第10話
オヤブンはひとり奮闘している。
「せやったら、遠藤課長が300万の削減ゼロまで勝ち取ってくれたらええですやん」
いつもの口調になっている。
「テマヒマの販促は維持や、予算はマイナスや、そんな無茶言われても、どないせえ言うんですか!?」
(オヤブンが正しい)
姫花はオヤブンを応援した。
「他に削る項目があるだろう」
遠藤が呟いた。
「なんですか?」
オヤブンが尋ねた。
(そ、それはまずいでしょ!)
姫花は遠藤の言う前に叫んでいた。
「派遣を切る」
「いまなんて?」
「だから、派遣社員を打ち切るんだよ」
(だめよ、だめだって! 里美ちゃんを切るって嘘でしょ!?)
「篠原の雇用を解除する。そう言ってはるんですか? マジで言ってます?」
「真面目な話だ。300万円を削減しないといけないんだ。派遣を削ればそれくらいは出る」
篠原里美はマーケティング課に派遣されているスタッフである。勤勉で能力も高く愛想もいい。いっそ正社員として迎え入れてはどうかと推す声さえある。冴子と同い年で二人は特に仲が良かった。当然冴子は納得できない。奮起して再び遠藤に立ち向かった。
「お金だけで決めないでください。彼女の仕事の質が高いことは遠藤課長もご存知でしょ!」
「何甘いこと言ってんだ! 金で決まるんだ!」
「うそよ、そんなの!」
冴子は反論できず泣き出してしまった。
代わりに反撃を試みたのは意外にもこの人だった。
「おいは反対たい。篠原さんはえろうかったるか人ばい。だけん課長の言っとるこつは、いっちょんわからん!」
琴実が熊本弁全開でまくした。
「なにいってるかさっぱりわからん」
琴実は口を押さえた。
遠藤は部下たちに抵抗されて面白くない。
「いいか、おまえら。お情けやお友達感覚で仕事はやるもんじゃないんだぞ。私情を挟むな!」
姫花はまだ遠藤の中にいる。
(おっしゃってることはたいそうご立派ですけど、本心はご自分の利益のためなのにね)
「北島! おまえはどうなんだ?」
遠藤が姫花を指名した。
(またあ!? いつも突然なんだから。こっちにも準備ってものがあるのよ)
姫花は慌てて遠藤から脱した。
「北島!」
「は、はい。すみません」
「いつもおまえはそうだな。ぼうっーとしてる」
「すみません」
「すみませんはいい! おまえの考えはどうなんだ?」
「はい。課長。そもそも派遣の予算ですが、あれは人事課についています。だからカットしてもマーケティング課での削減にはなりません」
「な、なに!?」
「そうなんです。遠藤課長。残念ですね」
言ってやった。
(ふふ。ば~か。簡単に考え過ぎなのよ。弱い者から手をつけようなんて)
遠藤の顔が見る見る険しくなっていく。
ここで姫花は用意していたある提案を披露した。
「でも課長、いい手がありますよ。先日販売計画会議に出した例の甘辛青春サンドの懸賞キャンペーン。これを使いましょう!」
「どういうことだ?」
仏頂面で遠藤が尋ねる。
「この予算は次年度特別予算枠でマーケティング課に配当される予定になっています。この懸賞、1人あたり10万円を5人に渡されることになってますが、そこを3人に減らして600万円を360万円まで落とすんです。すると240万円浮いてきます。あとは他の経費でどうにかなります」
「おう。なるほどな」
感嘆の声を上げたのはオヤブンだった。
「甘辛青春サンドの販促費ですでに600万押さえてたか。そこを削るんやな。ええやん。妙案や。さすが姫ちゃん」
「こら。勝ってに決めるな、清水。判断は俺がする」
「はい、はい。ほな、どうぞご英断を」
オヤブンは遠藤を茶化した。
「北島。おまえのいったプランを文書にしろ。明日までだ」
(ほら来たわ。そのまま部長のところに持って行くのね)
これまでで遠藤の行動はわかっている。部下に文書を作らせる時は了解しているということだ。同時に功名を独り占めしようという魂胆でもあった。だが、姫花にとってはそんなことはどうでもよい。
遠藤が呟く。
『これで部長を納得させられるだろうかな』
(納得させてきなさい)
『人事予算であろうがなかろうが、派遣切れば部長から褒めてもらえそうなんだが・・・ま、ここはしばらく様子見るか・・・』
(懲りない男ね)
その時、琴実が聞こえるか聞こえないかの声で囁いた。
「そぎゃんこつしよっと、いんまに罰かぶるばい」
姫花には琴実の言っている意味がよくわからなかった。




