第88話_潜入
――東部海岸線。
「遠すぎる……」
青空の下。
愚痴を零しながら飛行している魔導士がいた。
《蒼氷》セレナ。
蒼銀の髪を風になびかせながら、
不機嫌そうに眉を寄せている。
隣では、エルゼが苦笑していた。
「もう少しですよぉ」
「もう半日飛んでるのだけど?」
即座に返ってくる反論。
今朝、新たな殲滅任務が下された。
目的地は東海岸のさらに先。
先日解放した港湾都市を越え、更に東へ。
ただひたすら飛び続ける。
結果――。
半日経過。
ようやく大陸の端が見え始めていた。
「それに――」
セレナは眉をひそめる。
「フィオナはどうしたのよ」
昨夜まで一緒だった。
だが今朝になり突然、管理局側から呼び出しを受けた。
そしてそのまま別行動。
「管理局の方で何かあるみたいでしたねぇ」
エルゼが頬に指を添える。
「詳しくは聞いてないですけど」
「もう……」
セレナは盛大にため息を吐いた。
急な編成変更。
理由不明の呼び出し。
面白いはずがない。
だが。
文句を言いながらも任務はこなす。
それが彼女だった。
根は真面目なのだ。
「帰ったら説明してもらうわ」
「そうですねぇ」
エルゼは微笑む。
二人はそのまま飛び続けた。
大陸の果てへ向かって。
――北部山岳地帯。
魔獣の残党掃討は続いていた。
巨大な竜種こそ討伐したが、
周辺にはまだ魔獣が残っている。
山脈内部。
谷間。
洞窟。
完全制圧には時間が必要だった。
先頭を歩くガイ。
後ろにはイザベラ。
静かな山道。
しばらく無言だったが。
ふと。
イザベラが口を開いた。
「団長ぉ、
アルトリウスは何か言ってたのぉ?」
昨夜の会談。
ガイは少しだけ考えた。
作戦会議後。
誰もいなくなった部屋。
アルトリウスとの会話。
そして――。
短く告げた言葉。
『裏切り者に気を付けろ』
「団長からの言葉だ」
ただ、それだけ。
ガイは小さく息を吐いた。
「そう」
イザベラは静かに頷く。
それ以上は聞かなかった。
山風が吹く。
二人の間に再び沈黙が戻る。
ガイは前を見る。
《重力の魔女》イザベラが、その背中を見る。
そして、
誰にも気付かれないように。
ほんの僅かだけ目を細めた。
何を考えているのか。
何を見ているのか。
誰にも分からない。
――西部森林樹海。
樹海潜入組。
その一人。
《神剣》アルトリウス。
彼は単独で森を進んでいた。
静かだった。
あまりにも静かだった。
(妙だな)
足を止める。
管理局が展開していた防衛線。
潜入するにあたり、警戒していた。
しかし。
実際は違った。
監視は緩い。
巡回も少ない。
拍子抜けするほど簡単だった。
(本当に森を監視していただけか)
管理局が怪しい。
そう考えていた。
だが今のところ、その証拠はない。
むしろ。
自然すぎる。
自然すぎることが逆に、不自然だった。
アルトリウスは空を見上げた。
木々が天蓋となり空を覆う。
陽光すら届かない。
薄暗い森。
『裏切り者はいる』
王の言葉が脳裏をよぎる。
アルトリウスは苦笑した。
「俺は――。
ガイほど頭が切れないからな」
自然と呟く。
こういう時。
判断が早いのは、ガイだった。
嗅覚が鋭いというのだろう。
自分には持ってない感覚。
だからこそ。
前に進む。
違和感ごと。
森の奥へ。
その時だった。
ガサリ。
茂みが揺れる。
大型魔獣。
飛び出した瞬間。
――ザン。
音すら遅れて聞こえた。
魔獣は着地することなく。
そのまま左右に分かれた。
叫び声すら上げられない。
神剣型デバイス。
《ディバイン・カリバーン》。
王国に現存する最高位級の古代魔導兵装。
――管理者権限型デバイス。
だが。
アルトリウスはその力の片鱗すら、
欠片も使っていない。
魔力を纏い、ただ斬った。
それだけ。
王国十二守護騎士第一位。
《神剣》アルトリウス。
彼の本当の実力を知る者は少ない。
そして。
森の奥。
遥か先。
アルトリウスの視線が鋭くなる。
(――いたな)
微かだった。
だが確かに感じた。
魔獣ではない。
人の魔力。
樹海のさらに深部。
何者かがいる。
アルトリウスは静かに剣を握り直した。
物語は動き始める。
オコジョ:魔女さん。怪しさが滲み出てますよ
作者( ゜Д゜):ど、どうだろう…ね




