薄暮のシャンパン・ゴールドと、魂の剥離
二人は『ヨコハマ・エアキャビン』
へと乗り込んだ。
街が足元から遠ざかり、 運河を越えて空へと昇っていく。
「わあ……見て、◯◯くん! 本当に絵画みたい……。街の光がキラキラして、
全部が私たちを祝福してくれてるみたいだよ」
ガラス越しに街を見下ろす彼女の横顔。
少しだけ上気した頬と、
光を反射して輝く瞳。
私はその「切り取られた一瞬」の美しさに、
ただうっとりと見惚れていた。
地上に降りても、夢は続く。
夕刻。二人は『サンセットクルーズ』の船上にいた。
空は、燃えるようなオレンジから深い紫へと溶け合うグラデーション。
「……グリーンフラッシュまではいかないけど、このマジックアワー、本当に綺麗……」
彼女がそっと、私の手を握りしめる。
指の間から伝わってくる、あいの確かな体温。
その熱が、私の心臓を、生きている実感を伴って激しく打たせる。
船から見上げる横浜の摩天楼は、
まるで映画のセットのようで、
どこか現実味を欠いていた。
「んもぉ、◯◯くん、見すぎだってば! 恥ずかしいよ……」
照れて顔を伏せるあいの仕草さえも、狂おしいほどに愛おしい。
夜の帳が下りる頃、二人は海沿いのレストランへと足を踏み入れた。
クラフトビールが自慢の、温かみのある店。案内されたのは、奇跡のように空いていた海を望む特等席だった。
「今日は本当についてるね」
手書き風の温かいメニューを広げ、
二人は笑い合う。
「アボカドトッピングのハンバーガー、すごいの来ちゃったね!」
「あはは、◯◯くん、お口が大変なことになってるよ?」
大きなハンバーガーに苦戦しながら、
彼女はアイスコーヒーを片手に、
屈託のない笑顔を見せる。
そして、不意に運ばれてきたパチパチと弾けるデザートプレート。
『お誕生日おめでとうございます!』
店員さんの声に、私はハッとした。
自分が予約で頼んでいたサプライズに、
自分自身が驚いてしまうほど、
彼女に夢中だったのだ。
スマホを店員さんに預け、
撮ってもらった写真。
そこには、世界中の誰よりも幸せそうな、
「本物の恋人」のような二人が写っていた。
……宴の終わり。
帰り際、私はお決まりの、
けれど最も現実を引き戻す「封筒」を差し出した。
「確認しなくていいの?」
「大丈夫だよ。◯◯くんのこと、信じてるから」
彼女はそれを、寂しそうに、けれど慈しむような手つきでバッグにしまった。
「今日はありがと。嬉しかったな、誘ってくれて……」
そして、彼女は力いっぱい、私のことを「ぎゅっ」と抱きしめた。
その瞬間だった。
最高潮に満たされた幸福が、
一瞬で鋭い刃に変わり、
私の胸を貫いたのは。
抱きしめ合う温もりの中に、
逃れようのない
「終わり」
が入り込む。
仮初めの関係。道を外れた代償。
この腕を解いた瞬間、
彼女は再び「1人の女の子」へと戻り、
自分はまた「孤独」という奈落へ突き落とされる。
満たされれば満たされるほど、
その後の喪失感は、
鼓動が止まってしまうほどの
激痛となって襲いかかる。
「……バイバイ、◯◯くん」
駅の改札へと消えていく彼女の背中を見送りながら、まさの魂は、そこから一歩も動けなくなった。
まるで身体から魂だけを抜き取られたような、抜け殻の感覚。
自分がどうやって電車に乗り、どうやって部屋まで帰り着いたのか。
記憶はそこで途絶えている。
残されたのは、スマホの中に残る、彼女の最高の笑顔の写真と、
今も手のひらに残る、あの嘘のない、狂おしいほどの「温もり」だけだった。




