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第98話_永劫の帳―絶望の叫び―

――西部大森林樹海。


樹海全体が、ざわめいていた。

木々が揺れる。

空気が震える。


奥から這い上がってくるような

不快な振動。


そして――。

遠くから聞こえてくる。


羽音。


百、千、万――。


それらが重なり合い、

巨大な唸りとなって樹海を覆っていた。


アルトリウスは、静かに神剣へ手を添える。


《ディバイン・カリバーン》。


その刀身へ、魔力が流れ込んでいく。


「…………」


木々の隙間から見える空が、

魔獣の群れで黒く染まり始めている。


蟲型魔獣の群れ。


数えることすら馬鹿らしくなるほどの数だった。


万を超える。


黒い渦となった群れが、こちらへ向かっている。


アルトリウスは、その光景を見つめていた。


王国十二守護騎士、第一位。

《神剣》の魔導士。


王国最強。

誰もがそう呼ぶ。


だが――。

アルトリウス本人は。


自分を、

『魔導士ではない』


そう思っていた。


――昔から。

魔術が苦手だった。


その昔。

膨大な魔力を持ち。

その圧倒的な魔力量の才能を評価され。


将来を期待された、一人の少年がいた。


学生時代に。

数百年に一人の逸材。

そう呼ばれた。


魔力量だけなら、

誰よりも突出していた。


将来は、最強の魔導士になる。


そう期待されていた。

だが――。


少年には、

致命的な欠陥があった。


魔術を組めないのだ。


術式を構築する。


魔力を制御する。


複雑な魔術式を、

自らの意思で組み上げる。


魔導士にとって最も重要な技能。


その才能が――なかった。


「君に普通の魔術センスがあれば……」


何度も聞いた。


教師から。

研究者から。

周囲の大人たちから。


同じ言葉を。


彼ほどの魔力量があるなら。


普通に魔術が使えれば。


もっと。

もっと上へ行けたはずなのに。


現代の魔導士は、

魔導デバイスが術式演算を肩代わりしてくれる。


魔力制御も。


術式構築も。


最適化も。


デバイスが補助してくれる。


だが――。

戦闘魔導士ともなれば、


それだけでは足りない。


戦場では。

デバイスが想定していない状況が、

いくらでも起きる。


瞬間的な判断。


術式の改変。


魔力の微細な制御。


自分自身で魔術を組み替える技術。


デバイスに頼っただけの魔法では、限界がある。


そして。

アルトリウスには、それが出来なかったのだ。


圧倒的な魔力。


だが。

それを自在に操る技術の才能がない。


将来を期待された少年にとって――。


致命的な欠陥だった。


――だから。

彼は選んだ――。


魔術を捨てることを。


「――俺は」

アルトリウスが呟く。


《ディバイン・カリバーン》へ、

さらに魔力を流す。


――だが。

術式は構築しない。


魔法も発動しない。


ただ――。

魔力を纏わせる。


可視化するほどの膨大な魔力が、神剣を包んでいく。


「俺は、魔術を捨てた」


キィィィィィン――。


神剣が鳴る。

挿絵(By みてみん)


それは魔法ではない。


魔導デバイスによる術式発動でもない。


ただの――。

『魔力纏い』。


純粋な魔力を。


剣へ。

武具へ。

己の肉体へ。


魔力纏い、包み込む。


アルトリウスは、自分を魔導士とは呼ばない。


彼が名乗るのは――。


騎士――。


"魔導騎士"。


魔術を極めた者ではない。


ただ純粋に。


魔力を纏い。


剣を振るい。


己の身体一つで戦場を切り開く者。


「――行くぞ」


誰に言うでもなく。


己を鼓舞するように。


アルトリウスは踏み込んだ。


――ドンッ!!


