第96話_領域魔法ネバーランド・シンドローム
――聖王教会仮設本部。
仮設本部の一室。
そこには四人の魔導士が集まっていた。
聖王教会最強戦力。
《聖痕の神罰執行隊》。
机上には立体投影された地図。
次の殲滅作戦のルートが表示されている。
「このルートで魔獣を掃討する」
レオンが指を走らせた。
「うむ」
ギルバートが頷く。
「紅茶よ」
ナタリーが静かにカップを差し出した。
穏やかな時間だった。
戦場の只中とは思えないほどに。
しかし――。
ここは惑星タタロス。
辺境惑星の危険地帯。
だから、誰一人として油断などしていなかった。
本部外周には警戒網。
魔獣接近を感知する探知結界。
そして、従軍魔導士による見張り。
万全の体制だ――。
――だからこそ。
誰も予想できなかった。
異変は、
――突然訪れた。
空間が揺らぐ。
まるで水面に石を落としたように。
人一人が、
通れるほどの歪み。
四人が同時に顔を上げる。
――だが、遅かった。
あまりにも遅かった。
その瞬間。
「――ッ!?」
全員の呼吸が止まる。
背筋が凍る。
理解ではない。
――本能で感じたのだった。
圧倒的な格上。
絶望的なまでの存在。
そこに現れたのは――。
仮面を被った男。
時空管理局秘匿魔導士。
魔力ランクSSS。《虚無》アムリタ。
奴が現れた瞬間。
――仲間が消えた。
そうとしか表現できなかった。
ギルバートとレオンの姿が掻き消える。
「なっ――!?」
ロザリアが目を見開く。
理解が追いつかない。
攻撃が見えない。
術式が見えない。
何が起きたのか分からない。
ただ結果だけが分かった。
二人が吹き飛ばされていた。
血を吐き。
床を転がり。
――戦闘不能。
それだけが現実。
「ギルバート!」
「レオン!」
ロザリアが叫ぶ。
返事はない。
二人とも意識が朦朧としている。
「何が……」
震える。
――初めてだった。
恐怖で声が震えたのは。
目の前の男。
その魔力が異常だ。
視認できるほど濃密な魔力。
空気そのものが重くなる。
肺が軋む。
立っているだけで身体が悲鳴を上げる。
「お前は……!」
ロザリアが叫ぶ。
「一体何なんだ!!」
アムリタ……聞いたこともない魔道士。
(このレベルの男が無名だと。)
戦慄するロザリア
仮面の奥、表情は見えない。
――だが。
男は笑ったように見えた。
「逃げろ――!!」
倒れたまま。
朦朧とした意識のまま。
レオンが絶叫する。
「う……む……!」
ギルバートも残る力を振り絞る。
黄金の魔法陣。
防御障壁へ。
――全魔力の投入。
命を削る防壁。
しかし。
アムリタは止まらない。
空間が収束した。
キィィィィィィィン――――。
耳障りな高音。
世界が削られる音。
後に《虚無》と呼ばれる魔法。
それが発動した。
そして。
――周囲が消えた。
爆発ではない。
崩壊でもない。
――消失。
聖王教会仮設本部。
その一帯が。
文字通り。
存在ごと消えた。
轟音すらない。
静かな破滅。
あまりにも異常。
だからこそ恐ろしい。
煙が舞う。
風が吹く。
残骸となった仮設本部。
その中から飛び出した影があった。
ロザリアだ。
ナタリーを抱えている。
咄嗟に判断した。
ギルバートの障壁だけでは足りない。
だから。
自身最大火力。
《プラズマ・カタストロフ》
――熾天焦熱波を。
迎撃として放った。
その反動で無理やり脱出したのだ。
それでも。
結果はこの有様。
「くそっ……!」
拳を握る。
悔しさで歯が軋む。
