第40話
加藤はしばらく雅臣を睨みつけていたが、観念したように言った。
「紛争はたくさんだ。もう静かに暮らそうと思っているんだ。あんな情報くれてやるから、さっさと帰ってくれ。そして一切俺を関わらせないでくれ」
「もちろん。はじめからそのつもりです」
加藤は頷いて、雅臣を家屋の中へ招き入れた。それでも靴は脱がせてもらえず、玄関先で待つよう告げられた。加藤は自分の部屋から白い封筒を手に戻って来た。中にはフラッシュメモリが1つ入っていた。
「俺も旧知の隊員から譲り受けたんだ。俺は主導者ではない」
加藤は言い逃れをした。確かに彼が主導したわけではないだろう。しかし、この手の情報がこんな退役自衛官にまで流れる国防組織を雅臣は危ぶんだ。行動と矛盾するが、国家機密をこんな簡単に盗める国もないだろうと我が国の防衛システムの脆さを案じた。
「おまえが責任もって処分してくれ。俺はもう関係ない」
加藤は逃げるように引き下がろうとした。
「ありがとうございます。ただ・・・」
雅臣は礼を述べたあと加藤の足を止めた。
「これにデータを移しただけでは消えませんよ。あなたのパソコンにはそのデータの痕跡が残っている。パソコンそのものを手放さない限り、あなたは追われることになる」
「まるごと渡さんといかんのか?」
「そのほうが身の為です」
加藤は奥へまた引き下がり、しばらくしてから薄手の小さなパソコンをつかんで姿を現した。
「ほれ。これだ」
渡されたパソコンは比較的新しいスペックでこの退役自衛官には似つかわしくなかった。これを彼が使いこなしていたとは思えない。
雅臣はパソコンを大事に鞄にしまいこんでから、加藤に敬礼した。加藤は仏頂面で雅臣の敬礼を無視した。しかし雅臣は余裕だった。
さて、持ち帰ったフラッシュメモリには新しいイージス艦の構造図面が入っていた。これだけでも重大な機密である。だが、さらに恐ろしい事に加藤が情報を抜いたと思ったパソコン本体には初歩的なZIP形式で圧縮されたファイルが残っていた。ファイル名はokina.zipとなっていて、加藤に提供した者が老兵を揶揄する意味でつけたのであろう。加藤はこのファイルの開き方を知らなかった。スクリーンいっぱい所狭しと並んでいる無価値のウェブページの中にokina.zipはひっそりと存在していた。コンピュータ知識のない加藤が何のファイルかも知らずそのまま放置していたものと思われる。
このファイルがやばかった。新イージス艦の低空ミサイルをも迎撃できる高性能レーダーの情報や迎撃プログラムのメカニズム、使用する電波帯などの情報が入っていた。いわゆる最高軍事機密である。
雅臣がこの極秘情報をどうしたか。勿論売却したのである。雅臣は共有を金儲けに使っていたわけであるから。




