第99話_次元断絶―アスカロン―
――東部海岸線・大陸の端。
「はぁぁぁっ!」
エルゼの弓型デバイス。
《セレスティアル・アーク》から、光の矢が放たれる。
一直線に飛翔した光矢は、
巨大な黒い帳へと突き刺さり――。
――弾かれた。
「……無駄ね」
セレナが呟く。
光の矢は、黒い帳に傷一つ残せない。
干渉できない。
破壊できない。
「それに――」
セレナは、手元の通信端末へ視線を落とす。
「本部に連絡が取れないわ」
何度、緊急通信を試みても応答はない。
大陸全土を覆う巨大結界。
その効果は、単純に移動を制限するだけではない。
外部との通信。
内部での通信。
すべてを遮断している可能性が高い。
「セレナさん……
どうしますか?」
エルゼが問う。
二人は完全に孤立していた。
大陸の外。
そして、結界の外側。
戻る術はない。
――完全に詰んでいる。
セレナはしばらく考えた。
そして――。
「そうね」
静かに答える。
「――待つわ」
「待つ……?」
「えぇ」
セレナは黒い帳を見上げる。
「状況は――必ず変わるわ」
自分たちが動けなくても。
こちらへ打開に動く仲間がいる。
ならば。
その瞬間に、全力で動けるようにする。
セレナは静かに目を閉じた。
――ふわり。
蒼い魔力が、その身体から薄く漂い始める。
手にした氷結晶の杖。
《クリスタニア・レイヴン》が、鈍い輝きを放つ。
「……」
エルゼは息を呑んだ。
仲間ではある。
だが――。
十二守護騎士同士が組む機会は、決して多くない。
だからこそ、エルゼは知らなかった。
《蒼氷》セレナ。
彼女が持つ、魔力との異常なまでの親和性を。
魔法を発動する直前。
その状態のまま、魔力を維持する。
術式を崩さず。
一瞬で放てる状態に保ち続ける。
それは、《蒼氷》の力の一端に過ぎない。
魔力ランク――SS+。
王国十二守護騎士――、第三位。
本物の戦闘魔導士。
その圧倒的な魔力を前に、エルゼは息を殺した。
目の前にあるのは――。
大陸全土を閉ざした黒い帳。
――《永劫棺界》。
それを前に。
二人は、ただ待つのだった。
――――
――
周囲は、すでに常識の通じない世界となっていた。
因果さえも玩具へと変わり。
現実の法則が適用されない。
重力も。
時間も。
空間さえも。
すべてが曖昧な世界。
――夢の世界。
《眠り姫》ネネ。
その異端の魔導士の魔法。
《ネバーランド・シンドローム》が、
――作り出した世界だった。
「これは――」
アムリタが呟く。
「一体、何が起きた……」
ロザリアにも理解できない。
あまりにも広い。
二人は、すぐには気づかなかった。
その現象を知らないわけではない。
SSランク以上に至った者。
到達した者だけが使える奥義。
術者の魔力によって、自らの世界を顕現させる魔法。
――領域魔法。
だが。
問題は、その規模だった。
都市一つを丸ごと包み込むほどの領域。
これほど巨大な世界を展開できる魔導士など――。
想像すらできなかった。
『た、大変だ! 遅刻だ!』
――突然。
声がした。
二人が振り向く。
そこを――。
銀色の懐中時計を手にしたウサギが、
慌ただしく走り抜けていった。
「……!?」
「時間を気にするウサギなんて、絶対にいない!」
ナタリーが思わず突っ込む。
――否。
正確には、ウサギではない。
《ドリーム・ロップ》。
魔導王国でも数例しか確認されていない――。
極めて希少な、自立行動型のインテリジェンスデバイス。
『ロップ様に遅刻はありえない』
そんなことを言いながら、ロップは二人の前までやって来る。
そして。
『君たち二人は――』
小さな手を、二人へ向けた。
『お茶会へご招待だ』
瞬間。
――二人の姿が消えた。
『あー……』
ロップは、残されたアムリタへ視線を向ける。
『招かざる客は――』
小さな身体をくるりと回し。
『――精々、遊戯を楽しめ』
「……どういう領域だ」
領域魔法に気づいたアムリタが呟く。
その瞬間。
空間が収束した。
キィィィィィィン――――。
「魔法は――発動するな」
《虚無》魔法。
収束した消滅魔法が、ロップへ向けて放たれる。
だが――。
