第36話
姫花はあの生死の狭間を味わった苦行を思い出した。
「和男は条件を出したたい。教えてくれたら戻ってもよかと」
「ずいぶん簡単にいうわね。そろばんか習字みたいに考えていたのかしら」
そこへ、フロアスタッフがカートを押してやってくる。大皿のシーフードピザとニョッキと和牛ステーキ2皿をテーブルに所狭しと並べる。琴実はピザカッターで手際良くピザを切り分ける。1枚を姫花の皿に置く。自分は切ったそばから手づかみで口に放り込む。咀嚼しながら次は和牛ステーキに挑みピザで埋まった口に押し込んだ。
姫花は思った。
(この分だとわたしがメタボになる心配はなさそうね)
琴実のすさまじい食欲を姫花は可笑しみをもって眺めた。
「ばってん、和男は戻る気なかったばい。好奇心から会得したかっただけたい」
「浮気者で詐欺師、加えて軽率。最低ね。で和男は会得できたの?」
「んにゃ」
「でしょうね」
「知っての通りシェアマインドはコントロールがなばんごつ難しか技だけん、和男みたいなもんには会得できん。それに和男はそん時分四十路を超えとる。肉体的にも無理たい」
「だったら、堀口の支流なんてないじゃない」
「息子たい」
「息子? それはつまり雅臣さんのおじいさん?」
琴実は頷いた。
「自分の長子に命がけで習わせた。できなんだら家督は譲らんと脅して。ほんなこて勝手な親たい」
「それで美琴さんは伝授したの?」
「じゃじゃ。腹切る覚悟でおったけん教えざるをえんかった。ばってんそいが皮肉にも会得できた理由じゃ」
「恐ろしい親子ね」
「恐ろしか親子たい」
「でもさ、堀口はそれを使って何をしたかったわけ?」
琴実は声を落として呟いた。
「金儲けたい」
「それ、だめなやつよね!?」
「いまは軍事機密を売っとる」
「雅臣さんが!?」
琴実は頷く。
「ど、どこに?」
「紅鷲」
「べにわし? なにそれ?」
「裏社会にはびこる超過激派左翼。噂では共産圏の国々と緊密に繋がっているとも」




