第30話
五ヶ月後、二人の娘たちはこの技を会得した。ともに生死の境をまさに命がけで綱渡りした。琴乃は間違えば帰ってこれなくなるところをハルが自分の意識を離脱させ娘を呼び戻しに行った。
会得した二人は、それぞれが二十歳と十八歳になった時、別々の生き場所を与えられた。
ハルは、長女姫乃に順一の姓、北島を名乗らせ東京へ上京させた。姫乃は東京で暮らし、以後姫乃の末裔も北島を名乗った。
次女琴乃はハルとともに阿蘇に残った。琴乃は南澤姓を引継ぎ、ここで一人の男性と恋に落ち、やがて子を身ごもった。
琴乃が懐妊したと同じ頃、ハルは病に倒れた。あの時と同じ瘧病だった。が、あの時と違ってハルはもうすっかり歳をとっていた。使命を果たし尽くしていた。神はハルの昇天を許した。
死の間際、ハルは琴乃にこう呟いた。
「おいがおいとして生を受けたんを、ほんに奇妙に思うてきた。ひょっとしたらおいの命だけが、おいの意識だけが、他んひとと違うんじゃなかかと疑いよった」
琴乃は母の言っていることが理解できた。共有を会得しているからである。
「おいだけ見えとるもんが、聞いとる声が違うとるんじゃなかか、まわりぜんぶにだまされとりゃせんか、ずっと疑いよった。ばってん、わかったばい」
琴乃は母の手を握って頷く。
「こりゃあ同したい。ちっと見え方、感じ方は違うとるけんど、みな同しこつ考え、同し不安ば持ちよる。戦で死んだ武士も、新政府の役人もおいと同し疑心胸に抱え、それぞれに生きよった」
琴乃も自己存在への疑心をハルの教えによって経験した。
「なんも変わらん。誰もだましとらん。ばってん、人様のまごころを勝手に覗いとるおいだけが不義理果たしたけんね。おいは余分な罪を犯した。あーたにもその罪を背負わせたたい。ほんに申し訳なか」
「かあちゃんよか。これもさだめたい」
ハルは苦しそうに笑った。
「こぎゃんして罪ば犯して生を終えよっと、おいが意識はどこば行くんかね。たくさんの人の生き方変えさせたんじゃから、閻魔様のところへお詫びに行かんとね」
「うんにゃ。かあちゃんはずっとおいの側におって欲しか。ばってん、かあちゃんの御意識の終着は父ちゃんと伴雄さんのいる涅槃に決まっとる」
琴乃の言葉にハルは力なく頷いた。そして眠るようにそっと目を閉じた。一筋の涙が窪んだ瞳から溢れ落ちた。
激動の御一新を、学問と恋と闘争と秘術と伝承に傾け駆け抜けてきた南澤ハルは、太田黒との約束どおり、時代が変わるのを見届けてから静かに息を引き取った。
こうして共有(後にシェアマインド)の開祖ハルは、二人の娘たちに女子限定の奥義を残しこの世を去った。
阿蘇に残った琴乃は契りを交わした男と夫婦にならず独り身を貫いた。琴乃が産んだ子は女の子で、美琴と名付けられ、ハルの言いつけどおり長じて彼女に共有を伝授した。
そして美琴の子が南澤琴音、つまり琴実の母である。琴音も養子を取り南澤姓を引き継いだ。
一方、ハルの長女北島姫乃も娘に秘術を教え、その娘もまた自分の娘、即ち姫花の母早姫に秘術を伝承した。姫乃から枝分かれした家系は北島姓を引き継いだ。
こうして、ハルの産み出した共有は二つの家系、南澤家と北島家で代々女子だけに引き継がれて来たのである。




