第41話
イサワカ本社からバスで30分ほどの場所に公団住宅が林立している。そこの一角に築45年のひときわ古い区営マンションが建っている。
このアパートの3階の一室に一人の女性が仕事を終えて帰って来た。背筋の伸びた姿勢のよい女性である。
女性は一人暮らしらしく、コンビニで買った弁当と発泡酒を2缶、袋に入れて手にぶら下げている。建付けの悪い木造扉の錠前を開けて部屋に入った。蛍光灯がどんより灯る。
女から遅れること30分、一人の男がこの部屋を訪れた。明りに照らされた男の顔がマンション廊下側の格子窓から浮かんで見えた。
堀口雅臣だった。
二人のひそひそ声が格子窓から静かに漏れる。
「とっておきのが手に入ったよ」
雅臣の声だ。
「とっておき?」
女の発声に違和感がある。
「おどろくなよ」
雅臣が女に何か手渡している。白い封筒だ。女は無言で封筒の中身を確認した。中にはフラッシュメモリが1つあった。そう、雅臣が加藤から入手した例の新イージス艦に関する極秘情報だった。
「最新のイージス艦の性能に関する情報だよ」
「いーじすかん?」
「日米安全保障に関する特ダネだぜ」
「それって、ものすごい?」
「国防最高機密だよ」
「すごいね」
「それだけかい。こっちは命がけなんだぜ。へたすりゃ、俺がお縄を頂戴するはめになるんだから」
「牢屋に入れられるのか?」
「それくらいじゃすまないほどやばい情報ってことさ」
「だから命がけなんだ」
「これでこのあいだみたいな報酬だったら続けられないよ」
雅臣は女が差し出した発泡酒を受け取ってプルタブを開けた。
女が呟く。
「メールはだめね」
今日の来意を雅臣は社内メールで告げていた。ということは女は同じ会社の人間か?
「ごめん。時間なかったんだよ」
「だれかに見られたらどうする?」
「もう使わないよ。それよりさ。ちょっとまずいことになってきてね」
「まずいこと?」
「ここだけの話にしてくれよ」
雅臣は酒席で話すような前ふりをした。
「あれがね。使えなくなって来た」
女は雅臣の言う意味がわからない。
「あれって?」
「共有さ」
「それ、あなたの一番だいじな力だね」
「どうも最近、うまくいかなくてね」
「うまくいかない?」
「失敗が多くなってきている」
女は神妙な顔をした。
「どうして、そうなる?」
「わからないから焦ってるんだよ」
彼女は黙った。
雅臣は発泡酒を飲むといそいそと帰り支度を始めた。
「長くいるとまずいからな」
「気をつけて」
「報酬出たら、すぐ呉れよ」
「わかった」
玄関を出る雅臣を見送ったその顔、イサワカ製菓の周麗華だった。




