第14話
姫花、高校1年生、春5月。
「だめ、だめ、姫ちゃん! 考えてちゃできないわよ」
「だって、お母さん。考えないでどうしてできるの!?」
「数学なんかとは全然ちがうの。公式とか定理なんて、ここにはないの。やるべきことはたったひとつ、頭を空っぽにすること」
「頭を空っぽって、それ意味わからないよ」
「思考でやろうとするからだって。わかるという感覚とは違うの」
「だからわからないって。全然わからないわ!」
「さっきから言ってるとおり、意識を抜くには思考を殺して無にすること」
「無理無理、わたしには無理よ!」
「無理っていうな!」
「だって・・・お母さん」
「無理っていわない! いいね、姫ちゃん!」
「・・・」
「いいね!」
「はい・・・」
少しさかのぼって。姫花、中学3年生、冬2月。
高校受験を間近に控え勉強していた姫花の部屋に、母親の早姫がココアを運んできた。
「姫ちゃん、入っていい?」
「いいよ」
「あったかいもの飲んで体冷やさないようにしなさい」
「ありがとお母さん」
「はかどってる?」
「これだけはどうしてもだめなんだ」
娘が広げていたノートを早姫は覗いた。びっしり数式で埋まっている。ところどころ力を入れて書いたのであろうバッテンがつけられている。
「数学ね」
「そんなんだった気がする。覚えたくもない名前」
早姫が苦笑いする。
「お母さんも嫌いだった」
「じゃあ遺伝だ」
「そんなんで片付けない!」
「は〜い」
姫花が尋ねる。
「嫌いだったお母さんに聞いても仕方ないけど、どうしたら数学ってできるようになるんだろ?」
「お母さんの場合、とりあえず公式と例題を丸暗記してみたかな」
「それで解けるなら苦労しないわよ。数学の原先なんて、偏屈者だから公式あてはめて解ける問題ぜったい出さなかったもん」
「数学の先生って嫌われるのよねえ」
「うん。全然人気ない」
娘に同情しつつ、早姫は話題を変えた。
「あのね、姫ちゃん。受験が終わったらあなたに習ってほしいことがあるのよ」
「え~ まだ勉強するの~」
「勉強ではないわ」
「勉強じゃない習い事?」
「そう、だけど、勉強より遥かに厳しいかなあ」
「な、なによ、それ?」
姫花はちょっとびびった。
「だ、誰から習うの?」
「わたしよ」
「お母さんから? ケーキの作り方でも習うのかしら?」
「ケーキじゃないわ」
「だったら、裁縫とか?」
「裁縫でもない」
「じゃなに?」
「うん。いまは言えない。あなたが高校受かってからね」