本部は壊滅。
ギルバートとレオンの生死も不明。
ナタリーは気絶。
余波だけで一帯は吹き飛ばされた。
――強すぎる。
理解を超えている。
だが。
立ち止まれない。
『逃げろ――』
レオンの言葉が脳裏を過る。
向かう先は一つ。
魔導王国仮設本部。
作戦で人員は散っている。
それでも。
王国なら。
――誰かいる。
そう信じて走る。
絶望の中。
僅かな希望を求めて。
――――
――
魔導王国仮設本部。
静かな部屋。
机の上を一匹のウサギが歩いていた。
いや。
正確には違う。
それは――。
インテリジェンスデバイス。
《ドリーム・ロップ》。
魔導王国でも数例しか存在しない、
極めて希少な自立行動型デバイスだった。
インテリジェントデバイスが、
高度な自己判断機能を持つ補助演算端末ならば――。
インテリジェンスデバイスは、その先にある存在。
独自の意思を持ち、
自ら考え、
自ら行動する。
限りなく一つの生命に近い魔導デバイス。
『あー……』
『やってらんねぇぜ』
可愛らしい声。
だが中身は完全に疲れた中年だった。
『なんでロップ様がこんな目に……』
テクテク歩く。
自由を満喫していた。
その時。
――がしっ。
『ぬわぁ!?』
後ろ脚を掴まれる。
犯人は一人。
《眠り姫》ネネ。
眠ったまま。
無意識のまま。
――ロップを回収した。
『おい、起きろぉ!』
『ロップ様を雑に扱うなぁ!』
ぐぐぐぐぐっ。
締まる。
抱き締められる。
――逃げられない。
『たすけてぇぇぇ!!』
床の向こう。
レーゼ王女が苦笑する。
「相変わらずじゃの」
『王女様ぁぁぁ!』
『助けてぇぇぇ!』
さらに締まる。
『ぐえぇっ!!』
いつもの光景だった。
――平和な時間。
だが。
その瞬間。
ネネの腕から力が抜けた。
ぽとり。
ロップが床へ落ちる。
『――あれ?』
レーゼも首を傾げる。
「どうしたのじゃ?」
返事はない。
ネネは眠ったまま。
しかし。
その顔から微かな眠気が消えていた。
――遠く。
聖王教会仮設本部。
その惨状を、
ネネは見ていた。
夢の中から――。
誰よりも正確に。
誰よりも鮮明に。
そして。
ゆっくりと。
瞳が開いた。
レーゼの背筋が凍る。
「……ネネ?」
返事はない。
空気が変わった。
世界が変わる。
空が。
地上が。
その温度が。
まるで。
世界が――。
夢を見る準備を始めている。
――ロップが震える。
『おい……』
『ご主人……?』
眠そうな顔。
ぼんやりした瞳。
だが。
彼女こそ――
王国第五位。異端の魔導士。
ネネは静かに詠う。
『――理の強制を退け。
目覚めの因果を排撃せよ。』
空間が揺らぐ。
レーゼが息を呑む。
『我が空想が強いるは――。
因果すら玩具と化す、無垢なる揺り籠。』
色彩が歪む。
壁が溶けるように揺れる。
遠近感が狂う。
現実が曖昧になる。
『幕を引き。
遊戯を始めよ――。
不可侵の夢へ沈め――。』
そして。
ネネは告げる。
――領域魔法。
「――《ネバーランド・シンドローム》」
発動。
瞬間。
――世界が夢を見た。
空が近づく。
星は笑う。
重力が迷子になる。
時間が眠る。
因果が玩具へ変わる。
ルールは存在しない。
常識も存在しない。
理屈も存在しない。
――ここは夢。
永遠の子供の遊び場。
魔導王国至上。
異端と呼ばれる少女。
《眠り姫》ネネ。
その世界が。
今、――顕現する。
作者( ゜Д゜):さぁ遊戯を始めよう!
オコジョ:それ言いたかっただけだろ。




