第29話
しかし、この倹しい幸福も長くは続かなかった。夫順一の死によって潰える。
順一は西南の役で自分だけ生き延びたことを悔いていた。生き恥を晒してきたが、姫乃が十二歳、琴乃が十歳の時に裏山で腹を切って自害した。
ハルは自分を責めた。順一の気持ちを察することができなかった。自分にはそれを知る術があったはずなのに。
ハルは順一と暮らし始めてから一度も共有を使っていなかった。平和な暮らしの中では使う必要はなかったからである。
ハルはこの技を封印していたことを悔いた。
(おいだけが助けられたかもしれんかったのに・・・)
一緒に暮らしていても人の心はわからぬものだとハルはこの時知る。
ハルは決心した。人を助けるために共有を使うことを。この奥義を娘たちに命がけで伝承することを。
二人の娘が長じて、ハルはこの技を姫乃と琴乃に伝承した。
はじめに、ハルは娘たちにこう訓告した。
「よかね、これを会得するもんは高潔な徳義で異なものを受け止めんといかんばい。ほっで男にはなにがあっても教えちゃいかんばい」
娘たちはまったく理解できず互いに顔を見合った。しかし後段の部分には興味を示す。
琴乃が尋ねる。
「なして男に教えちゃいかんとね?」
「男衆は争いごとを好むけん、よからんことに使いよっと」
「おなごだけなんね。教えてもらえるんは」
琴乃は得したとでも言いたげだった。男女でモノの取り合いをしている感情だったのだろう。
「おなごだけたい」
母が力を込めたので、琴乃はお遊びではないと悟った。
ハルはこの力を女性だけに限定した。伝えるのは自分の娘たち、そしてそのまた娘たちだけに。




