのことだった。約束通り周は雅臣に金を渡した。政局の裏金に関するスキャンダルだが、紅鷲にとってはたいした情報ではなかった。しかし、それでも彼は日本円で200万円の金を周から受け取った。
『なるほど、これはぼろい商売だ・・・』
ハルの戒めなどどこにも宿していない雅臣は、金儲けに目が眩んだ愚かな男だった。これをハルは危ぶんでいたのである。