大地が爆ぜる。


次の瞬間。


姿が消えた。


「――ッ!」


先頭の蟲型魔獣がアルトリウスを認識した時には。


もう遅い。


――斬撃。


一閃。


巨大な蟲の身体が、真っ二つに裂ける。


続く。


十体。


二十体。


三十体。


アルトリウスは止まらない。


群れへ真正面から突っ込んでいく。


万を超える魔獣。


それを前に。


一人の騎士が、戦場を駆け抜けていた。



――――

――


地下洞窟。


巨大な空間。


無数の卵の殻。


その中央。

特殊な巨大魔法陣が描かれていた。


転移結晶で集まった四人の魔導士。


《魔女》イザベラ。


《魔女》フィオナ。


《烈火》グレン。


そして――。


《魔人》クロムウェル。


その男は、嬉しそうにグレンを見た。


「グレン君」


「君も、ワルプルギスに願うといい。」


グレンは黙っている。


「――魔人になれるよ」


その言葉に。

グレンの瞳が僅かに揺れた。


――願い。


その言葉だけが。


胸の奥に引っ掛かる。


失ったもの。


もう二度と戻らないもの。


それを――。


取り戻せるのなら。


そのためなら。


何だっていい。


《強欲の夜帳(ハプギーア・ナハト)》に信仰される


ワルプルギス――。


異界の魔力に願い。


力を手に入れた存在を


組織では特別に『魔女』『魔人』と呼ぶ。


グレンは、無言のまま拳を握った。


「悲願は、もうすぐだ」

クロムウェルが言う。


「これより――」


「儀式を始めます」


魔法陣が輝いた。


四人が同時に魔力を流し込む。


膨大な魔力。


最上級の魔導士四人。


それぞれの魔力が、魔法陣へ注ぎ込まれていく。


そして。


周囲に置かれているもの。


――殻。


生きた殻。


通常では存在しない。


古代種。


魔獣の卵。


数万体分。


孵化した蟲型魔獣。


その抜け殻。


それらが、生贄として積み上げられていた。


魔力を吸い上げる。


殻が震える。


――ドクン。


――ドクン。


地下洞窟そのものが、巨大な生命体になったかのようだった。


地上では。


生まれた蟲型魔獣の群れが、世界を覆っていく。


万の羽音。


その絶望の進行を奏でるように。


そして――。


ついに。


儀式が始まった。


地下から。


黒い魔力が噴き上がる。


地面を這い。


洞窟を満たし。


やがて――。


地上へ。


大地を突き破る。


黒い魔力が、空へ伸びていく。


まるで。


土の中から這い出してきた悪夢。


それは次第に広がり。


空を覆う。


まるで――。


空を覆う、嘆きの雲。


その始まり。


後世の文献――

《翠瞳の黙示録》には、こう記される。


『一つが千となり、千が万の羽音へと変わる。

 主なき殻が土より這い出し、空を覆う嘆きの雲を紡がん』


クロムウェルが両手を広げる。


「我々の――」


「《強欲の夜帳》の悲願」


声が洞窟へ響く。


「ワルプルギス様を――」


「この世界へ」


魔法陣が激しく輝いた。


『――術式、神降ろし――』


クロムウェルが詠う。


「主よ、

 御身の奇跡を、起こしたまえ」


「主よ、

 我らが願いを聞き、迷える子羊を導き

 その願いを――、叶えたまえ」


そして。

最後の言葉。


「――神の意志が赴くままに、顕現せよ」


――瞬間。


世界が歪んだ。


空間そのものが捻じれる。


時間が軋む。


そして。


異界の魔力が――。


流れ込んだ。


「…………」


誰かが呟く。


「――繋がった」


その瞬間だった。


惑星タタロス。


最大の絶望が。


顕現する。


『o■■uo■■uo■a■a■i■■a■a■』


意味のない音。


悲鳴のようで。


泣き声のようで。


それは悲しみの音。


ただ――。

そこに存在するだけで。


世界そのものが震えていた。


それは。

"夜"の顕現。


異界の魔力と繋がった空間。


黒く染まった世界。

挿絵(By みてみん)


その絶望を前に――。


一人の騎士がいた。


万の羽音を背に。


迫り来る魔獣を斬り伏せながら。


アルトリウスは――。


空を見上げた。


「…………」


黒い。

あまりにも黒い。


空の向こう。


何かがこちらを見ている。


そんな感覚。


それでも。

アルトリウスは神剣を握り直した。


「――来い」


万の羽音が響く。


黒い空が広がる。


絶望を前に――


騎士は揺るがない。


オコジョ:「………」

作者( ゜Д゜):「"夜"の絵はね……。大体同じでいいやろ!」

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