第95話_虚無のアムリタ
――東部海岸線・大陸の端。
青空の下。
二人の魔導士が海上を飛行していた。
《蒼氷》セレナ。
《慈愛》エルゼ。
合同作戦の一環として、海洋魔物の殲滅任務を受けていた二人である。
だが――。
「おかしいわ……」
セレナが眉をひそめた。
眼下には果てしなく続く海。
遠方には波間を漂う魔物の群れ。
確かに討伐対象は存在する。
しかし。
「大陸の端にいる魔物なんて……」
セレナは小さく吐き捨てた。
「放っておけばいいのよ」
エルゼも苦笑する。
「そうですねぇ……」
今回の合同作戦の目的。
――敵性魔法生物の排除。
――人類生活圏の拡張。
その観点で考えれば。
今いる場所は優先度が低すぎた。
解放都市周辺。
輸送路。
居住区域。
本来ならば優先すべき場所はいくらでもある。
それなのに。
なぜ自分たちだけがここへ飛ばされたのか。
半日もの時間を使って。
二人は顔を見合わせた。
そして。
ほぼ同時に結論へ辿り着く。
「あらら……」
エルゼが困ったように笑う。
セレナは額を押さえた。
「……やられたわね」
「「騙された……」」
完全に同じ結論だった。
戻ろうと思っても遅い。
拠点へ戻るだけでも相当な時間を要する。
誰かが意図的に。
自分たちを遠ざけた。
その事実だけが残る。
「……」
セレナが思考を巡らせる。
何かが起きる。
間違いなく。
その時だった。
――空気が変わった。
二人の表情が同時に凍りつく。
「……っ!」
空を見上げる。
大陸全体を覆うように。
黒い帳が降りていた。
まるで巨大な檻が地上へ落ちてくるような光景。
「なっ――」
エルゼが言葉を失う。
セレナは即座に行動した。
「どいて!」
蒼の魔力が噴き上がる。
ピキィィィィィィィィン――!!
絶対零度の氷結術式。
――氷槍が帳へ突き刺さる。
凍結。
侵食。
破壊。
全てを同時に行う。
しかし。
結果は――。
「……嘘でしょ」
帳の表面が凍りついただけだった。
亀裂すら入らない。
破壊できない。
干渉できない。
それは――。
『永劫棺界』
大陸全土を覆う巨大結界。
世界そのものを隔離する檻。
――絶対防壁だった。
「隔離されたわね……」
セレナが低く呟く。
二人は結界の外側。
つまり。
最初から切り離されていたのだ。
戻る方法はない。
今この瞬間は。
――――
――
領域魔法。
《月夜の沈魂凪》。
フィオナが作り出した静寂の世界。
バキィィィィィィィン――!!
黒い月に亀裂が走った。
夜が軋む。
世界が悲鳴を上げる。
その中心へ。
――魔法が放たれていた。
領域魔法。
《天測の狙撃》。
ガイが作り出した世界。
知覚外の対象――。
概念的な核――。
世界の中心点――。
それら全てを観測し。
必中させる絶対狙撃術式。
フィオナではない。
領域そのものを撃ち抜いた。
結果――。
世界が割れる。
黒い月が砕け、
静寂の世界が崩壊する。
静寂が――、終わる。
領域魔法同士の衝突。
本来の世界の圧しあいでない。
一方的な決着であった。
「……やってくれたわねぇ」
イザベラが苦笑した。
その隣で。
フィオナは無言のまま空を見上げる。
白銀の瞳が揺れていた。
ガイは長銃を構えたまま睨みつける。
まだ終わっていない。
北部山岳地帯。
荒れ果てた谷間。
風が吹いた。
――その時。
空が暗くなる。
三人が同時に空を見る。
――そして。
大陸全土を覆う黒い帳を目撃した。
「……」
イザベラが小さく微笑む。
「残念だけどぉ」
「時間だわぁ」
手には結晶が握られていた。
ガイの表情が険しくなる。
「――転移結晶。」
高価な使い捨て転移媒体。
二人の結晶に魔力が集まる。
――ガイの長銃が向く。
だが。
光が弾けた。
二人の姿が消える。
谷間にはガイだけが残された。
空を覆う黒い帳を見上げながら。
嫌な予感だけが膨れ上がっていく。
――――
――
聖王教会仮設本部。
沈黙。
重い沈黙だった。
部屋の床には二人の男が倒れている。
《金剛の力天》ギルバート。
《断罪の智天》レオン。
どちらも戦闘不能。
呼吸こそある。
だが起き上がれない。
その前で。
ロザリアが剣を構えていた。
「何が……」
声が震える。
理解できない。
目の前の存在が。
「お前は……」
ロザリアが叫ぶ。
「一体何なんだ!」
隣ではナタリーが息を呑んでいた。
背筋が凍る。
本能が叫ぶ。
目の前の男は危険だと。
仮面。
黒い外套。
静かな佇まい。
それだけだった。
だが。
圧力が違う。
――異質。
まるで。
底の見えない虚無。
男は静かに立っている。
ただそれだけ。
それだけなのに。
この場の誰も動けない。
《スティグマ》最強。
《灼熱の熾天》ロザリア。
その彼女ですら理解していた。
相手は格が違う。
男がゆっくりと口を開く。
「初めまして」
静かな声。
感情がない。
まるで空っぽの器。
「私は――」
時空管理局秘匿魔導士。
一部の上層部にのみ存在を知られる影。
その名は。
「《虚無》アムリタ。」
男の周囲で。
世界の色が僅かに薄れた。
ロザリアの背筋を冷たい汗が流れる。
魔力ランクSSS。
記録史上――。
世界最高峰の魔導士。
物語はさらに深い闇へと進んでいく。
《スティグマ》の壊滅――。
幕が静かに下がる。
作者( ゜Д゜):虚無!仮面!秘匿!
オコジョ:これは……キャラの挿絵を作らないと見た!
作者( ゜Д゜):よ…よくわかったな…。