直撃する寸前。
――魔法そのものが消えた。
『――茶会が始まる』
ロップが呟く。
そして。
先ほどの二人と同じように――。
その姿も消えていく。
消える直前。
アムリタが言葉を返した。
「術者ごと、消滅させる――」
仮面の奥で。
不気味な笑みを浮かべる。
「――精々、足掻いてみせろ」
ひとり。
その世界に残されたアムリタ。
星が笑う。
大地が囁く。
重力が曖昧になった世界。
時間すら、正常には流れていない。
――夢の世界。
その攻略。
「……面白い」
アムリタの魔力が高まる。
ピシッ――。
世界に、亀裂が走った。
それは。
この世界そのものが上げた――悲鳴なのか。
《虚無》を操る男を。
果たして、いつまでこの夢の世界に閉じ込めておけるのか。
――――
――
魔導王国仮設本部。
静かな部屋。
『怖ぇぇぇ……』
空間から姿を現したロップが、震えていた。
『あいつ、怖ぇぇぇぇ……』
『マジで怖ぇぇぇ……』
先ほどから。
壊れた人形のように、同じ言葉を繰り返している。
「……ありがとう」
ロザリアが、部屋にいる二人へ声を掛ける。
「すやぁ……」
そこにいた少女は、眠ったままだった。
代わりに答えたのは――。
レーゼ王女。
「寝ているネネがやったことじゃ」
「礼など、いらんのじゃ」
「レーゼ様。それでも――」
ナタリーが頭を下げる。
「助けていただいたことに、感謝します」
「うむ」
レーゼは頷く。
「それで――何があったのじゃ?」
ロザリアたちは、聖王教会仮設本部で起きた出来事を話す。
謎の男。
圧倒的な魔力。
そして――。
《虚無》アムリタ。
「――なるほどのぅ」
レーゼが唸る。
「謎の男……アムリタか」
『あいつなら――』
いつの間にか。
ネネの腕の中に抱かれていたロップが答える。
『ネネの領域に閉じ込めてるぜ』
そして――。
「……長くは、持たない」
それは。
眠っているネネの寝言だった。
『……!』
ぎゅううぅぅぅ……。
ロップの身体から、軋む音が響く。
『ぐぇぇぇぇぇ!』
『マ、マズイみたいだぜぇぇぇ……!』
『ぐぇぇぇぇ……!』
ネネの腕が、さらに強くロップを抱き締める。
レーゼは眉を寄せた。
――どうする。
判断を迫られていた。
その時。
窓の外が――。
黒く染まった。
「――のじゃ?」
レーゼが振り返る。
空を覆うように広がる、巨大な黒い帳。
同時に。
「……何が起こってるのじゃ!?」
仮設本部の魔導設備が、次々と停止していく。
通信。
観測。
本部機能。
あらゆるシステムが沈黙する。
「機器が――」
誰かの呟きが響いた。
――残された時間は少ない。
ピシッ――。
再び。
ロップから軋む音がする。
『ぐぇぇぇぇぇ……』
ネネの腕は緩まない。
むしろ、さらに強くなる。
だが――。
眠っているネネの顔に。
一筋の汗が流れていた。
――――
――
西部大森林樹海。
黒く染まった上空。
空間の向こう側から。
意味を持たない音が響く。
『o■■uo■■uo■a■a■i■■a■a■』
それは。
意味のない音。
悲鳴のようで。
泣き声のようで。
どこか――悲しみそのもののような音。
――《夜》の顕現。
その絶望を前に。
一人の騎士がいた。
一心不乱に、蟲型魔獣を斬り伏せる。
「……あれは」
アルトリウスが、空を見上げた。
「――まずいな」
直感だった。
空に開いた異界。
そこから。
――何かが、こちらを見ている。
騎士としての直感が告げている。
目の前の蟲よりも。
押し寄せる魔獣の大群よりも。
――上空の《アレ》の方が、絶対にまずい。
アルトリウスは即断した。
手にした神剣。
管理者権限型デバイス――。
《ディバイン・カリバーン》。
その力を解放する。
「――次元断絶」
神剣へ、膨大な魔力が集束していく。
「――アスカロン――を放つ」
彼の力を示す、有名な逸話。
曰く――。
一振りで。
次元断層すら斬り裂いたという。
それが真実なのか。
ただの伝説なのか。
――今。
その力が、解放されようとしていた。
オコジョ:一話の中で多面展開しすぎじゃない?
作者( ゜Д゜):おれも、そう思う。だが反省はしない!




